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第82話 神話のようなティータイム

 真っ白な空間にひとり佇む神秘的な空気を纏った女性――レフィナ。

 その浮世離れした雰囲気に呑まれて言葉を失っていると、ふと彼女の周りに群がっていた精霊たちがこちらへと飛び込んできた。


『ほら、こっちこっち~!』

『おかあさんがまってるよ~!』

「え、あっ……ちょっ……!?」


 実体がないはずの身体が、精霊たちにぐいぐいと押されてゆく。


『ほらほら、こわくなーいこわくなーい』

『そう。なんたって、むか~しこっそりおかあさんの“ひぞーのおやつ”をたべてもおこられなかったからねっ!』

『……ん? もしかして、あの時私の“秘蔵の品”を食べてしまったのはあなたたち、ということ? 怒っていないし怒るつもりもないのだけれど、少しお話を聞かせてもらえる?』

『『ぎ、ぎくぅぅぅっ!?』』

「え、えっと……」


 なんだか、どんどん話が変な方向に逸れてしまっている。

 が、思ったよりもずっと庶民的な会話に、すっかりレフィナに対する“恐怖”に近い感情は影を潜めていた。


 わたくしの顔から緊張の色が薄まったことを見てか、レフィナは『こっちへ来い』と手招きしてくる。


 彼女の目の前まで近づいたと同時、唐突に周囲の景色が一瞬にして切り替わる。


「……っ!?」


 そこは『精霊の森』によく似た雰囲気の木々に囲まれた庭園のような空間。

 中央には日除けの屋根だけが細い支柱によって支えられている簡易的な休憩所があり、簡素な木のテーブルと一対の椅子が揃えられている。


『即興で用意したにしては、良い場所でしょう?』

「え、ええ。驚きました……」

『ふふっ、ありがとう。その表情が見れただけで満足だわ』


 ……もしかして、精霊たちのいたずら好きな性格って、レフィナ様の――。


 どこか既視感のある無邪気な笑顔に、ふとそんなことを思う。


 が、すぐにその表情を正すと、彼女は椅子の方を示しながらこう切り出した。


『少し、お話をしましょう。この世界と神についての、()()()()()()()()()を』




 ……不思議な気分ですね。


 実体はないはずなのに、しっかりと椅子に座っている感覚があるし、木漏れ日も暖かく感じる。


 疑問に首を捻っていると、それを感じ取ったのかレフィナが口を開いた。


『まず今のあなたの状態だけれど、意識だけを“世界樹”の中へ引っ張ってきたようなものなのよ。だから実体がない』

「はぁ……。では、どうしてお茶をご用意されているのでしょうか……?」

『雰囲気、というものよ。いいじゃない? こういうひっそりとした森の隠れ家で静かなティータイムを楽しむ。そういうのが夢だったの、私』

「は、はぁ……」


 なんというか掴みどころのない女神様だと、うきうきでティータイムの準備を進めるレフィナを見て、そう感じる。


 てっきりもっと浮世離れした存在なのかと勝手に想像していたのだけど、妙に言動が人間臭い。

 でも、精霊の生みの親と言われれば、確かにそういうものなのかもしれない。


 気分屋で、人懐っこくて、賑やかで、ちょっと子どもっぽい。


 ……この方が世界を統べていたら、もっと世界は穏やかだったのかもしれませんね。


 そんなことを考えて、自然と口元が緩む。

 すると、ちょうど準備が終わったようで、レフィナも向かいの椅子へ腰かける。


『――では、本題に移りましょうか』


 ひと口、紅茶を口に含んでから、ゆっくりと話始めた、


『といっても、そんな難解で長々とした話ではないの。とても簡単な話』

「簡単、とは……?」

『私は“創造神”。そう名乗ったのは覚えている? つまり、この世界を創造したこの世すべての母――魔物を除く、ね』


 その言葉に、眉をひそめて問いかける。


「それでは、魔物とは何者なのでしょうか?」

『良い質問ね。私は世界を創って、人間を生んで、人間の友となる精霊を生み出して、この世界を安定させる()()の役目を果たすために世界中に世界樹を立てた。けれど、誓って魔物なんて邪悪な存在は生み出してはいない。ならば、誰が生み出したのか。それが今回の話でもっとも重要なこと』

「それは……」


 わたくしの追及するような視線に、一拍置いてからレフィナはしっかりとその名を告げた。


『その諸悪の根源の名は――偽神ファクティス。今は()()()なんて大層極まる肩書きを名乗っているようだけれど』


 その名を耳にしたとき、妙に腑に落ちた感じがした。


『思った以上に衝撃を受けていないのね、あなた』

「……ええ、自分でも驚いていますが、そのようです」


 思えば、先ほどの騎士と魔物の連携。

 あの騎士たちは明らかに魔物へ命令をし、同じく魔物たちもそれに従っているように見えた。

 そんなことは本来あり得ない。


 が、それがもしもファクティスから魔物を操る恩恵を与えられていた、とするならば合点がいく。


 ファクティスから与えられた恩恵によって、魔物という存在を操れる。

 それが事実なら――。


 ……ファクティスと魔物は繋がっている証明となる、というわけですね。


 まったく突拍子もない話を現実味のない場所で聞かされたものだと、自然と口元が緩んでくる。


『今、あなた方と敵対している者――異世界からの転生者は、ファクティスから特別な力を授けられ、ある命を受けて行動しているようです。目障りな精霊たちを消し去り、私の眠るこの“世界樹”を滅ぼせ、と』


 カップをソーサーにそっと戻しながら告げた言葉に、周囲の精霊たちの間にざわめきが広がる。


「どうして、そんなことを……?」

『……あの子は何でも自分が中心でないと気が済まない。そんな性質(たち)なのよ』


 そうこぼすレフィナの横顔は、どこか物悲しさを感じさせられた。


『私が精霊や人間に愛されている様が気に食わない。だから、私を亡き者にしようとした。


 私が信仰されているのが気に食わない。だから、世界の歴史を書き換えた。


 そして、自分が中心になれない世界ならば――滅ぼしてしまえばいいとさえ思っている』


 その歪みきった在り方に、思わず言葉を失う。

 自分たちが相手取っている存在は、それほどまでに邪悪な存在だったのか、と。


 しばらく、この空間に静寂の時間が流れる。


 少しして、レフィナはスッと立ち上がり、わたくしの目の前で頭を下げた。


『どうか、お願い。あの子を……あの子に歪まされてしまった人の子を、救ってあげて』

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