第81話 創造神レフィナ
思わず顔をしかめてしまうほどに、耳をつんざく破砕音。
弾かれたようにそちらの方を向くと、振り抜いたイヅナの扇が中ほどで折れて先端を失っているのが目に入る。
急いで全力で地面を蹴り、踏み切る。
が、圧倒的に時間が足りない。
距離が遠すぎる。
慌ててドラグがイヅナを庇うように前に出るが、彼の手にしている戦斧もすでにいつ壊れてもおかしくないほどみすぼらしい姿を見せている。
武装の状態が万全なのは、今この場にひとり。
「くそっ……!」
飛び出す私に、魔物が群がってくる。
いつもは取るに足らない畜生どもとはいえ、指令を受けている状態というのが厄介だ。
的確にこちらの進路を阻むように立ちはだかってくる。
「邪魔だッ!」
速度を一切緩めることなく、虚空に双剣を振り抜いて斬撃を飛ばす。
斬撃に倒れる魔物は一匹。ただ、他の魔物も倒れはせずとも足は止まった。
生まれた一瞬の隙に、身体を滑り込ませて行く。
精霊の力を借り受け、風を纏いながら速度をさらに上げる。
――それでも、間に合わない。
一度、騎士の剣がドラグの構える戦斧に向けて振り下ろされる。
そして、破砕音。
無防備になった二人へ、魔物が立て続けに襲いかかる。
同時、こちらにもさらに騎士と魔物の援軍が駆けつけてくる。
ダメだ。このままではあの二人は――。
そんな最悪の未来が脳裏をよぎった瞬間、空から光が降りた。
「……っ!?」
目を見開き、足を止める。
光の舞い降りた場所――そこには、ちょうど二人が魔物の群れに備えて身構える姿がある。
しかし、その出で立ちが先ほどとは少し違う。
金色の燐光を発する着物と、同じく金色の炎を纏わせる扇。
銀の燐光を発する全身鎧と、同じく銀の風を纏わせる戦斧。
その姿に誰もが目を奪われている中、ふと彼らの向こうから声が来た。
「お、遅くなりました、すみませんっ!」
声の方へ視線を飛ばすと、そこには肩を大きく上下させながら肩口に精霊を留まらせたマリアが立っていた。
◇ ◆ ◆ ◇
……危なかった。
自分の授けた新たな『精霊武装』を手に大立ち回りを繰り広げるドラグとイヅナの姿を眺めながら、一旦ホッと胸を撫で下ろす。
レオンが駆け出して、他の二人もすぐさまその後を追って駆け出して。
取り残されたわたくしは、少しの逡巡の後その後を追った。
追ったのだが……――。
「み、みなさん、はやすぎませんか……っ!?」
一歩ごとにぐんぐんと距離を突き放されて、もう十回も地面を踏めば、その背は豆粒ほどにしか見えないほどに遠ざかっていた。
が、問題はそれだけではない。
追いかけるべき背が見えなくなるということは、つまり目的地がわからない、ということに他ならない。
……せめて、行き先だけでも聞いておくのでした。
息を整え状況整理するために、足を止めて静かに悔いる。
どうしたものかと辺りを見渡しながら、しばらく立ち尽くす。
と、そこへちょうど精霊のひとりが飛んできてくれたのが救いだった。
精霊の案内なくしては、この場所へたどり着くことができなかっただろう。
おかげで二人の窮地に駆けつけられたのだから、感謝しかない。
とはいえ、自分にできたことといえば、無防備だった二人にただ武装を渡しただけ。
ここから先はまったく役に立たない。
いや、それどころかお荷物にさえなりえる。
だが、目の前の二人と、少し離れた場所にいるクリスティアの三人は、今も数的不利を背負ったまま勝ちの目の薄い戦いに身を投じている。
……見る限り、騎士が魔物を操っている、ということなのでしょう。
こんな光景見たことも聞いたこともないが、数的不利の大きな原因は騎士と魔物の共闘関係だろう。
せめて、この共闘関係だけでも解消させることができたらもしかすると……。
――そう考えたと同時、空から声が降ってきた。
『では、その力を授けましょう』
「え……?」
直後、わたくしの視界は真っ白に塗り潰された。
目を開くと、そこは視界をいっぱいに埋め尽くす“白”の世界が広がっていた。
「こ、ここは……」
何度瞬きを繰り返しても、大樹海の景色は戻ってこない。
試しに頬を指で抓ってみる。
「あれ、痛く……ない、ですね……?」
やはり、これは夢なのだろうか……。
が、ただの白昼夢にしてはやけに現実味を帯びている感覚もある。
不思議な非現実感に包まれながら辺りを見渡していると、ふとあるところに目が留まった。
……こんなところに人が? それにあれは――。
『わー! ひさしぶり~!』
『ええ、そうね。元気にしていた?』
『げんきげんき~!』
『ふんっ! このとーりっ!!』
『ふふっ、ならよかったわ』
視線の先。そこにいたのは、柔らかな印象の中にどこか神々しさを感じさせる女性と、その周りに群がる精霊たち。
……この優しい空気はどこかで――。
既視感の正体を頭の中で探っていると、不意に女性の視線がこちらを向いた。
『この姿では初めまして、ですわね。マリア』
柔和な笑みに思わず見とれるわたくしに、女性はそう語りかけてくる。
やはり、この女性とはどこかで出会って……?
『私の名は創造神レフィナ。あなたが修練に励んでいる“世界樹”の中に眠っている存在だと言えば、わかりやすいかしら?』
「えっ……!?」
初めて聞かされた新事実に目を大きく見開いて、もう一度女性の姿をよく確認する。
確かに、先ほど感じていた既視感は世界樹の周囲に漂うあの柔らかな空気だ。
それにあれほど精霊たちと話している様子からしても、彼らと親密な関係だというのは間違いないだろう。
では、本当に……。
「あなたがこの世界を創造し、精霊たちを産んだ神様……なのですか?」
『いかにも。……といっても、すぐにファクティスにこの世界の管理権を奪われたのだから、本当に情けない神なのだけれどね』
「は、はぁ……」
もう次から次へと押し寄せてくる新情報に、頭の処理が追いつかない。
だが、なんとなくだけれど、その纏う空気のせいだろうか。ただ対面しているだけで思い知らされた。
この神様――レフィナこそがこの世界を見守り統べる唯一の神なのだ、と。




