第80話 もうひとつの戦い
洞窟の奥で剣と剣がぶつかり合う音が鳴り響いたのを確認してから、三人揃って外へ出る。
「そうだ、二人とも。マリアの姿が見えないようだが、どうしたのかね?」
「あぁ、姫サンなぁ……」
「……おいてきた」
「ほう」
私の記憶が正しければ、この二人は確かマリアの支援を受けて戦うことで真価を発揮するスタイルだったはずだ。
なのに、その要であるマリアをおいてきたというのは――。
「……なるほど、そういうことか」
レオンの飛び込んできたときの勢いを思い出し、得心がいった。
……どうせ、何も説明せずに飛び出してきたのだろう。あの馬鹿者が。
「本当にバカな弟子を持つと苦労するものだ」
肩をすくめ、一歩前へ。
少し疲弊しているからといって、本調子ではない未熟な二人を先頭に立たせるのは気が引ける。
……ここでぐらい、格好をつけさせてもらおうじゃないか。
愛用の双剣を抜き放ち、騎士と魔物連中へ不敵に笑む。
「さあ、かかってきたまえ」
そう宣言し、戦闘開始の合図にしようとする。
が、それを遮るように背後から声が割り込んできた。
「いいや、ここはウチらに任せてもらおうやないか、お師匠サン」
「……ああ、怪我人は下がるべきだ」
「ほう、やる気かね。二人とも」
隣に並んでくる二人に問うと、同時に頷きで返してくる。
……本当にレオンといい、無茶無謀が好きな連中ばかりで困るものだ。
嘆息し、それでもその申し出を許して一歩下がる。
「では、ここは任せるとしよう」
言いながら、指を一度鳴らす。
その瞬間、地面に戦斧と扇が突き立った。
「……ッ!? お師匠サン、これって――」
「……ああ、マリアの――」
二人の疑問に、ただ笑みで返す。
「まあ、急ごしらえで見様見真似の粗悪な模造品だ。それほど性能には期待しないでくれたまえよ」
これが粗悪な贋作とはいえ、無手でこの数を相手取るよりは幾分かマシになるだろう。
それぞれの武器を手に取った二人を見てから、今度こそ戦端を開く言葉を宣言した。
「――さあ、存分にやりたまえ」
直後、二人同時に地面を蹴って駆け出した。
戦端が開かれてしばらく。
ドラグとイヅナの二人は、想定以上の苦戦を強いられていた。
「……ふむ。さすがに物見遊山に来たわけではない、ということか」
二人が苦戦している理由は明白。
付け焼刃とはいえ、騎士どもの魔物との連携が厄介なのだ。
対人や対魔物。それぞれの経験はあっても、それが同時に迫ってくる経験というのは積んだことがないものだ。
その不慣れさが、付け焼刃戦法が通用する隙をつくりだしていた。
……まあ、あっちの弟子には似たような訓練を積ませたことはあるのだがね。
まだ『レオン』の名を与える前。
魔物との戦闘をしているところへ私が横槍を入れるという訓練をこの大樹海の地で積ませたことがあった。
思えば、精霊の助けがあるレオンでも、早々に音を上げた訓練だ。
それを不完全な状態のあの二人に任せっきりにしておいて済むはずはなかろう。
「――仕方がない。こちらもそろそろ動くとしようか」
少し休んだおかげで、身体の疲労は半ば以上とれている。
今の調子なら、あの二人の横合いから茶々を入れてくる連中を弾いてやるぐらいの働きはこなせるだろう。
そう確信し大地を蹴り込み、一瞬で手近な騎士へ肉薄。
「力加減は……こう、だったか?」
そして、その騎士の視線が完全にこちらを捉えるよりも速く、その顎を下から上へ掌底で打ち据えた。
「ぐぁっ……!?」
騎士が沈むのを確認してから、視線を次は襲い来る魔物へ。
大きく顎を開いて飛びかかってくる魔物のギラついた眼光を見て、ついこちらも口の端をぐっと吊り上げてしまう。
なにせ――。
「手加減しなくてもよい相手というものは貴重だからなッ!!」
目にも留まらぬ速さで抜刀。喉元へ双刃を走らせる。
断末魔の叫びすらあげることなく、魔物は一瞬で事切れた。
「ふぅ、まだ少し遅いか……」
息を吐いて、戦場を見渡す。
すると、一連の流れを視界に捉えて動きを止めている二人とちょうど目が合ったので、少しアドバイスをしてやろうと口を開く。
「さあ、こうやるのだよ、二人とも。やってみたまえ」
「「……………………」」
おかしい。なぜか責めるような視線を受けてしまった。
レオンを鍛えているときも似たような視線を向けられたことがあったが、まったくもって意味がわからない。
「まあ、よい。それよりも足が止まっておるぞ、二人とも」
「「……っ!」」
と、今度は騎士と魔物が同時に駆け込んできた。
……む、なかなか良い剣筋をしておるな。
振り下ろされる剣をじっと観察しながら、当たる寸前で軽く捌いてやる。
「くっ……」
騎士が悔しげに歯噛みをすると同時、その隙を消すように三つ首の蛇の魔物が割り込んでくる。
が、それも織り込み済みだ。
「ふん……っ!」
面白くない、と鼻を鳴らす。
そして、軽々と魔物の攻撃を躱してから、三つ首の根元に双刃を突き立てる。
それを隙と見たのか、背後から先ほどの騎士の剣が迫る。
しかし、その渾身と思われる一撃は、視線すらくれることなく防げてしまった。
「こんなものに頼るから剣が鈍るのだ。覚えておきたまえ、若輩」
期待外れだ、という意思を籠めて騎士の剣を弾いてから、腹に蹴りを据えてやる。
「あっ……」
加減を間違えた、と思ったが、時すでに遅し。
騎士の姿はすでに目の前から消え去り、ドラグ、イヅナと対峙している騎士と魔物の群れの中へ猛スピードで突っ込んでいった。
「「……ッ!?」」
戦闘中の二人もあまりに唐突な闖入者に驚きを隠せず、動きを止めている。
……うむ、悪いことをした。反省反省。
力加減を間違えないように手を何度か握って解いてを繰り返していると、ふと足元に動きを感じて大きく飛び退く。
剣を交差させてその飛来物を防ぐと、襲撃者の姿が映り込んだ。
「……本当に魔物というのはしぶとさだけは一丁前なのが困りものだな」
飛びかかってきたのは、蛇型の魔物。
それも三匹が鎌首をもたげてこちらを睨みつけてきている。
その代わりに、先ほどまで足元に転がっていた三つ首の蛇の死骸がキレイさっぱりその痕跡ごと消え去っている。
……つまり、多頭の魔物は分裂の可能性がある、ということか。
厄介な、と心の中で悪態をつく。
二人の方に目を向けると、同じく多頭の狼や鳥の魔物に苦戦しているようで、額に汗が滲んでいるのが見て取れる。
……これは少々マズいかもしれないな。
すでにあの二人に渡してある武器には、ヒビ割れが見えている。
単なる模造品ではこの辺りが限界ということだろうか。
戦況に暗雲が立ち込めたことで、若干の焦りを覚える。
それでもなんとか均衡を保っていたそのとき、戦場に耳をつんざくような破砕音が鳴り響いた。




