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第78話 対峙ふたたび

 いつの間にか師匠の姿が見えなくなっていることに気がついたのは、つい数分前のことだった。


 ……ったく、こっちは終わらない地獄の訓練に勤しんでいるっていうのに。


 まったく自由な人だ。


 後頭部を掻きながら、精霊たちを引きつれ師匠の家へと戻る。

 形式上のノックを済ませてから、扉を開け中へ。


 しかし、家の中にも師匠の姿はなかった。


「どういうことだ……?」


 不審に思って外へ出てみるも、家の周りには気配すらない。


「あれ、どないしたんや?」

「あぁ、イヅナ。師匠を見てないか?」

「ん~? いや、見とらんなぁ……」


 ちょうど家の裏手の方で休憩中だったイヅナを見かけたので尋ねてみるが、やはり空振り。

 軒先で首を傾げていると、同じく休憩をとるために戻ってきたマリアとドラグが近づいてきた。


「……どうした?」

「師匠の姿が見えなくてね。まあ、あの人のことだから、そこらへんをほっつき歩いているだけかもしれないけど……」


 唸り声を上げて、僅かにうつむく。

 そのとき、マリアが控えめに手を挙げた。


「あの、本日はこちら――世界樹の方へも姿を見せられませんでした」


 ……家にも世界樹にも立ち寄っていない、か。ならば、どこへ?


 思考に耽りながら、ふと辺りを見渡す。


『ぼく?』


 目に留まったのは、騒がしく何かを話し合っている精霊たち。

 そのうちのひとりに尋ねかける・


「みんな。師匠、見ていないかな?」

『ししょー? もり、みにいったよ?』

「森……?」


 それは、おそらく大樹海のことだろう。

 だが、どうして――。


「……嫌な予感がするな」


 ボソリとつぶやいて、すぐさま大樹海の方へと地面を蹴る。


「れ、レオンさん。どこへ……!?」


 マリアの声を振り切り、ひたすら前へ。

 そうして大樹海との境界線を走り抜けてしばらく、微かな金属同士のぶつかり合う音が届き、足を止めた。


「そっちか……ッ!」


 走る。ひたすらに走る。


 音の来る先には、小さな洞窟の入り口が見える。


 ここまで近づくと中を見なくてもわかる。

 この気配は師匠に間違いない。


 ……なら、もうひとりはいったい?


 どうしてこんなところで師匠が戦っているのか。

 誰と戦っているのか。

 戦況はどうなのか。


 確かめたいことは山ほどあるが、ひとまずは――。


 急ぎ、もう一度地を蹴る。

 そして洞窟内に飛び込むと同時、ついに何者かと剣を交える師匠の姿が視界に映り込んだ。


「――王手(チェック)だ」


 終幕を告げる謎の襲撃者はすでに師匠へ狙いを定め、無数の暗器を放っている。


「くそっ……!」


 全力で駆け抜けながら、こちらも剣を抜き放つ。


 ……ぶっつけ本番にはなるが、成功してくれよッ!


 一瞬、目を閉じる。

 それだけの僅かな時間で荒れた精神を落ち着かせると、精霊と同調。

 そして、全身に暴風を纏わせると、手を伸ばし、その風を余すことなくすべて降り注ぐ暗器の雨へと撃ち放った。


 一斉に撃ち落とされてゆく暗器たち。

 すべてが落とされる様を確認すると同時、ホッと胸を撫で下ろしつつ告げた。


「いいや、それにはちょっと早いんじゃないかな」


 堂々と師匠の前に躍り出て、謎の襲撃者を睨みつける。

 すると、背中越しに不満げな師匠の声が飛んでくる。


「ずいぶんと遅いご到着じゃないか。バカ弟子」

「……勘弁してくださいよ、師匠」


 これでもかなり急いだっていうのに、無茶ぶりが過ぎる。

 肩をすくめて、振り返る。


 多少は疲弊しているようだが、目立った怪我はない。

 ひとまずは安心だ。


 なら、問題は目の前の“あいつ”だ。


「本当にお前とは嫌な縁があるみたいだな、ユウヤ」

「ああ、まったく望んじゃいないがな」


 挨拶代わりの言葉を交わし、お互いに視線をぶつけ合う。


 こうして、俺とユウヤは三度目の邂逅を果たしたのだった――。


     ◇ ◆ ◆ ◇


「で、遠路はるばるこんな辺境までお越しいただいた理由は? 大所帯で遠足ってか?」


 わざと棘のある言い方で、眼前のユウヤへ問いを投げかける。

 だが、ユウヤは嫌悪感どころか感情のひとつも見せずに、ただこちらをじっと見据えている。


 ……また武器の種類が増えているな。いったいあれからいくつの恩恵(ギフト)を奪い取ってきたのやら。


 以前の戦闘で知ったことだが、ユウヤは転生の際、女神ファクティスから『簒奪』の恩恵を与えられたのだという。


 その能力は、『他者の恩恵を奪い取る』力。

 おそらく条件は『対象の血液を剣に吸わせる』こと。

 だから、ヘネラの町で切り裂き魔事件を起こしていたのだと思う。


 そして、今も奴の後ろには胸元を大きく切り裂かれた騎士たちが幾人も転がっている。


 ……なんとも醜悪な恩恵だことで。


 心の中で悪態をつきつつ、背後に庇った師匠の様子に目を配る。


 ……初めて見るな。こんなに追い込まれた様子の師匠は。


 数多くの模擬戦をしてきた俺だが、今まで一度も師匠に膝をつかせたことはない。


「大丈夫ですか、師匠?」

「誰に物を言っている。……と、言いたいところだが、思った以上に奴の恩恵が凄まじくてな」


 大袈裟に肩をすくめ、わざと疲れた様を見せつけてくる。


 ……うわぁ、こういう態度をするときはロクなことを言わないんだよな、この人。


 嫌な予感を覚えて顔を引きつらせると、師匠は口の端を吊り上げてこう告げた。


「――そうだ、レオン。弟子として君に師匠の敵を討つ機会をやろうではないか」


 ……いや、元々そのつもりだったけどさ。


 こうもわざわざ芝居がかった言い方をされると、なかなかプレッシャーがかかって嫌なのだ。

 だが、師匠が疲弊している今、ユウヤを倒す役目を果たせるのは俺しかいない。


「……はぁ、わかりました。その任、承りましたよ、師匠」


 諦めのため息をつき、俺は両手に双剣を喚び出してから一歩踏み出した。

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