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第75話 精霊の訓練

 精霊の森への滞在を始めて、はや一週間。


 なぜか今、俺たちは師匠と剣を手に向かい合っていた。


「さて、今日も始めるとしよう。――構えろ、諸君」


 師匠のその宣言を受け、周囲に精霊が群がってくる。


『そーだそーだ!』

『かまえ~! かまえ~!』

『ぼくたちにかまえ~!』


 なんだか『構う』の意味が違う気もするが、そんなことを言っている場合じゃない。

 なにせ、ここから始まるのは壮絶極まる()()()()()なのだから。


「まずは簡単な準備運動からだ」


 そう言い放ち、師匠は一瞬でトップスピードに乗る。

 突進の勢いをそのままに双剣を抜き放ち、まず振るわれるのは挨拶代わりの一撃。

 それを間一髪で間に合わせた長剣で阻み、師匠とにらみ合う。


「鈍いな」

「なんでもかんでもバケモノじみた師匠と一緒にしないでください……よッ!」

「ほう……?」


 魔力の糸で手繰り寄せた薪割り用の手斧を師匠の後頭部へけしかけ、その隙になんとか距離をとる。


「お師匠サン! お命、頂戴するで!」


 手斧を弾いて隙が生まれた師匠へ向けて、今度はイヅナが強襲をかける。

 がら空きになった後頭部めがけて扇を振り下ろすイヅナに、師匠は視線ひとつくれることなく、一瞬だけ双剣を手放して素手でその攻撃を捌き切る。


「素直なのはいいことだ。が、実に一直線すぎる」

「ちょっ……頭の後ろに目ぇでもついとんかいな!」

「……代われ」


 あまりの驚愕に目を見開いて足を止めるイヅナに代わり、戦斧(ハルバード)を携えたドラグが駆ける。

 立て続けに振るわれる力強い戦斧を、師匠は双剣を再び手に取ると、すべて的確に逸らしてゆく。


「……チッ」

「君は力任せにすぎるな。もう少し技を磨きたまえ」


 二人をまるで子どものようにあしらう師匠の姿を眺めながら、改めて思う。


 ……本当にバケモノすぎるだろ。この人は。


 戦慄を覚えながらも、俺も二人の加勢に向かうべく柄を握りなおして駆け出した。




 たった一時間後。

 奮戦むなしく、俺たち三人は仲良く師匠の足元に転がっていた。


「一時間。少し短いな」


 肩で息をする俺たちを見下ろしながら、師匠は若干物足りなさを感じさせる声を漏らす。


「さて、休息もそのあたりだ。立ちたまえ」


 言いながら、数度手を叩く。

 すると、様子を窺っていた精霊たちが一斉に姿を現した。


「さ、ここからは指導者交代だ。皆、頼むよ」

『あいあいさー!』

『ぼくたちのことは“さー”とよびなさい、さー!』


 師匠の言葉を合図に、俺たちの頭上を精霊たちが飛び回る。

 次は師匠ではなく、精霊たちが訓練相手ということだ。


 ゆっくりと身体を起こす俺たちに、師匠はおおまかに訓練の内容をひとりずつに告げてゆく。


「レオンは精霊との同調と解除、それを繰り返し行うこと。イヅナは精霊たちと兵棋(へいぎ)演習を行え。ドラグは精霊たちに“(かた)”を見てもらえ」


 それだけ言い残すと、師匠は「あとは任せた」と言わんばかりに俺たちから距離をとる。


『じゃ、はじめるよ~!』


 精霊たちの張り切った声に乗せられるように、俺たちはそれぞれ別々の訓練を受けるために場所を移す。

 イヅナは師匠の家の方へ。ドラグは広場の方へ。そして、俺はこの場所に留まる。


「じゃ、そういうことや。ウチは一足お先に(うち)に戻っとくわ」

「……終われば戻る」

「ああ、そっちも頑張って」


 ひと言交わし合い、それぞれの訓練へ。

 二人が移動したことを確認した後、俺は再びその場に座り込んだ。


「それじゃあ、俺たちも始めようか」

『よいよ~い!』

『ばっちこーい!』


 目を閉じ、精霊の波長を全身で感じ取る。

 呼吸を整え、目を開く。


「……よしっ。始めよう」


 そう宣言し、俺も与えられた課題と向き合うのだった。


     ◇ ◆ ◆ ◇


 一方、ひとり取り残されたマリアは、瞑想するようにして精霊と向き合うレオンの背中をじっと見つめていた。


 ……凄まじい集中力ですね。


 さっきまでの過酷な訓練の様子を見て心配になっていたのだが、うかつに声もかけられないほどピリついた空気がレオンの周りにだけ流れている。


 他の二人も同じだ。

 自分に足りない部分を補うための課題を提示され、それへ向けて脇目も振らずに取り組んでいる。


 ――それに対して、自分はどうだろうか。


「わたくしは……」


 何かを堪えるように、手持無沙汰な両手をぐっと握り込む。


 ちょうど、そのときだった――。


 背後から手が伸びてくる。

 振り返ると、そこにはこちらの肩に手を置くクリスティアの姿があった。


「お前はこっちだ」


 ついてこい、と示すように、森の奥の方へ歩き出す。


 踏み慣れない小路(こみち)を抜け、その先へ。

 そこに待ち受けていたのは、一本の天を衝くほどの大樹だった。


「これは、一体……?」


 困惑が頭の中を支配する中、驚きに目を見張る。

 すると、足を止めたクリスティアが不意に振り返って答えた。


「あいつから聞いているのだろう。これが『世界樹』さ」

「これが、彼の身体のもととなったという、あの……」


 こんないくら刃を通そうとしても斬れそうもない大樹から、どうやってあの身体のもととなる枝を切り離したというのだろう。見当もつかない。


 だが、それ以上にわからないことがある。


「どうして、わたくしをここへ?」


 彼女には、ここへ連れてくる理由はないはずだ。

 ただの世間話の相手が欲しかったにしては、こんな重要な場所を明かす意味はない。


 ……それに、わたくしは彼女を追放した側と同じ“王家”の者ですから。


 いくら罪人に仕立て上げられようが、王家の血が流れていることに間違いはない。

 つまり、彼女の憎むべき対象である、ということだ。


 そんな自分にどうして……?


 疑問から自然と眉間にしわが寄るのがわかる。

 が、クリスティアはそんな緊張感など自分には関係がないというように、あっけらかんとして言い放った。


「なに、私が知っておいてほしかっただけさ。あいつの――レオン・エッジワースという人間の“はじまりの地”を」


 そう言って大樹を見上げるクリスティアの目は、とてもやさしい色をしていた。

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