第72話 憂鬱とむずがゆさ
城塞都市センテレオでの黒竜騒動から数日。
今、俺たちは町から離れ、大樹海の入り口を眺める小高い丘で野営を行っていた。
「ひとまず今回のセンテレオでの一件、皆さまのご尽力に感謝いたします」
夜空の下、焚火を囲む俺たちに向けて、マリアは深く頭を下げる。
彼女の口から告げられるのは、事件解決を労うそんなひと言。
だが、その言葉に反して、彼女の表情はいまいちすぐれない。
「なんや、姫サン。言葉と顔がちぐはぐやで?」
それはイヅナも感じていたようで、大仰に肩をすくめながら問いかける。
イヅナの問いに目を見開くと、すぐ申し訳なさそうに眉をハの字に曲げた。
「申し訳ありません。少し、思うところがありまして……」
「……オレたちを嵌めた連中のことか?」
続いて、ドラグが疑問を投げかける。
ドラグの言う『嵌めた連中』というのは、つまり、あのファクティス教徒たちのことだろう。
たしかに、その連中の狙いは読めない。
が、マリアの憂いはそこではない。
「いいえ。……レオンさん、あのお話を」
「ああ、じゃあここからは俺が――」
軽く手をあげて、話を引き継ぐようにマリアの隣に立つ。
「黒竜討伐の直後、センテレオの老騎士からある情報を耳にした。それが『これ』だ」
二人にそれぞれ、書類の束を手渡す。
そこに記されているのは、老騎士から見せられた極秘書類の複製だ。
内容に二人が目を通すのを確認してから、努めて冷静に告げる。
「これはユウヤ率いる王国騎士団の『大樹海』侵攻計画。その一部が記された極秘書類だ」
「なんや、黒塗りばっかで読めたもんやないで……?」
イヅナの言う通り、この書類は重要な部分がすべて黒のインクで塗り潰されている。
だからこそ、ここから先はただの推測だ。
一瞬、答えをためらうも、皆に向けてゆっくりとその推測を口にした。
「――この侵攻計画の真の狙いは、おそらく『精霊の森』だ」
俺の言葉に、皆一様に喉を鳴らす。
「ここ――大樹海の奥地には、精霊たちが暮らす『精霊の森』が存在する。まあ、俺の師匠もそこにいるんだけど」
「……『双魔』クリスティア・エッジワース、か」
「そう。とはいえ、そんな大層な肩書きは気にしなくていいよ。ただのぐうたらな研究バカなだけだから」
昔の自堕落な姿を思い出し、思わず肩をすくめる。
「そのお師匠サンは姫サンと同じく手配犯なんやろ? ってなると、お師匠サンの居場所がバレたから極秘に処理に動いたってことかいな?」
「うーん。そこなんだよなぁ、よくわからないのは……」
イヅナの言う通り、その可能性ももちろんある。
が、そんな昔の手配犯ひとり始末するために、わざわざ魔物がはびこる大樹海に侵攻してくるか、という疑問が残る。
……それに、どうしても研究者を多く連れ立っているのが気になるんだよなぁ。
師匠を殺すためだけなら、研究者なんて連れずに騎士だけで進めばいい。
その方が頭数も減るし、進行速度だって大幅に速くなるはずだ。
だが、ユウヤはそうしなかった。
そこには必ず何かしらの理由があるはずなのだが……。
「ま、ひとまずわからんこと考えてもしゃあないわ。寝よ寝よ」
イヅナはひらひらと手を振って、自分の天幕に戻っていく。
続けてドラグも無言で立ち上がって、天幕の方へ。
残された俺とマリアは二人で目を合わせ、肩をすくめる。
「じゃあ、今日はお開きにしようか。今日は俺が見張りに立つから」
「……はい、そうですね。わからないことを考えていても、何も変わりませんから」
そう微妙に歯切れの悪いセリフを残して、マリアも自分の天幕へ入っていく。
その背中を見送ると、またひとり焚火の前に腰を下ろす。
あの師匠のことだ。
そこまで心配する必要はないのかもしれない。
――ただ、妙な胸騒ぎがする。
そんな漠然とした不安を抱えながら、満天の星空へ向けて大きく息を吐きつけた。
見張りに立ってしばらく、精霊たちの手も借りながら周囲に気を配っているが、今夜は実に静かなものだった。
「大樹海から出てくる魔物もなし、盗賊もなし、かぁ」
こんな穏やかな時間を過ごすなんて、いつぶりだろう。
どこか落ち着かない。
この手持無沙汰な感覚を和らげるために、何度か手を握って開いて、と繰り返す。
数度、それを繰り返した後、ふとあることに気づいて動きを止める。
「……あっ、そういえば忘れてた」
顔をしかめながら両手に喚び出すのは、先の戦いで半壊させてしまった双剣。
「これをどう釈明したものかっていう問題もあるんだったな……」
実はこれが一番憂鬱かもしれない。
おそらく、怒られることはないだろう。
ただその分、森に滞在している間、「未熟でひ弱な弟子の性根を叩きなおしてくれる」とか言って地獄の訓練をさせられるような気がしてならない。
いや、きっと気のせいじゃないはずだ。師匠ならやりかねない。
「……師匠、か」
もうずいぶんと顔を合わせていないし、気づけば色々とありすぎて連絡すら取れていない。
……まず何から話せばいいんだろうか。
マリアと出会ったこと。
北域で亜人種やオラティオーと出会い、手を取り合えたこと。
恩恵に関する非道な人体実験を目の当たりにしたこと。
ファクティス教徒の策謀により黒竜と戦ったこと。
そして、精霊の森に危機が迫っているかもしれないこと。
細かなことまで挙げはじめればキリがないほど、たくさんのことを話したいし、話さなければならないことだらけだ。
「憂鬱なような、楽しみなような……って、変な感じだな」
どこかむずがゆさを感じながら、空を見上げる。
もう、遠くの空は白ずみはじめていた。




