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第71話 次なる目的地を見据えて

 黒竜の核が崩れ落ちたと同時、手元からピシッと何かが割れるような音が届く。

 視線を落とすとそこには、刀身にヒビが入った双剣の片割れがあった。


「あっ……」


 ……マズいな、これは。


 激戦続きでかなり損耗が激しかったところに、最後の一撃が決定打となってしまったのだろう。

 現に、ヒビ割れが刻まれているのは最後の一撃を放った右手の一振りのみ。

 もう一振りは損耗こそしているものの、まだ致命的な傷はひとつもない。


「レオンさん……?」

「あ、ああ。ごめん。剣、壊しちゃったなぁ……って」


 不審そうに隣から顔を覗き込んでくるマリアに、「何でもない」と首を横に振る。


 実際、壊したことに頭を抱えているのではない。

 なかなか重傷ではあるが、この程度ならまだ修復は可能だ。


 真の問題は別にある――。


「この剣は、俺の師匠が餞別の品として贈ってくれたもののひとつなんだ。だから、俺の不注意で壊したって知られると、なんて言われるか……」

「……それは、今から気分が重くなりますね」


 壊れた双剣を虚空に消し去りながら、空いた手で頭の後ろを掻く。


 自分で修復できればバレることはないのだが、この剣は精霊の力を借りて師匠が打ったもの。

 つまり、精霊の森に住まう師匠以外にこの剣を修復できる者はいない、ということだ。


「はぁ……」


 盛大なため息をこぼし、未だ騒乱の音がする方へ目を向ける。


 建物の隙間からは時折、この町の騎士たちが数人がかりで子竜に立ち向かう姿が目に入ってくる。


 黒竜を打倒しても、まだ散発的な戦闘は続いているようだ。


 助けに行かなければ、と未だ思い通りに動かせない身体を強ばらせる。

 が、隣のマリアから引っ張られるような力を感じ、踏み出しかけた足を止めた。


「……もう休んでください、レオンさん」


 懸命に懇願するような瞳を受け止めて、もう一度、戦闘の起こる街中へと視線を戻す。


 騎士たちの中に紛れて、戦斧(ハルバード)を振り上げるドラグの姿や、イヅナの放った黄金の炎の柱も視界に映り込んでくる。


 ……うん、そうだな。


 俺はひとりじゃない。

 そんな当たり前のことを再確認し、身体から力を抜いて息を吐く。


「あとは二人に任せて休もうか。さすがにちょっと疲れたからね」

「は、はい!」


 俺の言葉を受け、マリアはゆっくりと腰を落ち着かせることのできる場所を探して歩き出した。




 都市を囲む城壁のうえ、町中で起こる戦闘を見守りながら息を漏らす。


「やっと、終わりかけてきたな」


 すでにほとんどの子竜は討伐が済んでおり、残りはドラグとイヅナが受け持つ一体ずつ。

 町の騎士は住民たちの救助活動や、瓦礫の撤去などに回り始めている。


「しかし、ずいぶんと被害が大きくなってしまいましたね……」


 暗いマリアの声に隣へ目を向けると、彼女の悲痛な面持ちが目に入る。


 成り行きとはいえ、自分たちが原因でこの町に被害が出てしまった。それも、ここまで甚大な被害を。


 ファクティス教徒の企みを阻止できていれば――。

 完全に覚醒するより前に、もっと手早く黒竜を仕留められていれば――。


 そういう気持ちがまったくないわけではない。

 だが、今はそれを嘆くより、少しでも多くの命を救ったことで良しとするべきだろう。


 それに、まだ疑問は未だ山積みだ。


 どうして、王都の騎士団は多くの研究者を伴って『大樹海』への侵攻を企てているのか?

 どうして、俺たちを待ち構えるかのようにしてファクティス教徒が現れたのか?

 どうして、ファクティス教徒は自らを犠牲にしてまでこの町で黒竜を召喚してみせたのか?


 ……考え始めるとキリがない。


「ふぅ、これからどうしたものか……」


 息を吐き、天を仰ぐ。


 ――と、そのときだった。


「……ッ! 何者ですかッ!?」


 金属音混じりの足音が近づく。

 マリアの声に視線だけで振り返ると、そこには抜き身の長剣を携えたひとりの騎士が立っていた。


 白髪(しらが)混じりの黒髪に、しわの目立つ肌。鎧や剣には、細かな傷が数多く刻まれている。


 ――歴戦の老騎士。


 それが目の前の騎士に抱いた第一印象だった。


「主らが、あの黒竜を退けた者か……?」


 しわがれた声の問いかけに、この場に緊張が走る。


 凄んではいるものの、殺気は薄い。

 だが、抜き身の剣を携えている以上、油断はできない。


 隣から、喉を鳴らす音が届いてくる。


 しばらくの沈黙の後、息を吐き、俺は堂々と告げた。


「……ああ。そうだと言ったら、どうするんだ?」


 急激に高まる緊張感。

 が、老騎士は手にした長剣を振り上げることなく、それを鞘へと静かに収め、深々と頭を下げた。


「――この町を、民を救っていただき感謝する」


 絞り出された感謝の言葉に、こちらも身構えを解く。


「い、いえ、こちらこそ町にご迷惑を……」

「ふふっ。これが悪名高い『灰の魔女』殿か。噂とは、あてにならないものだな」


 ひとしきり笑った後、老騎士は腰に提げた袋から金属製の小型水筒(スキットル)を取り出して一気に呷った。


「ぷはぁ……っ! 主らもどうだ?」

「一応聞いておくけど、中身は?」

「酒に決まっとるだろ、酒に!」

「……まあ、そうだろうね」


 遠慮しておく、と俺たちが首を横に振ると、つまらなさそうな表情を浮かべてから老騎士はまた思い切り酒を呷る。


 ……ホントに何をしに来たんだ、この騎士は?


 ひとり酒盛りの光景を見守ることしばらく、くすんだ肌に朱が差し始めたあたりで老騎士は唐突に告げた。


「ああ、そうそう。主らだろ? 城塞内に忍び込んだ賊とやらは」

「うっ……そ、それは……」

「なら、知っておるか? 王都の騎士どもがどこへ向かったか?」

「……? たしか魔物を掃討し、人族の支配圏を広げるため『大樹海』に向かった、と……」

「――あー、そりゃ嘘だな」


 けろっと告げる老騎士は、また袋からもうひとつの小型水筒を取り出して、その口を開ける。


「ほれ、これを見てみぃ」


 酒を一気に喉へ流し込みながら続けて取り出してくるのは、何やらびっしりと文字が書かれた書類。

 手渡されたそれに目を通した直後、俺とマリアは同時に目を見開いた。


「……大樹海奥地に存在する『×××』に関する調査報告書?」

「そう、何やら塗り潰されているが、なんともきなくせぇ。追うなら注意するこった」


 言って酒を呷る老騎士の忠告を耳にしながら、俺たちの視線は至るところが塗り潰された奇妙な書類をじっと見つめていた。

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