第70話 激闘の末に
空中に立ちながら、荒れ狂う風溜まりを見下ろす。
互いの息吹がぶつかり合ってできたそれのせいで、黒竜の姿は隠されていて見えない。
……手ごたえはあった。
だが、姿が見えない以上、一瞬たりとも気は抜けない。
体内に巡る精霊竜の膨大な魔力を鎮めながら、じっと狂風が落ち着くまで見守り続ける。
正直、『一撃で終わらせる』と宣言したものの、これを耐えきられていた場合マズいのはこちらの方。
その証拠に、限界を示すように手は震えている。
体内に取り込んだ精霊竜との経路もすでに切れ始めているように思える。
祈りのような感情を覚えながら、静かに狂風の向こう側へ視線を送る。
そのとき、ようやく風が晴れた――。
「……まだか」
舌打ちをこぼして睨みつける先に現れたのは、満身創痍の黒竜。
睨みを利かせていた顔面は片側が抉れ、誇示するように広げられていた双翼はすでに翼膜のほとんどが失われている。
四肢も半分以上をもがれ、全身に刻まれた斬撃のような傷痕からは大量の血が流れ出している。
――完全に、死に体。
しかし、死んではいない。
「もう一発、いけるか……?」
自分自身に問いかけるように、苦しい声が漏れ出す。
限界以上のすべてを絞り出せば、あと一撃分ぐらいはなんとかなるかもしれない。
覚悟を決め、今度は双剣の柄を握りなおす。
そして、空を駆けようと一歩踏み出した瞬間、何かが切れたかのように突然全身から力が抜けだした。
「なっ……!?」
突然の事態に目を大きく見開きながら、落ちてゆく。
受け身すら取る余裕もなく、地面に衝突する。
そこへ落ちる影。
なんとか視線を持ち上げると、俺を見下ろすように黒竜がゆっくりと空から降りてきていた。
……手も足も動かない。いや、それどころか指先すらも動かせない。
歯ぎしりをして、頭上の影を睨みつける。
黒竜は俺を丸呑みにするべく大きく顎を開く。
対するこちらにそれを防ぐすべは、もうない。
せめてもの抵抗として、鋭い視線だけはやめない。逸らさない。
その間も、黒竜はゆっくりゆっくりと降下を続け、ついに俺の鼻先へ降り立った。
……くそっ。せめて、この剣さえ、振るえれば――。
すでに相手も満身創痍。
この剣で喉元を裂いてやれば、きっとすぐにその命を終えることだろう。
それでも、この身体は動かない。
忸怩たる思いを抱えながら、黒竜の動きを見届ける。
……いや、ちょっと待て。どうして動かないんだ?
顎を開いたまま、黒竜は一切動きを見せない。
疑問に顔をしかめる俺の隣に、人の気配。
視線だけで振り返ると、心配そうな表情のマリアがこちらを見下ろしていた。
「ご無事ですか、レオンさん!」
「……なんで来たんだ、マリア。まだ黒竜は――」
「いえ、もう終わりました」
マリアの言葉に首を傾げていると、肩を貸され半ば強制的に立ち上がらされる。
俺に肩を貸したまま、何ら警戒することなく黒竜の方へ歩き出す。
そして、その鼻先までたどり着いたとき、ようやく俺も気がついた。
「……そうか、もう終わっていたんだな」
きっと、もう黒竜も限界を超えてしまっていたんだろう。
目の前の竜は、俺を飲み込まんと大きく顎を開いた体勢のまま、物言わぬ像と成り果てていた。
「本当にお疲れ様でした、レオンさん。おかげでこの町は……この町の民たちは救われました」
「いや、俺の手柄なんかじゃないよ」
耳を澄ませると、まだ散発的に戦闘の音が届いてきている。
確かに、黒竜を直接打ち倒したのは俺かもしれない。
だが、この町を、ここの民を護り救ったのは、同じこの町の民だ。
そこまで俺の手柄だと主張するつもりはない。
「それより、もうちょっと黒竜の胸元まで寄ってもらってもいいかな?」
俺からのお願いに、マリアが目を丸くする。
それでもマリアは、何も言わずに黒竜の胸元まで導くように歩き出した。
「ここでいったい何を……?」
胸元までたどり着いた後、振り返るマリアの疑問に答える代わりに、手に握ったままの双剣を黒竜の鱗へ突き立てる。
ボロボロになった鱗はもう鎧としての働きを失っており、刃を立てた途端に崩れてゆく。
鱗の崩壊が収まった頃、そこから出てきたのは人間の頭ほどの大きさがある宝石のようなものだった。
「これは、核……でしょうか?」
そう、魔物の心臓とも言えるものである『核』。
黒竜ほどの強大な魔物となると、この核を切除しなければそこから再生される可能性が捨てきれない。
だから、マリアの手を借りてここまで来た。
別にドラグやイヅナに頼んでもよかったのだが、これだけは自分がやらなければならないと、そう強く感じていた。
……まあ、曲がりなりにも黒竜を倒した本人なわけだしな。
ならば、きちんとその命を終わらせてやるのは、奴を打ち倒した俺の務めだ。
「――……ッ!」
手を震わせながらも、双剣の片割れを振り上げる。
そして、一閃――。
もはや攻撃とも呼べないようなその一撃が核に届いた瞬間、それは何の抵抗も示さず、黒竜の胸元から滑り落ちた。




