第69話 竜を墜とす日
町へ降り立った子竜たちを騎士や町の人々に任せられるようになった今、俺たちが仰ぎ見ているのは単身天空に鎮座する黒竜。
「これでやっと戦いやすぅなる……って思うててんけどなぁ」
イヅナの声と同時、黒竜がひと鳴き。
たったそれだけのことで、瞬時に黒竜の周囲に子竜が何十体も補充されてゆく。
そのうちの一体が、こちらへ向けて速度を上げながら突進をかけてくる。
両翼を広げ、顎を大きく開き、鉤爪を突き立てんと飛びかかる。
が、その子竜の一撃は届くことなく、その直前でドラグの拳によって叩き落された。
「……文句を垂れている暇があるなら、手を動かせ」
「あーもうっ、わかっとるわかっとる。姫サン!」
「は、はい!」
マリアが両手を組み、祈るように目を閉じる。
同時にドラグとイヅナの身体に薄い魔力の光が集まり始める。
そして直後、イヅナには『着物』と『扇』、ドラグには『全身鎧』と『戦斧』と、それぞれの精霊武装が形づくられていた。
「行くでェッ!」
「……あぁ!」
今度はこちらの番、と言わんばかりに、二人が空へ向かって飛び出してゆく。
宙に浮く相手に向かってどうやって立ち向かってゆくのかと思ったのも束の間、すぐにその考えは覆される。
「なるほど。君が手を貸しているんだね」
『やられっぱなしというのは気に食わん。それだけの話だ』
頭上。背後に視線を向けると、ゆったりと精霊竜が下りてくる。
よく二人の動きに目を凝らしてみると、その足元には風が集まり、空中に簡易の足場のようなものが生まれている。
彼らの動きに合わせて、精霊竜が風を操っているのだろう。
「ありがとう、助かるよ」
『……フンッ』
鼻を鳴らして、精霊竜も再び空へ上がってゆく。
「じゃあ、俺もそろそろ上がろうかな……」
「レオンさん、その……お怪我は……」
「大丈夫、もうだいぶ回復したから。それに――」
見上げ、黒竜を睨む。
そして、精霊竜の言葉を借りて、笑みをつくりながら言い放った。
「――『やられっぱなし』は、俺も嫌なんだ」
宣言すると、両手におなじみの双剣を喚び出す。
……最近、ちょっと酷使しすぎていたからな。
刃に視線を落とすと、欠けてこそいないが細かな傷はいくつも刻まれている。
この戦いが終われば、さすがに少し手間をかけて手入れをしなければならないだろう。
「まあ、ひとまずはこの場を切り抜けることだけを考えようか……!」
膝を折り、一瞬、溜めをつくる。
そして、溜め込んだ力を解放し、地面を蹴り空へ。
そのままある程度まで上がると、不意に足元に風が渦巻き始める。
……なるほど。こういう感じか。
地面ほどの踏ん張りは効かないが、それでも空中で身体を自由に動かすための足場が存在するのは大きい。
「にしても、あの二人、順応性高すぎないか?」
急ごしらえの足場な分、若干の癖があるが二人はもうコツを覚えたようで、地上と変わらない動きを実現している。
いや、それ以上かもしれない。
空中を縦横無尽に飛び回り、子竜たちの狙いを絞らせないように立ち回っている。
さらには、立ち位置を調整して同士討ちまで誘発させている。
……こういう戦いの上手さは、師匠を思い出すな。
ふと懐かしさを覚えて、小さく笑みをこぼす。
そうしていると、徐々にこの風の足場にも慣れてくる。
何度か足で風を踏みしめて、最終確認。
「じゃあ、俺も行くか……ッ!」
気合いを入れ、風の足場から一息に飛び出す。
俺が狙うのは、黒竜本体。
それを阻むように、子竜が左右から進路上に割り込んでくる。
だが、それを回避はしない。
なにせ――。
「アンタらの相手はこっちやろがッ!」
「……邪魔をするな」
一蹴。
割り込んできた子竜たちの横っ面に、イヅナの踵とドラグの拳が突き刺さる。
その二人とすれ違いながら、さらにもう一歩。
――そして、この戦いが幕を開けて初めて、ようやく黒竜を見下ろす場所へとたどり着いた。
息を吸う。
剣の柄を握る手に、自然と力が入る。
……露払いは二人に任せた。大丈夫。
自分が狙いを定めるのは、眼下から殺気をこめた視線を寄越してきている黒竜。
息を吐く。
息を整える。
……覚悟はできた。
「じゃあ、やろうか――来てくれ、精霊竜ッ!」
叫びと同時、眼下から黒竜の隣を抜けて精霊竜が飛翔してくる。
『やるのか、レオン』
「ああ、ちょっと博打にはなってしまうけど。……大丈夫、腹は決まった」
『……そうか』
隣に浮かぶ精霊竜へと、手を伸ばす。
手のひらが、精霊竜の鼻先へ触れる。
そして目を瞑ったその瞬間、空を眩い閃光が覆いつくした。
『……ッ!?』
あまりに激しい光の奔流。直後、黒竜の動揺が伝わってくる。
光が収まる。
隣に目を向けてみる。そこに精霊竜の姿はない。
先ほどまで精霊竜に触れていた自分の手に視線を落とす。
あまり劇的な変化はない。だが、少しだけ薄い光の膜に包まれている。
『成功、か?』
頭の中に聞き慣れた声が響く。精霊竜の声だ。
その声に応じるように、手のひらに風を生み出して、消してを何度か繰り返す。
「……うん。思った以上にちゃんと馴染んでいる」
『ならば、迅速に済ませよ。この憑依融合は長続きせんぞ』
「大丈夫。なにせ必要なのは――」
言いながら、手のひらを前へ。
黒竜に狙いを定めるように、腕を伸ばす。
何かを感じ取ったのか、黒竜が大きく顎を開き、そこに魔力を集め始める。
同時に、こちらも魔力を手のひらへ。
魔力で生み出した風を、限界まで収束させる。
一瞬の静寂――。
そして、宣言する。
「――『一撃』、だ」
次の刹那、両者から空を裂くような『竜の息吹』が解き放たれた。




