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第68話 すべてを懸けて

 また場所は変わり、空。


 鼓膜を破らんほどの大絶叫が黒竜から放たれてからしばらく、俺はさらに窮地に立たされていた。


「おいおいおいおい、ちょっと気合い入れすぎなんじゃない……かなっ!」

『やかましい! 怨み言に時間を割くのであれば、その分子分どもを一体でも多く蹴散らさんかッ!』


 精霊竜からの叱責を受けながら、子竜を次々と魔法によって撃ち落としてゆく。


 あの特大の咆哮から流れが変わった――。


 ずいぶんと数を減らしていたはずの子竜たちは即座にその数を倍以上に増やし、さらには一撃で息の根を止めなければ斬り落とした腕などから分裂まで始める始末。

 おかげで剣を仕舞い、魔法による射撃のみで立ち回らざるを得なくなってしまった。

 それも()()()()でなくてはならないという制限付き。まったく嫌になる。


 が、それ以上に厄介なのが、明らかにこちらの隙を窺って畳みかけてくるようになった点だ。

 そのせいでこちらの攻めは通りづらくなり、逆に子竜たちの攻めは凌ぐことだけですらいちいち神経をすり減らす作業へと変わってしまった。


 ……()()()()したってことだよな、これは。


 あの咆哮は、さながら起き抜けで寝ぼけた自分へ活を入れるためのもの。

 つまり、その作業を終えた今、もう目の前の脅威は完全に目を覚ましてしまっている、ということだ。


「冗談キツイって……のッ!」


 悪態をつきながら、また一体背後から迫ってきていた子竜を撃ち落とす。


 わかっている。このままではジリ貧だ。

 今も超速で増え続ける子竜に対して、こちらは一体ずつチマチマと数を減らすことしかできない。


「くそ……っ!」


 やけになって大規模魔法で一掃しようとするも、一撃で仕留めそこなってしまったことで分裂を許してしまう。完全に逆効果だ。


『レオン! 自棄を起こすでない! 一体ずつ確実に息の根を止めることに注力せいッ!』

「くっ……、わかってるよ……ッ!」


 そうはいっても、かなりの長丁場。

 さらには魔法を間髪入れずに連射している現状。

 魂の中に作り上げた『仮想脳』――その魔法制御を司る部分が悲鳴をあげているのがわかる。


「もう、このままじゃ……――!」


 苦い表情を浮かべ、うつむく。

 その瞬間、視界の端に生まれた新たな()()に目を見開いた。




 眼下、討ち漏らし町の中にまで入り込んだ子竜たちの傍らで光が爆ぜる。

 最初はひとつ。次第に二つ、三つとその数を増やしてゆく。


 光のもとに目を凝らす。


 ひとりは銀の全身鎧(フルメイル)を纏う騎士。その隣は紺の長いローブに身を包んだ魔法使い。別の場所では暗殺者風の男や、どこかの侍女(メイド)執事(バトラー)の姿までも見える。


 そして、奇妙な点は他にもある。


 皆が透明な鎧や武具を身に纏っているところ。彼らの肩に、まるで支えるようにして精霊の姿があること。


「これは、いったい……?」


 想定外の町の動きに、目を疑う。


 彼らの戦う様を目で追っていると、その中にドラグやイヅナたちの姿も映り込んでくる。

 二人も同じく透明の武具を用いて子竜を次々と撃墜している。


 ……あれはもしかしてマリアの――。


 そこまで考えた瞬間、正面から飛び込んできた殺気に気づき、ハッと顔を上げる。


 眼前に迫るのは、子竜の尾。

 精霊竜の攻撃をかいくぐった一体が、満身創痍で振り切ったその一撃に、空へと身体が投げ出される。


『レオンッ!』

「くそっ……!」


 一瞬、精霊竜へと手を伸ばすが、あちらも多数の子竜に囲まれていて助けに来るどころじゃない。

 それを瞬時に理解すると、手のひらを精霊竜から俺の身体を弾いた子竜へ。


「なら、お前も墜ちろォ――ッ!」


 激昂を声に乗せ、風を圧し固めた弾丸で子竜の眉間を撃ち抜く。

 それが止めとなり、子竜は力を失い地面へ向かって真っ逆さまに落下してゆく。


 胸にじんわりと染み渡る達成感。

 だが、そんなもので自分の身体の落下が止まるわけはない。


 それに、魔法を操るのもそろそろ限界が近づいている。

 落下の衝撃を和らげて、その後、また空に上がれるだけの力が果たして残っているだろうか。


 そう考えながらも、なけなしの力を振り絞り、背中に風を集める。


 少しして、地面と激突。

 派手に跳ね上げられた細かな瓦礫の雨と、砂煙が立ち上る。


 煙が晴れたその場所には、俺の顔を心配そうにのぞき込むマリアの姿があった。


「――お待たせいたしました、レオンさん」

「ああ、よかった。あともうちょっと遅かったら死んでたよ、本当」


 起き上がり、ささやかな抵抗としてわざとらしく肩をすくめてみせると、マリアは気が抜けつつもちょっと困ったような笑い声を漏らした。


「すみません、遅くなりました」

「いや、間に合わせてくれてありがとう。助かった」


 マリアの周りに溢れる魔力を見て、確信した。


 あの透明な武具や精霊たちと共闘する様は、以前、北域でも目にしたものだ。


 精霊魔法は、想いの魔法――。

 強い想いに応じて、その形を自由に変える。


 これはマリアの『皆を守りたい』、『皆とともに手を取り合って戦いたい』。そんな願いから生まれた奇跡(まほう)

 それによって、空を埋め尽くすほどの子竜の群れを押し返しているのだ。


 間に合った。ホッと胸を撫で下ろしたその瞬間、身体から力が抜け落ちる。

 視界が霞み、地面へと崩れ落ちる。


 だが、寸前に横合いから伸びてきた手に身体を抱き留められた。


「ひとりで頑張りすぎや、(あん)サンは」

「……ああ、もう少し頼れ」

「イヅナ……ドラグ……」


 左から抱きしめるようにして支えるのは、イヅナ。

 そして、右側の腕をとって肩を貸してくれるのが、ドラグ。


 二人とも、全身に細かな傷をつくってはいるものの、未だ五体満足。ひとまず無事そうで安心した。


「あの騎士や魔法使い、暗殺者なんかはいったい……?」

「「……ん」」

「……へ? わたくし、ですか?」


 疑問を口にすると、二人揃って顎でマリアの方を示す。


「最初はウチらが避難誘導やら迎撃やらしとったんやがな。その間に、姫サンが騎士連中を口説き落としてたらしくてな」

「……気づけば、騎士たちに続くように増えていた」

「く、くど……ッ!?」


 それだけでなんとなく理解はできた。

 おそらく、今回もマリアの長所であり悪癖が発動してしまったのだろう。


 ふふっと短く笑い、ゆっくり息を吸って、そして吐く。


 ……うん、大丈夫。まだ一戦ぐらいは持つ。持たせてみせる。


 決意を胸に、三人と順に目を合わせてゆく。


「というわけや。子竜は町の連中に任せといて問題ないわ」

「……そう。ようするに、だ」

「はい、ここからわたくしたちが為すのは――」

「ああ、俺たちが果たすのは――」


「「「「――黒竜退治だ(です)ッ!!」」」」

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