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第66話 もうひとつの対立

 時は少し遡り、二手に分かれて追跡を始めた頃。

 わたくしは荒れた息に胸のあたりに痛みを感じながら、先走ったイヅナを追いかけていた。


「……ぜぇ……はぁ……っ!」


 徐々に強まる胸の痛みと足の重みに比例することはなく、距離は離されてゆく一方。

 遠ざかり続ける背中に、密かに同じ後方支援系として仲間意識を感じていたわたくしは、実は体力無尽蔵で猪突猛進のパワフル系だと見せつけられ、若干敗北感を覚えてしまっていた。


 一応、王都からの逃亡生活の間はずっと走り続けていたのだけど、それでも追いつけないとなれば、根本的に体力が足りていないということだろう。


 ……一度、体力づくりについて真剣に考えた方がよいのでしょうか。


 考えにふけりながら、壁に手をつき足を止める。


 思えば、トレーニングの類は生まれてこの方、してきたことがない。

 そもそも、監禁されていたりしたせいで、さらに筋肉や体力だって失われていることだろう。


「……この騒動が終わったら、レオンさんに相談してみましょうか」


 自分で口にしておいて、かなり気が重い。

 そもそも、身体を動かすこと自体があまり得意ではないのだ。


 とはいえ、今ですら足を引っ張っている自覚がある以上、さらに体力がないことで迷惑をかけることはしたくない。


 少し立ち止まって体力が回復してきた。

 ここからもう一度追いかけよう、と足に力をこめて踏み出したその瞬間、耳元に声が届いてきた。


『あんないするよ~!』

『こっちこっち~!』


 すれ違うようにして飛んで行くのは、数人の精霊たち。

 どうやらイヅナの居場所がわかるようで、迷路のような路地裏をするすると迷いなく抜けてゆく。


 ……レオンさんには後でお礼を言わなくてはなりませんね。


 精霊たちがここにいるのは、おそらく彼の指示だろう。

 彼ら二人が来ていないことが気がかりだが、今はそんなことを気にしている余裕はない。


「はいっ、お願いします!」


 声を張り上げ、今度は精霊たちの背中を追いかけ始める。


 そうしてしばらく走り抜けた頃、ようやくイヅナの背中を捉えることができたのだった。


「イヅナさん!」


 こちらの声に振り向いたイヅナは、頬を掻きながら眉をハの字に曲げていた。


「ん? ああ、姫サン。悪いな、逃がしてもうたわ」

「いえ、イヅナさんが無事で何よりです」


 ここまで先導してくれた精霊たちにお礼を言いつつ、イヅナの隣へ。

 すると、イヅナが急に視線をキョロキョロとあちこちに向け始める。


「にしても、衝動的に出てきてもうたせいで、ようわからん場所まで来てもうたな。悪い、姫サン」


 彼女の視線を追うように辺りを見渡すと、同じような家々の壁が続くばかり。土地勘がない町ということもあってまったくどのあたりなのかもわからない。


「ひとまずは、レオンさんたちとの合流を最優先としましょう。我々だけでは、少し戦力が心もとないですから」

「お、姫サン。ウチの力を信用しとらんってことか?」

「い、いえ、決してそういう意味で言ったのではなく! わたくしが戦力にならず、お荷物になってしまうということでして……」

「ジョーダンや、ジョーダン。大丈夫や、なんかあってもウチが何とかしたるわ! 任せときぃ!」

「あはは……。た、頼りにしていますので、はい。だから、あの……背中を叩く手を止めていただければ……」


 バシバシと遠慮なく背を叩くイヅナの手に、いちいち大きく視界が揺れる。

 このまま続くと、路地裏で気分が悪くなって這いつくばっている王女の完成だ。それだけはなんとか阻止するべく、やんわりとイヅナの手を拒む。


 ……やはり、身体を鍛えた方がよいですね、これは。


 体幹というものの大切さを身に染みて再確認していると、路地の向こうから金属音が混じった足音が複数近づいてくる。


「……イヅナさん」

「……うん、わかっとる」


 目を合わせ、頷き合う。


 似たような音に覚えがある。

 これは()()()()()()()()()()()()だ。


「走るで、姫サン……ッ!」

「は、はいっ!」


 こちらが走り出したと同時、騎士らしき足音も突然、足音と足音の間隔を狭め始める。

 つまり、完全にこちらが何者かわかっている、ということだ。


 ならば、なおさら追いつかれるわけにはいかないと、一層踏み込む足に力を籠めて地面を蹴った。




 どこかもわからない路地を走り抜けながら追っ手から逃げ続けて、すでにかなりの時間が経過したはずだ。

 とはいえ、続くずっと似たような景色に、正確な時間感覚など忘れてしまったのだが。


 徐々に背後を走る追跡者たちの足音は大きくなってきている。

 このままでは追いつかれてしまうのも時間の問題だ。


 ……せめて、わたくしに追っ手を振り払える力があれば……っ!


 走りながら、奥歯をギリッと音がなるほどに噛み締める。


 息が切れる。肺が痛む。心臓が止まれと急かし続ける。

 膝ももう上がらない。一度足を止めてしまえば、もう二度と動かすことはできないだろうという確信がある。


 どうして追いかけられているのか。

 どうして逃げているのか。


 もう何も考えられない。


 ……ですが、ここで終わるわけにはいかないのです!


 心を奮い立たせ、もう動かないはずの足を気力だけで動かせ続ける。


 だが、それだけで乗り切れるほど易しい局面ではなかった――。


「……はぁ、はぁ……ッ!」

「……チッ、追いつかれてもうたか」


 たどり着いたのは、行く手を阻む壁がそびえ立つ行き止まり。

 荒れた息に肩を上下させていると、背後からの足音の主が姿を現した。


「――『灰の魔女』だな。我らと来てもらおうか」


 そのセリフとともに現れたのは、やはり数名の騎士たち。

 装備を見る限り、王国騎士団ではない。この町お抱えの騎士団というところだろうか。


「後学のために、なんでバレたんか教えてもろうてもええか、兄サン? よもや、アンタらみたいなペーペーの騎士だけで突き止めた、なんてのたまうつもりはありゃせんのやろ?」

「……ふんっ。匿名の通報があっただけだ」


 面白くなさそうに告げる騎士の言葉に、さっきまでイヅナが追いかけていた謎の影のことを思い出す。

 あの影を見失った直後から、この騎士たちに追われることになった。


 ……ということは、匿名の通報もあの者、もしくはあの者の協力者からと考えていいでしょうね。


「まんまと嵌められた、ということですか」

「まあ、そういうことやろな」


 イヅナと今の状況を確認し合って、敵に向き直る。


 じりじりと距離を詰めてくる騎士たち。その距離が手の届きそうなほどまで近づいてきたとき、突如、頭上から鼓膜を破りそうなほどの轟音が降りかかってきた。

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