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第64話 黒竜降臨

 立ち昇る鈍色の光を追って、天を仰ぐ。

 立ち込めていた暗雲は、その光の柱の周りだけがぽっかりと風穴を開けられたように消え去っている。


 ……何をするつもりだ?


 身構えつつ、残る教徒たちの動きに目を凝らす。


 不気味な笑みを口元に描き、恍惚とした目で天に上る光を見ている教徒たち。

 そのうちのひとりが不意に倒れたのは、ほんの数秒後のことだった。


「……いったい何が?」


 唖然とするドラグの声が隣から漏れ聞こえてくる。


 が、その声が発せられている間にも、恍惚とした表情を貼り付けたままの教徒たちが次々と地面に倒れ伏してゆく。

 地に伏す彼らの目に、すでに光はない。


 それはまるで、()()()()()()()()()()()()かのよう――。


「おぉ、神よ……。敬愛する我らが神よ……」


 まだ意識を保っているうちのひとりが、祈るように手を組みながら視線を天へ向けている。

 ひとりだけ意匠の違う祭服を身に纏っているところを見る限り、この男がこの謎の儀式を取り仕切っていた人物で間違いないだろう。


 ……なら、この儀式を終わらせてから問いただす!


 絶対に止める。確固たる意志とともに、ぐっと地面を踏む。

 地面に放射状のヒビが入った次の瞬間、俺はすでにリーダー格らしき男の鼻先へと飛び込んでいた。


 コンパクトに振り抜かれる拳。

 しかし、彼の顎を打ち据えるはずだったその一撃は、見えない壁のようなものによって阻まれた。


「なっ……!?」

「なんと無粋な輩だ……。我らが神の使徒の降臨だ。平伏したまえよ、異端者ども」


 お返しとばかりに向けられた視線は、呆れたような、はたまた怒りに染まったかのような。

 だが、それに構うことなく、連撃を繰り出して突破を試みる。


 彼我の距離、たった一歩。

 手を伸ばせば届く距離が、今は十歩にも百歩にも感じられた。


 手をこまぬいている暇などない。

 今もリーダー格らしき男の背後では、ひとりまたひとりとその意識を手放していっている。

 つまり、儀式が完成に近づきつつある。そういうことだ。


「……どけ、レオン」


 声に振り向いた直後、狭い路地ですれ違いつつ突進する巨影が視界に映り込む。


 刹那、全速力の加速を得たドラグのタックルが見えない障壁へと突き刺さり、まるで金属同士がぶつかり合ったかのような激音が窮屈な路地裏いっぱいに響き渡った。


「……ッ!」


 障壁に押しとどめられるドラグの突進。

 しばらくの拮抗の後、先に音を上げたのは障壁の方だった。


 耳をつんざく破砕音に顔をしかめつつ、守りを失った男を睨みつける。


 ――男は嗤っていた。


 どうして、なんて考えを巡らせる暇もなく、ドラグの拳が男の鼻頭を打ち抜く。

 吹き飛ばされ、地面を転がる男。

 その勢いは、薄汚い家屋の壁に背を打ちつけたことでようやく止まることになった。


「……愚かな者たちよ。我が使命はここに果たされた。間に合わせられなかったのだよ、貴様らは」


 言っている意味がわからない。

 眉間にしわを寄せつつ、未だ光を放つ魔法陣に視線を向ける。


 天を衝く光の柱は、徐々にその光を弱めていっている。

 儀式を取り仕切っていたリーダー格らしき男の行動も封じた。

 なら、この謎の儀式は失敗に終わったはずだ。


 だが、今も胸騒ぎが収まらない。

 それどころか、儀式を始めた時よりも遥かに頭の中に響く警鐘は激しさを増している。


 なぜ、どうして。


 そんな疑問の言葉を頭に思い浮かべた瞬間、天から轟音が降り注いだ。


『――ォォォォォッ!』


 ビクリと肩を跳ねさせ、視線を上へ。


 声の主は、雲に開いた風穴の中心。そこから双翼を誇示するような黒いシルエットがこちらを睥睨していた。


「あれは、魔物……なのか……?」

「魔物……? そんな陳腐なものと一緒にしないでもらいたい。あの御方は我らが神ファクティス様が遣わされた『代行者』だ」

「代行者……?」


 いや、決してそんな高尚なものじゃない。

 俺の全身の感覚がそう告げている。


 禍々しいオーラ。全身を覆う漆黒の鱗。殺意だけを煮詰めて()したかのような深紅の双眸。光を受けて怪しい輝きを放つ爪や牙もすべて、この世界に仇なす存在であることを仄めかしている。


「これはちょっとマズいな……」


 無理に笑みをつくった口の端が震えているのがわかる。


 あの影がこの場に舞い降りてくるまで、それほどの時間はかからないだろう。

 明らかに人間が敵うような相手には見えない。


 ――つまり、ここで俺たちの命運が尽きる、ということだ。


 苦い表情で黒い影を仰ぎ見ていると、未だ地面に転がったままの男が壊れたような笑い声を漏らし始めた。


「ふはは、はははは……! 素晴らしい! なんと素晴らしい御姿か……!」


 声の方へチラリと視線を向ける。


 俺たちと同じように天を仰ぐその目は、瞳孔が開き、狂気に染まっている。

 もう、あの黒い影以外、彼の目には映っていないのだろう。


 もう一度、空へ視線を戻す。


 ……にしても、どうして攻撃を仕掛けてこないんだ?


 おそらくあの場からでもこの土地を焦土に変える程度、造作もないはずだ。

 だが、ゆったりと地上へ降りてくるだけで、奴からは一切攻勢をかけてくる気配が見えない。


 まるで、何かを待っているような……――。


 疑問符を浮かべながらも天上の敵を凝視していると、不意に教徒の男が大きく声を張り上げた。


「さあ、神の御使いである『黒竜メラン』よ! 我らが神敵に死の救済を! ()()()()()()()()()()()()!」

「なっ……!?」


 男の張り上げた声が響いた直後、黒影――『黒竜メラン』の紅の双眸が怪しく光り輝いた。


『――……rrrァアァァァッ!』


 咆哮。同時に重苦しい殺気が全身に叩きつけられる。


 視線の先の黒竜からは、さっきまでと打って変わって今にも襲いかかってきそうな強い殺意を感じる。

 完全に標的として認識されてしまった、ということだろう。


 だが、本当にマズいのはそこじゃない。


「無関係なこの町の住人たちまで巻き込むつもりなのか……ッ!?」


 あの男は言った。『この穢れた土地もろともに滅ぼせ』と。


 なら、あの黒竜の滅ぼすべき対象に、この町も入ってしまっているということだ。

 俺たちを殺すためとはいえ、一般市民を躊躇なく犠牲にするなんて気が狂っているとしか思えない。


 が、もう黒竜の標的となってしまった以上、この町を完全に守り切ることは不可能。


 ならば、と俺はドラグへ視線を飛ばす。


「頼めるか?」

「……ああ」


 そんな短いやりとり。

 それだけで俺の意図を汲み取ってくれたドラグは、俺に背を向けて路地の向こうへと走り去ってゆく。


「さあ、じゃあここは俺がなんとかしようか……――」


 覚悟とともに、もう一度、視線を上げる。

 黒竜は目と鼻の先まで降りてきていた。

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