第63話 予想外の追走劇
「……ったく、どこまで行けば気が済むんだ!」
静かな怒りと仄かな焦りを燃やしながら、視線の先を行く騎士の背を追い続ける。
すでに、マリアたちと別れてから数分が経過している。
一応、精霊たちに後を追ってもらっているとはいえ、これ以上離れるのはマズい。
……さっさと狙いを吐かせないとな。
その意思を籠めて、ぐっとひと際強く足を踏み込む。
そうして低空を飛ぶようにして身体を飛ばすと、まずは完全に背を向けている騎士目掛けて召喚した短剣を投擲。その後を全力で追いかける。
短剣に対応して速度を落とせば、追いついた俺の攻撃で完全に足を止められる。
短剣に対処せず追いつかれないように速度を維持し続ければ、いつまでも短剣にかけた『追尾』の魔法によって追い掛け回される。
つまり、短剣と俺自身の二段構えだ。
……さあ、どう出る?
相手の出方を窺いながらも、速度は緩めない。
それでいて、しっかりと目を凝らし、些細な動きにも即座に対応できるよう構えをとっている。
これならば、少なくとも足は止められるはず。
そう確信して次の一歩を踏みしめた瞬間、突如、騎士がグルンッと急旋回した。
「フンッ……!」
速度を殺さないように、振り返った瞬間にバックステップ。
身体を進行方向に飛ばしながら、騎士は背負った大剣をコンパクトな動きで横に薙ぐ。
路地裏に響き渡る短剣の甲高い破砕音。
それが耳に届いた頃には、すでに騎士は身体を反転させ、何事もなかったかのように加速を続けていた。
「くそっ……!」
悪態をつきながら、騎士のさっきの体捌きを反芻する。
俺に追いつかれないよう速度を保ちながら、追尾する短剣を叩き落とす。
言葉にすると簡単だが、実際はそうもいかない。
それができるということは、この騎士は紛れもなく実力者だ。それも国内有数の。
だが、そうなると、ひとつわからないことがある。
……どうして、こいつはそれだけの力があるのに反撃してこない?
その疑問が頭をよぎったそのとき、ほんの瞬きの間だけ、騎士から視線が外れる。
すると、次に視線を戻した瞬間、俺が見ていたのは逆にこちらへ飛びかかりながら回し蹴りを放つ騎士の姿だった。
「まず……ッ!?」
咄嗟に後ろに跳び衝撃を和らげようと、足に力を籠める。
が、その受ける体勢が整うよりも先に、蹴りの衝撃が全身を打つ。
「ぐっ……!」
衝撃に顔をしかめながら、空中で無理やり最低限受け身をとれるぐらいには体勢を整える。
直後、壁に身体を打ちつけた衝撃が身体中を駆け抜けた。
「……レオン、無事か?」
「まあ、なんとかね」
追いついてきたドラグの手を取りながら、まだしびれの残る身体を持ち上げる。
「あいつは?」
ダメ元でドラグに視線を向けるが、静かに首を横に振った。
……骨折り損か。
苦い顔で視線を向ける路地の向こうには、もうあの甲冑姿はない。
目を閉じて周囲の気配を探ってみるが、やはりもうあの謎の騎士の気配は消え去ってしまった後だった。
「……ダメか」
重苦しい息を吐き出し、頭の後ろを掻く。
にしても、ずいぶんと入り組んだ場所まで連れてこられたみたいだ。
建物の隙間から見える城壁はぼんやりと白ずんでいる。
おそらく、かなりマリアたちとは離されたと見ていいはず。
となれば、合流のためにやるべきことはひとつ――。
「ドラグ、周りを見ておいてくれるか? 精霊たちと連絡を……――」
「……悪いが、その暇はないようだ」
ドラグの言葉に、ハッと振り返る。
背後、俺たちが走ってきた方から、ぞろぞろと黒の祭服に身を包んだ連中が姿を現す。
首掛けの鎖つき十字架。そして、揃って指にはめたリングには皆一様に翼の生えた女神の紋章が刻まれている。
それらが示すのはあの女神の信徒――『ファクティス教徒』の連中だということだ。
……十人。いや、十五人はいるか。
警戒に身を構えながら、ゆっくりとその数を把握してゆく。
軽く確認したところ、さっきの騎士ほどの手練れは見当たらない。
なら物の数ではない。
が、そこへ新たな影が闇の中から染み出してくる。
「さらに五人追加。合計二十人、ってところか」
この五人は、他の連中よりは数段実力がありそうに見える。
「……はぁ、また面倒なことになったもんだよ、ほんと」
ため息とともに双剣を召喚。
すでに臨戦態勢を整えているドラグとともに、突如現れたファクティス教徒へと向き直った。
じりじりと敵との距離を測りながら、相手の編成を見極めてゆく。
後から降り立った五人が前衛、他十五人のうち五人が後衛。残っている十人がさらにその後方で何やら怪しげな動きを見せている。
……なんていうか、ちょっと嫌な予感がするな。
地面に浮かび上がらせた魔法陣を囲むようにして、何かを祈るように手を合わせている様は、さながら儀式のよう。
それよりなにより、それを行っているのがファクティス教徒だっていうのが、なんともきな臭い。
「……先に行くぞ」
未だ動きを見せない俺を見てか、ドラグが先に駆け出す。
まずその硬い拳を向けたのは、見るからに軽装で暗殺者風の出で立ちの男。
だが、空気を裂きながら放たれたその拳は、突如割り込んできた背丈ほどの大楯に阻まれた。
「……む?」
拳打を受け止められたドラグに、今度は頭上から投げナイフが飛来する。
バックジャンプで躱そうとするドラグだったが、どうやらそれらには『追尾』の魔法がかけられているのか、回避先にまで回り込んでくる。
……いや、これは俺と同じタイプか。
全力で飛び退くドラグと入れ替わるようにして、投げナイフに向かって突進。
そして、すれ違いざまに虚空を剣で薙いでやると、急に力を失ったようにすべてのナイフが音を立てて落下した。
俺が斬ったのは、ナイフを操る魔力の糸。
つまりは、俺が身体を動かすのと同じような原理でナイフを飛ばしていたみたいだ。
「大丈夫か、ドラグ?」
「……ああ、問題ない」
怪我はないと思うが、もし毒物なんかを塗られていた場合はわかりづらいから、念のため確認を入れておく。
それから数度斬り結んでみてわかったのは、前衛五人が近接戦、後衛五人が魔法戦特化だということ。
ただし、恩恵の複数所持者ではない。
ようするに、それほど苦戦をする相手ではない、ということだ。
「じゃあ、早いとこ終わらせるか……ッ!」
「……ああ!」
またもや、ドラグが先行。
彼を前衛、俺が遊撃としてひとり、またひとりと敵の数を削ってゆく。
そうして立ち塞がる敵の十人目に床を舐めさせたと同時、その後方から鈍色の光が天へと立ち昇った。




