第62話 違和感
「戦争の前準備、といったところでしょうか」
マリアのつぶやきを聞きながら、顎に手を当てて考える。
大きな戦いに備えるものであるのは、おそらく間違いない。
だが、どこかの国と戦争を起こすようなウワサは耳に入ってきていない。なら、いったいどことそんな大がかりな戦争を……――。
そこまで考えて手にしていた資料をめくったとき、ひとつ気になる文章が目に入ってきた。
「ん? これは……『大樹海への侵攻について』?」
なぜここで『大樹海』が、と首を傾げる。
読み進めてゆくと、どうやら目的は『魔物を掃討し、人間の統治領域を広げる』ということらしい。
おそらく、騎士団が備えていた大規模な戦いというのは、この侵攻作戦のことなのだろう。
が、それにしては腑に落ちない点がある。
……どうして、ただの魔物の掃討作戦にこんな数の研究者を伴っているんだ?
資料に添付されていた名簿にも軽く目を通す。
騎士たちや実験体の複数保持者はもちろん、そこにはなぜか十名以上の研究者たちの名前まで記されていた。
ここの研究者ということは、つまり恩恵関連の専門。
そんな者たちがどうして……?
「レオンさん。もう少しで皆さんと落ち合うお時間です」
頭を悩ませていると、マリアの控えめな声が飛んでくる。
どうやら、ここで深く悩んでいる余裕はないみたいだ。
ひとまず後で見返す必要のある重要そうな書類だけ懐に詰め、マリアを伴って城壁内部から脱出する。
目指すのは、町の中。
人の気配がほとんどない路地裏の一角だった。
「よし、じゃあ全員集まったかな」
イヅナ、ドラグ、マリア、そして精霊たち。
順番に視線を流しながら、ひとまず軽い情報交換を行ってゆく。
「ほんならウチからいかせてもらうわ」
まず話し始めたのは、イヅナ。
彼女の担当範囲には、恩恵の複数保持者の姿はなし。
代わりに実験の記録などが多く収められていたとのことだった。
「……なるほど、そっちには実験体はいなかったのか」
「ま、ちょいと暴れ足りんとこやけどな」
不服そうに口を尖らせるイヅナ。
すると、後を継ぐように今度はドラグが控えめに手を挙げた。
「……なら、次はこちらの報告を」
彼の担当範囲には逆に、実験体を含めた兵士ばかりが固まっており、研究資料はほとんど見当たらなかったという。
が、少し違和感があったそうで、ドラグは少し目を伏せる。
「……複数の恩恵の掛け合わせ、というには違和感があった」
「それはどうして?」
「……似た恩恵を重ね合わせて、どれほどの上昇率を見ることができるか。そんな感じだ」
彼曰く、同じ身体強化系の恩恵を重ね合わせ、より強力な効果を得られないか試していたようだったとのこと。
だが、それが純粋な肉弾戦スタイルのドラグには都合が良かったみたいだ。
思案する俺たちの沈黙を破るように、次は精霊たちが声をあげた。
『じゃ、つぎはぼくたち~!』
『けっかはっぴょ~!』
精霊たちの方はというと、ほとんど何もなし。
ただの一般兵士たちが詰めているだけだったとのことだ。
最後に俺たちの報告を、と口を開きかけた瞬間、視界の端に僅かに動く影のようなものが見えた。
「……誰だッ!?」
舌打ちとともに、影へ向けて召喚した短剣を投げつける。
直後、それを難なく弾いてみせたのは、外套から銀の鎧を覗かせた厚みのある騎士だった。
……この町の兵士? いや、それにしては――。
一目見るだけで理解した。
この騎士は強い。きっと、そこいらの木っ端兵士とは比べ物にならないほどには。
それにしては、動きがおかしい。
ただ様子を見るばかりで、襲いかかってくる気配が微塵も存在しない。
……何が目的だ?
訝しみながら騎士を睨みつけていると、なぜか騎士はわざとらしく大振りに背を向けて路地の向こうへと走り出してゆく。
「あっ! ちょお待たんかァ!」
止める間もなく、真っ先に走り出したのはイヅナ。
余程、不完全燃焼でフラストレーションが溜まっていたのだろう。
急いで呼び止めよう、と手を伸ばす。
その瞬間、隣から飛び出す影がもうひとつあった。
「――イヅナさん! いけません、ひとりで飛び出しては!」
「マリア!?」
呆気にとられ、一瞬、動きを止める。
その隙に、イヅナの後を追っていったマリアの背は、豆粒ほどに小さくなってしまっていた。
「あぁ、もうっ! ドラグ!」
「……ああ」
僅かに目を合わせて頷き合ってから、二人同時に地面を蹴って加速。二人の後を追い始める。
徐々に縮まる距離。
ようやく手が届く。
しかし、そのとき、別の影が頭上から落ちてきた。
「なっ……!?」
着地の重苦しい音をあげる人影は、さっきの騎士と同じ形の鎧を身に纏っており、こちらも不思議と殺気はない。
……ただ、分断されたな。
目的はなんだ?
俺たちの排除が目的なら、ここまで殺気が薄いなんてありえない。
狙いがわからない。
が、これだけはわかる。
「確実に、俺たちの敵だってことだ……!」
奥歯を噛み締め、腰を落とす。
そうして突進しようと足に力を籠めた直後、それを察知してか目の前の騎士も同じように背を向けて駆け出した。
「チィッ……!」
これ以上、マリアたちと距離をあけるのはマズい。
とはいえ、この騎士の目的を突き止めなければならない。
心の中で悪態をつきながら、精霊たちにマリアの後を追うように頼んで、俺は逃走を始めた二人目の騎士の方へ走り出す。
こうして図らずも二人ずつ、二手での追走劇が幕を開けたのだった。




