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第60話 決意の後、戦いの前触れ

 アンゼルムに引導を渡してから数日。

 犯罪被害者たちを森の奥の拠点へと送り届けた俺たちは、後のことを精霊たちに任せて、一旦四人で作戦会議を開いていた。


「さて、まずはイヅナ。無事でよかったよ。本当に助かった」

「ええよええよ。構わへん」

「ドラグも地上の足止めご苦労様」

「……すまない。親玉を通してしまった」

「いいや、取り巻きを抑えてくれていただけで十分だよ」


 ひと通り皆を労いつつ、続けてマリアに視線を送る。


「で、マリア。次の行き先は……」

「ええ、まずひとつ、向かわなければならない場所があります」


 人差し指を立て、マリアは王都の方を流し見た。


     ◇ ◆ ◆ ◇


 とある屋敷の一室。

 闇の中、仄かな明かりが照らし出すのはひとりの老執事だった。


「……まさか、旦那様が討たれるとは」


 片眼鏡(モノクル)を外し、そっと机に置く。

 その傍らには、乱雑に積まれた書類たちが顔を覗かせていた。


「チッ、せっかくうまく旦那様を誘導して誘拐事件を起こさせたというのに……」


 憎らしげなつぶやきが薄暗闇に消えた後、別の声が部屋の中に反響した。


「――なるほど。アンゼルム卿を狂わせた元凶はあなたでしたか」

「なっ、誰だ……ッ!?」


 暗闇の中から染み出すように、徐々にマリアの姿が現れる。

 そして続けて現れ出た俺たちをひと通り見回してから、老執事は警戒するように一歩後ろに足を引いた。


「……何者ですかな?」

「第二王女マリア・フォン・エアハートですよ、執事長」

「なっ……!?」


 驚きに目を見開く老執事。

 その隙に老執事の身体を光の縄のようなものが巻きついて、床に転がされる。


「くっ……! こんなことをしてただで済むと――」

「黙りなさい」


 ぴしゃりと言い放ち、マリアが老執事の頭上に立つ。


「たかが執事風情が、王族に口ごたえするとはいい度胸ですね。今はそのような口を叩いたうえで、まだ命があることを喜びなさい」


 絶対零度の冷ややかな瞳。

 そして、その有無を言わさぬ絶対的な物言いに、老執事は言葉を失い、ただ項垂れることしかできなかった。




 アンゼルム邸にて執事長を捕縛した俺たちは、屋敷の捜索に移っていた。


「うーん……、意外に何もないもんやなぁ……」

「……犯罪の証拠だ。そう目に見える場所に放置するわけもないだろう」

「お、ウチが阿呆やって言いたいんか、おォ?」


 始まったイヅナとドラグのささやかな口喧嘩を聞き流しながら、棚にぎっしりと詰め込まれた本や、山積みになった机の上の書類を漁ってゆく。


 ……まあ、確かにこんなわかりやすいところにはあるわけないよな。


 駄目で元々、というところではあったが、徒労に終わりそうな予感がある。


 棚に本を戻しつつ、部屋をぐるりと見回す。

 すると、隣のマリアがこちらを一瞥してから、ひとつ提案を投げかけてきた。


「レオンさん、アンゼルム卿の私室を見てきてもよろしいですか?」

「……そういえば、あそこはまだ見てきていないな」


 マリアの提案を受け入れ、言い合いをしたままの二人をおいて、俺たちはアンゼルムの私室へ。

 足を踏み入れた瞬間にまず感じたのは、いやに殺風景な部屋、という感じ。

 お貴族様の私室にしては珍しく、威張るような高価な調度品なんかもない、必要最低限の質素な部屋という印象を受けた。


「あれは……」


 特筆するものは何もない部屋。

 だが、その中でひとつだけ目に留まるものがあった。


「レオンさん、これはもしや――」

「……うん、たぶん()()だろうね」


 ずいぶんと長い間使い込んでいたんだろう。

 手の脂や汚れなどが滲んで、革の色が元の色より部分的に深く黒っぽくなっている場所がある。


「すみません、アンゼルム卿。拝見いたします」


 ひとこと断りを入れてから、マリアはその手帳を丁寧にめくってゆく。

 彼女の肩越しに手元を覗き込むと、そこに記されていた文字列に顔をしかめた。


「これは……」


 開かれていたページに記されていたのは、恩恵(ギフト)の移植に関する実験の詳細と、そこに至る苦悩。

 が、俺の険しい表情にも気づかず、マリアは規則的なリズムで一枚ずつページをめくっていった。


     ◇ ◆ ◆ ◇


『本日、貧民街の視察へ赴いた。

 私は思う。どうしてこのような悲惨な場所が生まれてしまったのかと。


 恩恵がない。恩恵が弱い。

 ただそれだけの理由で、ここにいる者は差別され、侮蔑され、拒絶されている。

 

 だが、私には彼らに手を差し伸べることができない。


 どうして、私はこんなにも無力なのだろうか……?』



『本日、マリア第二王女殿下と秘密裏に謁見した。


 あのお方も恩恵差別に苦しむ者たちに、心を砕いておられた。

 国の未来を真に憂うお方がおられることは、とても喜ばしいことだ。


 だが、あのお方もまた、力が足りない。

 そして、私も――』



『本日、執事長から恩恵に関する研究をしてはどうかと提案を受けた。

 まずは屋敷で働く使用人たちから希望者を募り、実験を開始することにした。


 これで、何かが変わると信じて……』



『実験の経過は芳しくない。


 しかし、ここで諦めるわけにはいかない。

 次は恩恵を後天的に得られる方法を……――』



『また失敗した。

 実験室の傍らには、今日も使用人たちの(しかばね)の山が積み上がっている。


 近頃、協力を名乗り出る使用人たちもその数を減らしている。

 実に嘆かわしい。

 私のこの崇高な理想の糧になれる栄誉をみすみす手放すとは。


 が、このままでは被検体の数が足りない。

 まだ実験は何の成果も残せていないというのに。


 ――そうだ。貧民街の民ならば、報酬を与えると言えば協力をしてくれるのではないだろうか?』



『なぜだ。なぜだ。なぜだ。

 なぜうまくいかない。


 私の理論は完璧なはずだ。

 私の理論があれば、必ず他者の恩恵を移植する方法が確立するはずだ。


 その方法さえ確率できれば、きっと、きっと……。


 ……きっと?


 わたしは、なんのために、このてを、ちにそめているんだ……?』


     ◇ ◆ ◆ ◇


「これは……」


 そうつぶやき、マリアは唇の端をぐっと噛み締める。


 狂気に呑まれてしまった哀れな男の軌跡。

 その記録は俺たちの胸にむかつきを覚えさせるには十分すぎるおぞましさを秘めていた。


 あまりに不快なものから目を背けるようにベッドの方へ視線を向けると、手帳が置かれていた場所の少し奥に何かを見つけ、その()()を手に取った。


「これは、封書? 送り主は……――王国第一騎士団?」


 第一騎士団。

 それは俺の皮をかぶった転生者ユウヤが指揮する部隊の名だった。

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