第57話 実験体との激闘
「――俺がその間違った道を終わらせてやる」
俺の宣言を真正面から受け止めたアンゼルムは、未だに感情の読めない余裕そうな表情を崩さずに首を傾げる。
「ほう、間違った道を終わらせる、と。……ええ、お好きにどうぞ?」
笑みを携え、アンゼルムは言い放った。
「ただし、この者たちを超えていけるのであれば、ですがね」
直後、アンゼルムの背後から飛び出してくる影が五つ。
それらはいつかの襲撃者と同じ、黒装束を身に纏っていた。
「今の王都ではそんな恰好が流行っているのか?」
「さて、どうですかね」
わざとふざけた質問を投げかけてみるも、アンゼルムの飄々とした態度は崩れない。
意味がないな、と諦め、次の視線は背後から現れた護衛たちへ。
……やっぱり、屋敷の襲撃の一件もこいつの手引きか。
秘密裏に用意された屋敷の場所がいともたやすく特定されたことから疑問は感じていたが、それならば納得だ。
今はそんなことより――。
「……目の前の敵を排除する」
背後には、まだ呆然と立ち尽くすマリアと、多くの被害者たちが取り残されている。
今ここでこいつらを討っておかないと、次に犠牲になるのは彼女らだ。
……それは何としても阻止しないとな。
だから、先手を取るべく踏み出した。
あの屋敷を襲った黒装束たちと同じなら、この護衛たちに構っている暇などない。
まず、狙うは護衛たちを踏み越え、その後ろで悠然と佇むアンゼルムの首。
が、俺の振り抜いた刃は、その首に届く前に糸に巻き取られ、阻まれた。
「その程度では私に届きませんよ」
「……チッ!」
未だ余裕なアンゼルムから視線を外し糸の出所をたどると、護衛のひとりにぶち当たる。
……この強度なら焼き切れる!
剣に炎を伝わせ、一瞬で糸の拘束を焼き払う。
しかし、そうしている間に、今度は横合いから黒い棘のようなものが飛来してくる。
「くそっ……!」
空中で体勢を無理やり整え、棘を迎撃する。
……これは影での攻撃か?
よく見れば、別の護衛の影から棘が伸びているのがわかる。
おそらく、影を操る恩恵なのだろう。
と、思考を中断させるように、今度は風の刃が背後から襲いかかってくる。
それを大きく飛び退いて避けた後、苦い顔で深くため息をついた。
「……これは案外、骨が折れそうだな」
苦い顔を浮かべ、八つ当たり気味に奥歯を強く噛み締める。
だが、五人の護衛のうち、三人の恩恵はこれで割れた。
ひとりは『糸を生み出し、操る』恩恵。
ひとりは『自身の影を操る』恩恵。
ひとりは『周囲の風を操る』恩恵。
残るは、あと二人――。
……なら、早々にその二人の能力を割り出すッ!
そう決め、アンゼルムの横に控えたままの二人めがけて全速力で踏み込む。
そのまま速度に任せ、剣を振り下ろす。
すると、まず向かって右のひとりが動き、剣の腹へ肘での打撃を叩き込む。
そうして剣が跳ね上げられたところへ、もう片割れが両手に握ったふたつの戦槌をねじ込まんと襲いかかる。
弾かれた剣を引き戻し、体勢を立て直しながらバックステップ。
ひとりは『達人級の体術を扱える』恩恵、もうひとりは『尋常ならざる膂力を得る』恩恵。
――これで五人全員の恩恵が割れた。
「なら、ここからは本気で……ッ!」
そう吠えて、足が地面につくなり跳ねるように敵へ斬りかかる。
見たところ、防御面に秀でている恩恵を持つ者はあまりいないようだ。
なら、半端に受けに回るのは得策じゃない。攻め込む方が安全だ。
踏み込みと同時に全身の動きを幻影の魔法で偽り、身体に風を纏わせながら敵の背後へ一瞬で回り込む。
「まずはひとり……!」
剣の行き先は、糸を操る者。
ほかの四人の視線はみな、真正面から突撃してくる幻影に向けられている。
……獲ったッ!
首筋へと走る斬撃。
それが肌へと触れる直前、今度は見えない何かにぶつかり弾かれた。
「なっ……!?」
反射的に飛び退きながら思う。
あれは明らかに魔法でつくられた障壁だ。
だが、五人の中にそのような恩恵を持つ者はいなかったはず。
なら、アンゼルムが……?
……いや、奴は指一本すら動かしてはいない。
一瞬の油断。
そこに残る四人の攻撃が殺到する。
光の矢、水の槍、暗器の雨、骸骨の群れ。さっきまでとはまったく別物の攻撃が浴びせられ、飛び退く間もなく吹き飛ばされた。
「レオンさん!?」
遠くなるマリアの声を聞きながら、なんとか風を背中に集めて壁に激突する際の衝撃を和らげる。
だが、それでも俺の身体が打ちつけられた壁は、一瞬にして痛々しいまでのヒビ割れが刻まれていた。
「ぐっ……」
短く呻きを漏らすも、続けて殺到する攻撃の嵐から逃れるように、すぐさま背を壁から離して床に身体を投げ出す。
直後、ヒビ割れの中心めがけて多彩な攻撃が着弾。
一瞬にしてヒビは広がり、そこへ大きな窪みをつくりだしていた。
床を転がりながら、護衛たちのの方へ視線をやる。
……伏兵か?
いや、そんな気配はない。
……なら、恩恵がこの一瞬で変化した?
それも違うだろう。今の攻撃には影の棘も風の刃も含まれていた。
じゃあ、いったい何が――。
そこまで考えた瞬間、さっきのアンゼルムの言葉が頭に浮かんできた。
『それはね、恩恵を移植すればいいのですよ』
恩恵の移植。
その研究をするための実験施設がここだったという。
となれば、もしかして……。
「こいつらはお前らの実験の成功体だとでも言うつもりか……!?」
その問いに、アンゼルムは満足げに頷く。
「ええ、言ったでしょう? 成功例はそう多くはありませんが、移植自体は可能だ、と。彼らはその数少ない成功体というわけですよ」
その言葉を聞いて、また護衛たちに視線を向ける。
移植されたとすれば、たしかに複数の違った能力を持っていることも頷ける。
……ってことは、他にももっと違う恩恵を持っている可能性があるってことか。
面倒だ、と心の中で吐き捨てる。
能力の底が見えない敵と対峙するのが、一番精神的に消耗が激しい。
「……少なくとも、早く糸口ぐらいは見つけないといけないな。これは」
重い気分をすべて吐き出すかのように、俺はひと際深く息をついた。




