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第56話 激昂と絶望

「どうして、あなたが……――アンゼルム・ヒューブナー侯爵」


 囚われている被害者たちの方から、かすれたマリアの声があがる。


「ええ、ご機嫌麗しゅう。マリア・フォン・エアハート王女殿下」

「なぜ、こんな場所に……」


 なぜ、どうして……と、うわごとのようにつぶやきながらアンゼルムへと向かうマリアを手で制し、二人の間に立つ。


「レオンさん……?」

「ふむ。どうやら君はきちんと状況を理解しているようですね。どおりで一筋縄ではいかないわけです」

「……そりゃどうも」


 アンゼルムからの賛辞に、素っ気なく形だけの礼を返す。


「君の名を伺っても?」

「……レオン。レオン・エッジワースだ」

「エッジワース? どこかで聞き覚えがある名ですね……」


 顎に手を当てて中空に目をやると、しばらくして得心がいったように手を打った。


「――ああ、もしや君は『双魔』の血縁者でしょうか?」


 彼がその異名を耳にした瞬間、ほんの僅かに身体が固まる。

 その反応を肯定ととったのか、アンゼルムは「なるほど」と口の端を緩める。


「『双魔』の縁者が相手ともなれば、我々も少し気を引き締めなおさなければならないというものですね」


 わざとらしく肩をすくめる仕草に、こちらも腰を落とし臨戦態勢を整える。


 そうして構えていると、不意に背後から消え入りそうなほど微かな声が届いてきた。


「……アンゼルム卿。あなたは……――いえ、あなたが一連の事件を引き起こした、首謀者だと……そう、おっしゃるのですか……?」


 アンゼルムへの警戒を緩めることなく、少しだけ視線を後ろのマリアに向ける。


 ……危険だな。


 絶望。喪失。そして、ほんの僅かな淡い希望の色。

 彼女の揺れる瞳に映る思いの色を見て、ぐっと奥歯を噛み締める。


 マリアだって、きっとわかっている。

 けれど、見たくない事実から目を逸らし、必死に頭の片隅に追いやってその問いを口にしている。


 だが、それはあまりにも無意味だ。


 どんな淡い希望を持っていたとしても、それは――。


「ええ、もちろんそうですとも。マリア王女」


 ――もっともマリアにとって最悪の形で裏切られるのだから。


「そん……な……」


 見ていられないと、言葉を失うマリアの悲愴な表情から顔を背ける。


「どうして……。どうしてなのですか、アンゼルム卿……」

「ふむ、それはなかなかに難解な質問ですね」


 しばらく考え込み、答えを探すように視線をさ迷わせる。

 しかし、マリアはその答えを待たずに、続けざまにさらに問いかける。


「あなたは、誰よりも『恩恵(ギフト)による格差をなくしたい』と。そう、願っていたではありませんか……」

「ええ、その通りです」

「あの言葉は偽りだったと! そう、あなたはおっしゃるのですか! アンゼルム卿!」


 マリアの怒号が、この狭い地下空間の中に響き渡る。


 が、それを受けてもなお、アンゼルムは捉えどころのない態度を崩すことなく、ただ淡々と首を横に振る。


「あれほど平和を願っていたあなたが、このような人の尊厳を踏みにじるような行為に手を染めるなど……」

「あなたは何か勘違いをしているようですね。マリア王女」

「……勘違い?」

「ええ、私は今も『恩恵による格差をなくしたい』と、そう心から願っていますとも」

「では、どうして!」


 今まで見たこともないほど苛烈な剣幕でまくしたてるマリア。


 ……それほど、この人を信用していたってことか。


 今までマリアの思いに同調してくれる者はいなかった。アンゼルム以外は。

 だからこそ、罪人として王都を追われてからも、唯一絶対の信頼をおける協力者だと信じてやまなかった。


 だからこそ、裏切られた今、過去の絶大な信頼の分だけその怒りは凄まじい。


「――答えなさい、アンゼルム・ヒューブナー!」


 叫びの一瞬後、耳鳴りがするほどの静寂が訪れる。


 そんな静けさが場を支配する中、アンゼルムは短く息を吐いて、ひとつ語り始めた。


「では、ひとつお話をいたしましょう――」


 ゆっくりとした口調のアンゼルムは、そこから滔々と語り始める。


「恩恵の格差をなくすために、もっとも重要なことはいったい何だと思われますか?」

「なに……?」

「それはね、()()()()()()()()()()()()()()


 わけがわからない。

 首を傾げて、こちらからも疑問をぶつける。


「ちょっと待て。恩恵の移植? そんなことが本当にできるとでも?」

「ええ、移植自体は可能ですよ? まあ、成功例はそう多くはありませんが」

「なんだと……? いや、それ以上に他者から恩恵を移し替えたところで何の意味が――」


 そうだ。仮に他者からの恩恵の移植ができたところで、それが格差をなくすことには結びつかないはずだ。

 なにせ、他人から恩恵を奪い取っても、今度は別の差別される人間を生み出すだけなのだから。


「意味、と? おかしなことを聞くのですね」

「……は?」

「意味ならあるでしょう――」


「――世界に不必要な人間から、真に必要な人間へ恩恵を移し替える。それこそが格差をなくす最も単純にして有益な方法でしょう?」


 そう言ってくすりと笑うアンゼルムの目には、怪しげな光が灯っているように見えた。


「私は恩恵の格差をなくそうと日々頭を悩ませてきました。ですが、その陰で神から賜った力で犯罪に手を染める者もいれば、力を平和の役に立てない者もいる。実に愚かなことだと思いませんか?」

「……だから?」

「そんな愚か者には恩恵など必要ないでしょう?」


 狂気を孕んだその声に、思わず息を吞む。


「恩恵が必要のない愚か者から、真に世界の利益になる者へその力を移す。それこそが『恩恵による格差をなくすこと』なのです!」


 ……完全に論理が破綻しているな。


 恩恵の格差をなくそう、平等な世にしよう、という思いが行き過ぎた結果なのだろうか。


 神から与えられる力の格差をなくすことなど容易ではない。ほとんど不可能だといっても過言ではない。

 だからこそ、自分の中で世界に必要な人間と不必要な人間の境界を分け、不必要な側を切り捨てても構わないと、極端な結論に走ってしまったのだろう。


 ……善人の皮をかぶった、救いようのない悪人ってところだな。


 そう結論づけ、一瞬、マリアの方に目をやる。

 まだ、彼女は茫然自失。言葉を失って立ち尽くしたままだ。


 なら、仕方ない。


「――俺がその間違った道を終わらせてやる」


 宣言と同時、腰の長剣を引き抜いた。

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