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第54話 教会の中へ

「教会? どうしてこんなところに……」


 呆然としたマリアのつぶやきを聞き流しながら、教会の周りに目を向ける。


 ……人通りがないうえに、明かりひとつ点いていないか。


 さすがに夜が更けているとはいえ、人通りも明かりも何ひとつ見受けられないのは少し不自然に思える。


 目を閉じて、魔力の流れに意識を集中させる。

 すると、教会を中心とした周囲一帯を囲うように、薄い膜のようなものが張られているのがわかる。


 ……認識を阻害する結界みたいなものだよな、これ。


 眉をひそめ、もう一度教会の方へ視線を移す。


「……まあ、ひとまず中の様子を探ってみるか」

『それなら、ぼくらにおまかせ~!』


 こっちから頼む前に、精霊たちが視線の先へ一直線に飛んでゆく。

 が、その勢いは門の目の前で急に削がれることとなった。


『ぴっ……!?』


 ……ん、あれは――?


 目を凝らすと、教会の周りにも同じような薄い膜で覆われているのが見える。

 どうやら、あれが精霊たちの侵入を阻んでいるらしい。


「……どうかしたのか」

「いや、教会の周りに結界が張られているようで、精霊たちに様子を見てきてもらうのが難しいみたいなんだ」


 イヅナたちが運び込まれているのは、この目で確認している。

 なら、人間は通り抜けできる、と考えるのが妥当だろう。


 ならば、取るべき手段はただひとつ――。


「……ふむ、なら直接入るしかないか」


 ドラグの言葉を受けて、俺たちは隣の家屋の屋根から飛び降り、門の前に立つ。

 そして、門の中へと一歩足を踏み入れた瞬間、不意に背後に気配を感じ、全力で腰に佩いた長剣を振り抜いた。


「――ッ!」


 金属同士のぶつかる鋭い音が耳をつんざく。

 その後、大きく飛び退いた影は、いつしかの襲撃者と同じく全身を漆黒のローブで覆い隠していた。


「な、何者ですか……っ!?」


 剣戟の残響が鼓膜を揺らした一拍後、マリアは目を見開きながら慌てて振り返る。


 が、ドラグはしっかりと反応できていたようで、マリアを背に庇うようにしてすでに黒装束たちの前に立ちはだかる壁となっていた。


「……レオン。こいつらは――」

「ああ、屋敷を襲撃してきた不届き者たち。そのお仲間だろうな」


 視線は敵に合わせられたまま、ドラグと言葉を交わす。


 ……これは、やっぱり一連の事件は繋がってるってことかな?


 人攫いの連中を追って教会に入ろうとした矢先、侵入を阻むように屋敷を襲った黒装束が現れる。

 これは二つの事件が裏で繋がっているという証拠にほかならない。


「とはいえ、こんな雑魚連中に構っていられる余裕はないんだけどな……」


 今も、視界の中でぞろぞろと闇の中から姿を現す黒装束らに悪態をつきながら、一度手にした長剣を虚空に振るう。

 すると、剣に付着していた血液が地面に飛び散った。


「……まあ、この程度ならすぐ終わるしいいか」


 直後、俺の剣を受け止めたであろう黒装束のひとりが音を立てて膝から崩れ落ちる。


「――まずは数を減らす。ドラグ、守りは任せてもいいかな?」

「……ああ」

「じゃあ、遠慮なく……――ッ!」


 何の前触れも見せず、まず行うのは長剣の投擲。


 初手から武器を手放す。

 その予想外の行動に、黒装束らが一瞬、動きを止める。


 その僅かな隙を見逃さず、瞬時に喚び出した双剣を手に、一番近い敵へと一息で距離を詰める。


「……ぐっ!?」

「マリアの前だ。死なない程度にしておいてやる」


 倒れてゆく敵には目もくれず、視線は次の標的へ。


 踏み込む。そして、駆ける。

 敵が狙いをつけられたことを悟ったそのとき、すでにもう俺の身体は相手の懐まで潜り込んでいる。


 それほど圧倒的な速度を以て、ひとり、またひとりと黒装束を蹴散らしてゆく。


「くっ……、貴様……ッ!」

「――遅い」

「ぐはっ……!?」


 中にはそうして反撃しようとしてくる者もいたが、動きが遅すぎる。


「依頼人に伝えておきな。『俺らをどうにかしたいなら、もうちょっとマシな腕のある連中を用意しておくんだな』って」


 結局、戦闘開始からたったの数分。

 それだけの僅かな時間で、五体満足で立っている黒装束の数は、すでに片手で数えられる程度にまで少なくなっていた。


「……骨がない」

「なかなか手厳しいな、ドラグは」


 近づいてくる声に振り返ると、ドラグが今度は俺の横を通り抜け、黒装束らとの間に立つ。


「……先に行け」

「いいのか? まだいくらか残っているけど」

「……この程度ならば、ひとりで十分だ」


 たしかに、決して黒装束ひとりひとりの戦闘力はそれほど高くない。

 ただ数ばかり多くて面倒というだけだ。


 だが、その自慢の物量も、今や見る影もない。


 これならば、ドラグひとりに任せても問題ないはずだ。


「じゃあ、ここはお言葉に甘えようか」


 ひとつ飛び退き、マリアの隣に静かに着地。

 そして、目を丸くするマリアの腰と膝裏にそっと手を回し、そのまま横抱きの要領で抱え上げる。


「え……! あ、あの……っ!?」

「口は閉じておいた方がいいよ。開けてると、舌噛むから」

「それってどういう……――?」


 ……一応、忠告はしたから、大丈夫だろう。


 ぐっと地面を踏みしめて、折った膝で()()をつくる。


「――じゃ、行ってくる」

「……ああ」


 ドラグと軽く視線を躱し、一気に()()をすべて解放して跳躍する。


「ひっ……!?」


 腕の中で抱えられているマリアから短い悲鳴が上がった気がするが、おそらく気のせいだろう。

 今もチラッと目の端でマリアの様子を窺うも、至って冷静な様子で、身じろぎひとつせず腕の中に収まっている。


 短い空中散歩を楽しんでいる間に、足元ではドラグと黒装束との戦闘が始まっていた。


「……軽い」

「ぐぁっ……!?」


 がっちりと握り固められた拳を鳩尾(みぞおち)へと打ち込み、たった一撃でひとりを沈める。

 負けじと黒装束側も攻撃を繰り出しているが、そのどれもが硬い表皮に阻まれて、効果的な攻撃たりえないものばかりになってしまっている。


 ……これなら思いのほか余裕で追いついてきそうだな。


 そんなことを考えていると、ようやく着地だ。

 着地の瞬間に膝を曲げ、衝撃がマリアまで伝わらないようにしっかりと吸収する。


「……はっ、わたくしはいったい何を……?」


 腕の中で何度も瞬きを繰り返すマリアを優しく下ろし、目の前にそびえる教会の大扉を見上げる。


「心の準備は大丈夫か?」

「……ええ、もう大丈夫です。行きましょう、イヅナさんの身に何か起こってしまう前に」


 気を取り直したマリアの首肯を見て、扉に手をかける。

 そして、短く息を吐いた後、力を籠めて押し開いた。

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