第53話 うってつけの囮役
イヅナが囮役として動き始めて、はや半日。
森の奥の拠点で聞いた話を元に、怪しげな雑貨屋、占い師の館、路地裏の情報屋など、いかにもという場所を何か所か回ってきた。
しかし、進展はまったくと言っていいほど得られていなかった。
「……手がかりひとつ、ありませんか」
俺たちの視線の先、少し離れた場所で話をしているイヅナの後ろ姿から目を離さずに、マリアの声に相づちを打つ。
「まあ、そう簡単にはいかないだろうね」
目を閉じると、遠くにいるのにイヅナの声がはっきりと耳に届いてくる。
まるで、耳元で囁かれているみたいに近く感じる。
精霊に力を借りて、声を風に乗せて届けてもらっているのだが、ちょっと声が近すぎてこそばゆい。
『うーん、お貴族様のお屋敷で働きたいって言われてもなぁ……』
『この辺りでそんな誘い受けたって小耳に挟んでな? おっちゃん、知らんか?』
『ちょっと記憶にねぇなぁ……』
『ホンマ? ほら、ウチってこう見えて口堅いからさ、こそぉ~っと……』
『いやいや、ホントに知らねぇんだって』
情報屋を名乗る男との会話に耳を傾けるも、どうやら何も知らない様子。
そのまま世間話程度の言葉を何往復かした後、イヅナは肩をすくめて情報屋から離れてゆく。
そうして次の場所へと向かおうとしたそのときだった――。
『失礼、少しお話よろしいですかな?』
声とともに路地の先、角から顔を覗かせたのは白髪と白髭が印象的な老執事。
明らかにどこかの貴族の使用人らしき男は恭しく一礼した後、イヅナへとゆっくり歩み寄ってくる。
『なんや、紳士サン? ウチになんか用かいな?』
『ええ、何やらお仕事を探されているご様子。ならば、この私めがお力になれるかと』
そう言って、老執事は口元を緩めつつ、片眼鏡を僅かに持ち上げてみせた。
……白髪白髭に片眼鏡。じゃあ、あれがやっぱり話にあった執事か。
不自然なぐらいしわひとつない執事服に、貼りつけたような奇妙な笑顔。
遠くから見ているだけでも、明らかに不審な空気をまとった男だ。
イヅナの目も、どこか怪訝な色が垣間見える。
しかし、老執事は不審がられていることを気にも留めず、イヅナへと仕事の内容を紹介し始める。
『仕事って、何をやらそうってんや?』
『なに、簡単なお仕事ですよ。私めがお仕えしておりますお屋敷に、住み込みで使用人として働いてはみませんか?』
『……使用人?』
その言葉に、イヅナが眉をピクリと動かすのが見えた。
『ええ、我が主は使用人として仕える者の出自を問いません。あなたが職に困っているというのであれば、主は必ずや手を差し伸べてくださることでしょう』
『へぇ、ウチみたいな礼儀のない小娘でもええっちゅうんか?』
『あなたに働く意思と、助けを求める勇気があるのであれば、それだけで十分です』
話を聞いている限り、どうも老執事からは胡散臭さが拭えない。
それは直接対面しているイヅナがひしひしと感じていることだろうが、今の彼女の役割はあくまで囮。
それに気づかないフリをしつつ、話に乗ってもらう必要があるのだ。
固唾をのんで見守っていると、一瞬、イヅナと目が合った。
『……(た・の・ん・だ・か・ら・な)』
音を立てずにそう口の形だけで伝えてくる。
すると、その後、イヅナは顔を上げて老執事へと向き直った。
『わかったわ。紳士サンの務めてる館に厄介にならせてもらうとするわ』
『おお、そうですかそうですか。それはよかったです』
イヅナの返答に、老執事は嬉しそうに弾ませた声をあげる。
『実はつい先日、暇をいただいた使用人がおりましてね。人手が不足していたのですよ』
『そりゃえらい大変そうやけど。素人のウチで大丈夫かいな……?』
『ええ、もちろんですとも。では、まず屋敷へお連れしましょう。馬車を用意してありますので、こちらへ』
老執事に促されるまま、イヅナは路地の向こうに停めているという馬車へと連れられてゆく。
「じゃあ、俺たちも行こうか」
「はい、参りましょう」
「……ああ」
イヅナの背を見送った後、俺たちも頷き合いながら腰を上げた。
◇ ◆ ◆ ◇
黒塗りの馬車に運ばれるイヅナを追って着いたのは、王都郊外の古びた屋敷。
日も落ち始めた薄暗い空と相まって、底気味悪い空気を醸し出している。
「このような場所に、貴族の屋敷などあったでしょうか……?」
マリアのつぶやきを耳にしながら、辺りを見回す。
たしかに、こんな一般市民が住まうような地域。それもこんな薄汚い路地裏にあるような屋敷が貴族の屋敷だなんて信じられない。
「無駄なプライドの塊みたいな貴族連中が、こんなところに居を構えるのはおかしいよなぁ……」
立地。外見。それに使用人の勧誘話。
どれをとっても怪しさ満点で、正直、裏があるとしか思えない。
……まあ、裏があるのはほとんど確定なんだけど。
そんな確信を胸に、夜が更けるまでのしばらくの時間を、屋敷周辺に気を配りながら過ごす。
そうして完全に日も落ちた頃、ついに不穏な影が動き出した――。
『うらぐちから“へんなひとたち”でてきたよ~』
精霊たちの声を聞いて、俺たちは一斉に屋敷の屋根へと飛び移る。
そこから裏手を見下ろすと、例の老執事と、その他数名のローブで顔を隠された人たちがぞろぞろと出てきていた。
……あれは目隠しと、手首には縄……?
ローブの隙間から覗くそれらに、明らかな違和感を覚える。
「……外出というよりは、連行だな」
それらはドラグにも見えていたようで、隣を一瞥すると、彼のしかめた顔が目に入ってくる。
「あの中に、イヅナさんが……?」
『うん、いるよ~』
『いちばん、うしろ~』
十人程度が連なって馬車へ押し込められてゆく、その最後尾。少し小柄なローブ姿がイヅナらしい。
「あっ、どこかへ行くようですよ」
全員を収容した馬車を追って、屋根から屋根に飛び移ってゆく。
ちなみに、マリアはしっかりとドラグに抱えて運んでもらっている。
……にしても、さらに中心部から離れてどこへ向かって――。
疑問を抱きながら、決して気取られないように慎重に距離をとりながら移動する。
そうしてさらに人気の少ない方へと進んでいった後、たどり着いたその場所にはファクティス教の教会がひっそりと佇んでいた。




