第52話 再び王都へ
枝葉をかき分けながら慎重に森を進んでいく中、ふと背後からマリアの声が飛んできた。
「……よろしかったのでしょうか? 彼らをあのような形で閉じ込めてしまって――」
振り返ると、マリアが暗い顔でうつむいて立ち止まっている。
彼ら、というのはあの拠点にいた武装集団のことだ。
ままならないことを武力で解決しようとするその姿勢は褒められたものではないが、彼らもまた被害者みたいなもの。
そんな彼らを閉じ込めて、無理やり言うことを従わせようとするのはよくないんじゃないか。
きっとマリアはそう言いたいのだろう。
「それはしゃあないんやないか、姫サン?」
「イヅナさん……」
「たしかにあんなゴロツキ風情の力やと、王都にたどり着く前に皆、討ち死にや。それを回避できるだけでも十分、意味はあるっちゅうもんや」
「それは、そう……ですが……」
イヅナの話を聞いても、まだマリアは完全に納得しきってはいないみたいに、言葉を詰まらせる。
「大丈夫だよ。ちょっと頭を冷やしてもらうだけだ」
そのために、あんな立て看板まで用意しておいたのだ。
あの通りに動いてさえくれれば、きちんとあの霧の結界から出られる手筈は整えてある。
……まあ、あのプライドの塊みたいなお頭なんかは素直に従いそうにないけど。
その場合は、ずっと閉じ込められているだけの話。
たとえ嘘をついて結界から出たとしても、しばらくの間は精霊の監視をつけてあるから、不穏な動きを見せた時点で結界の中へ逆戻りだ。
逆戻りを10回も繰り返せば、大人しくなってくれるだろう。
「それに少しだけど、収穫もあった。そこに横槍を入れられるのも厄介だろ?」
今、俺たちが向かっているのは、再び王都。
そこで起こっている事件について、ひとつの情報を手に入れたのだ。
『この拠点に集まった人は皆、王都での行方不明事件に親しい人たちが巻き込まれているんです。それも、その事件を何者かに揉み消されたという共通点まで持って』
あの女性の話では、被害者のほとんどは貴族の屋敷で使用人として働かないかと紹介されたらしい。
『……お願い、します。私、たちを……止めて……。私たち、を……、たす、け……て……』
彼女の最後に絞り出したひと言を思い出し、一度、視線をマリアたちよりさらに後方へ向けた。
……またひとつ、重いもの頼まれちゃったな。
そう心の中でつぶやくと、また俺たちは王都へ向けて歩き出した。
◇ ◆ ◆ ◇
武装集団の拠点から歩き始めて数日。
王都を見下ろす山の中腹。洞窟のような場所で、俺たちは一時休息をとっていた。
「じゃあ、ちょっと王都の様子を見てきてもらえるか?」
『あいさー!』
『あいあいさー!』
『あいあいあいさー!』
元気な声を響かせる精霊たちを送り出しつつ、自分の目でも遠くに見える王都の姿を確認する。
立派な城壁に囲まれた都市は道も綺麗に整備され、建物が崩れているような場所も一部――貧民街のあたりしか見受けられない。
一見しただけでは、行方不明事件なんて一切起こっていないかのような穏やかさまで感じる。
……見た目通りの綺麗な町なら、どれほど良かっただろうな。
貧民街で見たもの。武装集団の拠点で聞いたこと。
それを思い出して、少し眉をひそめる。
それと同時、不意に隣に気配を感じて視線を向ける。
「ドラグ……」
「……どうだ、王都の様子は?」
「今、精霊たちに頼んだところだから、わかるのはもうちょっと先かな」
「……そうか」
一瞬会話が途切れた後、今度はこちらから問いかけてみる。
「向こうは今、どんな感じ?」
「……潜入工作の段取りを確認しているところだ。念には念を、ということらしい」
「まあ、今回の一番重要な役どころだからね」
今回立てた王と潜入作戦の一番重要なカギを握っているのは、彼女だ。
何度念入りに段取りを確認したところで、やりすぎということはないはずだ。
そうこうしているうちに、精霊たちも続々と帰ってきた。
『ほうこくでーす。さー!』
『やしきのまわり、きし、いっぱーい! さー!』
『でも、それいがいはあんまりかわらないよー? なんでだろー?』
『さー?』
予想通り、アンゼルムというマリアの協力者が用意してくれた屋敷の周りは警備が厳重になったままのようだ。
が、その他の警備体制が変わっていないのなら、ひとまずは問題ない。
「じゃあ、そろそろ行こうか――」
言いながら振り返った先、洞窟の中から姿を現した彼女を見て、口の端を少し持ち上げた。
王都に入る方法は、前回と同じ。
ただ、アンゼルムが用意した身分証はそのまま使うとバレる確率が高いため、それを元に別の偽造身分証をつくらせてもらった。
……できれば、この手は使いたくなかったんだけど。
もちろん、こういう後ろ暗い手段にも精通している貴族連中と違って、素人がつくる以上バレるリスクは一気に跳ね上がる。
とはいえ、今からの作戦にも身分を証明できるものはあった方が都合がいい。
「……なんだか、ずいぶんとあっ気ないですね」
マリアが拍子抜けといった風に息を吐いているが、それに俺も肩をすくめて応える。
「ま、とりあえず今晩の宿を確保しに行こう。本題はそれからで」
さすがに何の祭りも開催されていない時期なうえに、中心地から離れてしまえばすぐに空いている宿は見つかった。
そこで最後の段取り確認を行えば、あとは実行に移すだけ。
「じゃあ、あとは頼んだ――イヅナ」
「ほんまにウチで大丈夫かいな……?」
脱いだ外套の中から現れたのは、髪色を亜麻色から真っ黒に変えたイヅナ。
不安そうに何度も自分の前髪を指でいじる彼女に、言い聞かせるようゆっくりと言葉をかける。
「大丈夫。君ならこの中で最も顔が割れていない可能性が高い。それに黙っていれば、十分か弱い感じに見えるよ。黙っていれば……」
「それもそうかぁ……。ん? いや、なんつった? もしかしてケンカ売っとんか? おぉん?」
俺とマリアはもちろんのこと、ドラグも何度かユウヤらと顔を合わせてしまっている。
ユウヤらと今回の行方不明事件の関連はわからないが、もし繋がっていた場合を考えると、あまりリスクのある道をとりたくはない。
だからこそ、イヅナが選ばれたのだ――。
それに、今回彼女に務めてもらう役割は、『貴族の使いの者と接触を図り、使用人として雇ってもらう』というもの。
つまりは、囮だ。
今はもの凄い剣幕で睨みつけてきているが、口を噤んでうつむいているだけで、取り入りやすそうなか弱い女性を演出できる。
「ってわけだ。早速、被害者たちが声をかけられたって辺りを回っていこう。俺たちは――」
言いながら、パンッと両手を合わせて鳴らす。
すると、一瞬にしてイヅナを除く俺たち三人の姿が霞のように溶けて消えた。
「――これでイヅナの後を追う」
イヅナは部屋中をぐるりと見渡し、しっかりと俺たちの姿が見えなくなったことを確認してから大きく息を吐いた。
「……ぅしっ! じゃ、行こか!」
頬を一度叩き、そのまま宿の外へと足を踏み出した。




