第49話 謎の襲撃者
「じゃ、まずは急に襲いかかってきた理由でも聞かせてもらおうかな?」
貧民街。路地の中心。
片腕と両足だけで器用に締め上げながら、悔しさに歯噛みする赤毛の少女を見下ろす。
「チッ! おい、テメェら、何やってんだ! さっさとコイツを締め上げろ!」
「悪いけど、お仲間は全員俺の右腕とのお遊びに夢中なんだ」
「なっ……!?」
周りへ視線を誘導してやると、そこには外された右肩から先の腕が縦横無尽に飛び回り、少年らを追いかけまわしている、なんとも奇妙な光景が広がっていた。
「て、テメェ、ホントに人間かよ……?」
「まあ、少なくともそう思ってるよ、俺はね」
……身体は世界樹からできた人形だから、正直、完全に人間だとは言い難いけど。
それでも心はまだ人間のままだと、そう思っている。
すると、その説明に納得したのかしていないのかはわからないが、少女はようやく観念したように腕から抵抗する力を抜いた。
「……チッ、負けだ負け。煮るなり焼くなり好きにしやがれ」
なかなかに男らしいセリフではあるが、俺の目的は煮ることでも焼くことでもないので遠慮しておこう。
「じゃ、さっきの質問に戻るけど、襲いかかってきた理由は?」
「あァ? んなもん、テメェらがここの人間を攫ってってるせいだろうが。自衛だよ、自衛」
「盛大で見当違いな勘違いをしているところ悪いが、俺はまったくそんな事件とは関係してないぞ?」
「はァ……?」
とりあえず、ちゃんと話を聞いてくれそうだ。
きちんと逃げ場のないように締め上げていた腕を解放してやり、立ち上がる。
そして、手を差し伸べてやると、少女は気に食わなそうに顔を背けながらその手を取った。
「ちなみに、その事件ってのはどんなものなんだ?」
「……ここの人間が不自然にいなくなるってだけの話だ。決まってその前に身なりのいい人間が現れやがる。テメェのお仲間じゃねぇのかよ?」
「それはいつごろから?」
「詳しくは知らねぇよ。ただ、何週間も何か月も前だってのはハッキリしてる」
「じゃあ、まったく関係ないな。俺らはつい数日前に王都に入ったばっかりだ」
あっけらかんと告げると、少女は訝しげに眉をひそめつつも、ようやく納得してくれた様子。
やっと話が通じるようになったと胸を撫で下ろしていると、ふと背後から悲痛な叫び声が届いてきた。
「お、おい! コレ、止めろよ!」
「は、早く止めるべき……!」
振り返ると、そこには未だに空飛ぶ右腕との追いかけっこを続ける少年らの姿が目に入ってくる。
……あっ、忘れてた。
話に気をとられていて、完全に頭から抜けてしまっていた。
「ハハッ! いい訓練になるじゃねぇか。ほら、気張れよ、テメェら!」
すぐに止めようと思ったが、結局、リーダー格の少女が面白がっていたせいで、彼らが解放されたのはそこからさらに数分ののちだった。
◇ ◆ ◆ ◇
「街中では話題には上がっていない、貧民街だけで起こる大量の行方不明事件か……」
貧民街からの帰り道、微かな声でつぶやきながらさっき聞いた話を頭の中で反芻する。
最初の事件は、少なくとも一か月以上は前。
そこから毎週のように身なりの良い人物が現れるようになり、決まってその翌日、行方不明者が出る。
赤毛の少女は「お貴族様の仕業だろ?」なんて言っていたが、正直、『身なりが良い人物』という特徴だけでそう言い切るのは難しい。
……とはいえ、確実に行方不明事件が存在しているとわかっただけでも大きな収穫か。
収穫があったと喜ぶべきか、それとも本当に事件が起きていたことを悲しむべきなのか。
そんな複雑な心境のまま、大きな門に手を添えて少し押す。
その瞬間だった――。
「……ッ!?」
身の毛のよだつ感覚を覚え、門から大きく飛び退く。
その直後、さっきまで立っていた場所に、数本の小振りのナイフのようなものが突き立った。
「……マリアたちの安否が知りたい。頼めるかな?」
『おまかせっ!』
『おちゃのこさいさい!』
「ふふっ、頼もしいな。じゃあ――」
――精霊たちに屋敷の中にいるはずの皆を見てきてもらっている間に、こっちはこっちの仕事をするとしよう。
その強い意思を籠めて、屋敷の屋根。そこからこちらを見下ろしている影に向けて鋭い視線をぶつけた。
「何者か……なんて聞くつもりはない。その代わり――」
そこで言葉を区切って、両手に双剣を召喚する。
そして、一歩を踏み込むと、一瞬にして彼我の距離をゼロにした。
「――疾く消えろ」
低く凍えるような声とともに、双剣の乱舞を叩きこむ。
暗殺者の出で立ちの男は、それだけで簡単に地に伏した。
「ふぅ……。これで終わり……だと良かったんだけどなぁ」
右手の剣を肩に乗せ、さらにわらわらと現れた同じような黒の一団を睥睨する。
「……本当に骨が折れそうだな、この数は」
肩から手を下ろし、首を鳴らす。
そうして、謎の一団へ向けて全速力をもって駆け出した。
謎の黒ずくめの一団の掃討が終わった頃、ちょうど屋敷の中から精霊たちが飛んで戻ってきた。
『ほうこくするます!』
『みんな、ぶじっ!』
『いじょー、なしっ!』
みんなの敬礼つきの報告を聞きながら、門をくぐる。
その瞬間、門の裏から空気を裂くような鋭い拳が襲いかかってきた。
「――シッ!」
「……っと!」
その拳を受け流し、勢いそのままに襲撃者を投げ飛ばす。
しかし、相手の対応力も相当なもので、すぐに腕から余計な力を抜くと、流れに逆らうことなくきっちりと受け身をとってみせる。
そうして着地した襲撃者を見下ろしてやると、刺すような殺気を放つその瞳が目に映った。
「拳を収めてくれるか――ドラグ?」
「……レオンか。すまん」
一瞬、目を見張った後、襲撃者――ドラグは構えた拳から力を抜く。
すぐに聞き入れてくれて助かる。
「他の二人は?」
「……問題ない。イヅナはマリアの護衛につかせてある。無事だ」
「で、ドラグが外の連中を片づけていたってわけか」
そうだ、とドラグは小さく頷く。
「じゃあ、とりあえずマリアたちと合流しようか」
「……ああ」
すっかりいつもの様子に戻ったドラグを伴って、戦闘の痕跡が残る屋敷の中へと急ぐ。
すると、一番奥の部屋に精霊たちが群がっているのが目に入ってきた。
「ありがとう、みんな。入ってもいいかな?」
『はいはーい』
『にめいさま、ごあんなーい!』
精霊たちが魔法によって開けてくれた扉の向こう、ひとまずは無事そうな二人の姿を見て、少し胸を撫で下ろす。
それは向こうも同じだったようで、こちらの顔を見るなりすぐに駆け寄ってきた。
「お二人とも、ご無事でしたか」
「ま、さすがにあんさんらがあの程度の連中に負けるとも思わんかったけどな」
「そりゃあ、どうも」
戦闘後だというのに変わらないイヅナの軽い調子に、つい苦笑で返す。
「――それじゃあ、ひとまず今後の動きについて話し合おうか」
そう言い放った俺の声に、一瞬にして場に緊張が走った。
「秘密裏に用意されたはずの屋敷が襲撃されたことは、この際、二の次でいい。今は、まずこの王都から脱出することが先決だと思うんだけど、どうだろうか?」
俺の提案に、ドラグとイヅナはすぐに首肯する。
しかし、なぜかマリアだけは微妙そうな表情を浮かべていた。
「ですが、アンゼルム卿に何の連絡もなしにこの屋敷を放棄するなど……」
「そこは仕方がないんじゃないかな? さすがに襲撃を受けたこの場所に留まり続けるのは得策じゃない」
「それはそう、ですが……」
「そんなことを言ってたら、ほら、お連れ様のご到着だ――」
そう言って見下ろした窓の向こう、門の付近にはさっきの連中と同じ装束を身に纏った一団が押しかけてきていた。




