第45話 やりたいこと
「他者の恩恵を奪う恩恵……!?」
一瞬、脳が理解を拒む。
恩恵とは、女神ファクティスがこの世の人間たちに役割を与え、その通りに生きさせようとするシステムのはず。
それを奪い取るなんてのは、他者の生きる意味、生きる理由を取り上げることと何ら変わりない。
……それに、女神にも何のメリットがあるっていうんだ?
意味が分からない。
ただひとつだけ、確かに言えることがある。
「お前の凶行はここで必ず止めさせてもらう――ッ!」
こいつを野放しにしておけば、その分だけ犠牲者が増え続け、その分だけ手のつけようのない怪物になっていってしまうということだ。
「できるのか? その程度の力で」
「まあ、やってみるさ……!」
余裕たっぷりに構えるユウヤめがけて、一直線に駆け込んでゆく。
正直、以前のユウヤですら強大すぎる敵だった。
それなのに、剣技以外に魔法まで付け加えられた今、手のつけようがないバケモノがそこに鎮座している。
だが、そこで折れるわけにはいかない。
「ハァ――ッ!」
鋭い気合いとともに、左手一本で剣を振り下ろす。
今の俺の全霊を乗せた一撃。
だが、それがすんなりと通るなんて甘い考えはしていない。
……本命はその後の一撃――!
ほぼ確実に、万全じゃない状態の真正面からの斬り込みなんて避けられるに決まっている。
だからこそ、それを囮にした本命の一撃を用意したのだ。
……さすがに背後からの一撃に幻影まで加わったら、避けられないだろ!
正面からの斬り込みと同時に、ユウヤの背後から殺到する数百にも及ぶ短剣の群れ。
しかも、ほとんどは幻影で、その中に混ざっている少しの本物を見分けるのは至難の業だろう。
これなら、と確信した瞬間――。
「……これぐらいのマジックなら僕でもできるな」
一瞬。文字通り一度瞬きをする間に、正面の斬り込み、背後の幻影、それに隠れた本命、そのすべてが叩き落とされる。
それを行ったのは、さっきまでユウヤの足元に刺さっていた武具の数々。
ユウヤは見えない死角に対して、的確に同じ方法で相殺してきたのだ。
「なっ……!?」
驚きつつも目を凝らすと、うっすらと細い操り糸のようなものが見える。
「まあ、こんなものか」
「……バケモノか」
人間離れした業を見せた後だというのに、ユウヤは何もなかったかのように平然と佇んでいる。
その姿に、俺は背筋にひやりとしたものを感じた。
……どうする?
今も宙に浮いたままの武具の数々は、獲物を見つめる蛇のように鎌首をもたげている。
それに、ユウヤ自身だってあんなにも隙だらけに見える佇まいなのに、実際には一分の隙もない。
不用意に斬りかかれば、逆に一瞬で斬り伏せられるのは俺の方だろう。
動けないまま、ただただ視線をぶつけ合うだけの時間が過ぎる。
「そろそろ終わりに――」
焦れたユウヤの声が耳に届いた瞬間だった。
「――……こっちだ、切り裂き魔は!」
聞き覚えのある声。そして、数名の足音と剣が鞘の中でカチャカチャと鳴る音。
弾かれたように振り返った俺が見たのは、路地の向こうから駆けてくるドラグと数名の衛兵の姿だった。
「チッ……。面倒な」
「逃げるつもりか、ユウヤ?」
踵を返して去っていこうとするユウヤの背に、強がりに任せた言葉を投げかける。
「そんな安い挑発には引っかからねえよ」
「……そうかい」
そうして闇の中へと歩き出すユウヤ。
しかし、なにか思い出したように、一度足を止めて振り返った。
「ひとつだけ教えておいてやろう。女神から課された使命だ」
「……なに?」
「僕の使命、それは――『精霊と神に刃向かう者の根絶』だ。よく覚えておけよ、レオン」
それだけ言い残すと、ユウヤは路地のさらに奥――闇の中へと溶けていった。
◇ ◆ ◆ ◇
後に聞いた話では、被害者の男を衛兵の詰め所へと連れて行ったドラグが、そのまま切り裂き魔ことユウヤの確保のため衛兵たちとともに駆けつけてくれたらしい。
が、着いたころには肝心のユウヤがいない。
結局、事情聴取や諸々の事後処理なんかで俺とドラグが朝まで拘束されることとなってしまったのだった。
「……はぁ、つかれた」
宿に着いてベッドにダイブした俺の第一声がそれだった。
「お疲れ様でした、レオンさん」
「切り裂き魔退治に出たはずが朝帰りとは、騎士サンもなかなか“ヤり手”やなァ?」
純粋に労うマリアと、明らかに茶化しにきているイヅナ。
その温度差に、余計疲れが押し寄せてくる気がする。
「……まずは話だ。緊急のな」
緩みきった空気を引き締めなおすように、ドラグが静かに告げる。
それもそうだ、とベッドから身体を離すと、俺は皆に向き直ってひとつ切り出した。
「昨日の夜、俺が会った切り裂き魔の正体。それが王都からやってきた騎士団を率いていたユウヤ……いや、レオナルド・ウォーロックという騎士だったんだ」
俺の言葉に、二人がそれぞれ違った反応を見せる。
マリアは険しい表情を、イヅナは困ったように首を傾げている。
「誰なんや、そのユウヤ? レオナルド? っちゅうやつは」
言われて気づいたけど、そういえばまだ俺とユウヤとの確執については話していなかったかもしれない。
「じゃあ、まずはそこから話そうかな」
一旦、そう前置きしてから俺は軽く要所だけを掻い摘んで、元々レオナルドという人間だったことから身体を失った経緯、元の肉体に宿ったユウヤという転生者の話、それからマリアと出会うまでを話して聞かせた。
「……ってなわけで、北域にたどり着いたった感じだな。島に来た襲撃者のうち、騎士姿のやつがレオナルド――つまり、俺の肉体の皮をかぶった転生者のユウヤだ」
「ふぅん……。まあ、えらい因縁のある相手やっちゅうことだけはわかったわ」
「……まあ、それさえわかってくれてたらいいよ」
イヅナのわかっているようなわかっていないような答えに苦笑が漏れる。
そんなやりとりで空気が少し和んだところで、マリアが口を開いた。
「では、このあたりで決めませんか? 今後のわたくしたちの方針を」
いきなりどうしたんだ、と少し表情が険しくなる。
しかし、マリアはいたって真剣な眼差しで俺を見ていた。
「転生者ユウヤは切り裂き魔であることを我々に知られたからには、もう同じ場所でこのような凶行を起こすことはないとみていいでしょう。ともすれば、彼らは自ずと魔物の調査という名目を果たすため、北域に向かうはずです」
「なるほど。そのタイミングで俺らはこの町を抜け出そうってことか」
ええ、とマリアは首を縦に振る。
「だからこそ、我々は選択する必要があります。騎士団を追って北域へと戻るか、騎士団のいないうちに王都へと潜入するか、を」
そこで言葉を区切ると、まずはイヅナを見る。
「イヅナさんはどちらを選びますか?」
「ウチは北域に戻るに一票や。また北域で暴れられたらかなわんしな」
続けて、ドラグへ視線を移す。
「では、ドラグさんは?」
「……王都だろう。守りの薄い今が好機だ」
そして、一拍溜めてから、最後に俺の方へ問いかけてきた。
「どうしますか、レオンさん?」
「……マリアはどうしたいんだ?」
今までだってそうしてきた。
これはマリアの理想を叶える旅だ。俺が意見を意見を挟む立場じゃない。
だけど、マリアは違うと首を横に振る。
「わたくしはあなたの答えを聞きたいのです。あなたが“どうしたい”のかを」
「俺は……」
言葉を失い悩む俺に、ドラグとイヅナが声をかけてくる。
「……どのような道を選んでも力を貸すつもりだ」
「騎士サンのやりたいことを言えばええんや。騎士サンにだってその資格はあるはずやで」
「二人とも……」
みんなの優しい言葉に、つい目頭が熱くなった気がする。もう涙も出ない身体のはずなのに。
少しだけ考えて、小さく小さく「ありがとう」と口にしてから自分の答えを告げた。
「――王都に行こう。ユウヤが、女神が、王国が何を企んでいるのか、それを俺は探りたい」
あまりにも些細なことかもしれない。
だが、それが俺が第二の生を得て初めて口にした自分の“やりたいこと”だった。




