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第44話 対峙

「この目で見るまでは正直半信半疑だったが、本当に生きていたとはな。相変わらずしぶとさだけは一人前だな、レオン?」

「お生憎様、それだけが取り柄なもんでね」


 ユウヤと直接顔を合わせるのは、これでまだ二度目。

 それでも十年来の因縁の相手のように思えるのは、嫌というほどに見慣れた俺の顔だからというのもあるんだろう。


 いつでも飛び出せるように腰を少し落とし、周りの状況に目を配る。


 ……被害者は30代ぐらいの男ひとり。血痕から見て、そこまで大量の血を流したわけでもなさそう、ってところかな。


 軽く見た限り、気を失っているだけだろう。少しホッとする。


「ああ、そこに転がっている男には、もう用はないから連れて行ってくれて構わない」


 てっきり彼の命を盾にして抵抗する力を削ぐつもりだとばかり思っていただけに、若干戸惑って言葉に詰まる。

 しかし、ユウヤが興味なさそうにあくびをしながら剣にべったりとついた血を拭っているのを見て、隣に立つドラグへ目をやった。


「頼めるかな?」

「……いいのか?」


 その問いに無言の頷きで返すと、ドラグは多少の警戒はしつつも、すぐに倒れ伏す男へと駆け寄ってゆく。

 そして息があるかを確かめた後、一瞬、逡巡するような動きを見せたものの、その男を肩に担ぎあげてこちらを見た。


「……すぐに戻る」


 そう言い残し、ドラグは来た道を逆にたどってゆく。

 その背を見送ってから、俺は剣を鞘に戻したユウヤと一対一で向き合った。


「何が目的だ、ユウヤ」

「しつこいな。僕はレオナルドだと言っているじゃないか」

「そんなことはどうでもいいだろう」

「……まあ、確かにお前にレオナルドなんて呼ばれせるのも変な話だ」


 肩をすくめると、ユウヤは壁に背をもたれさせながらこちらを見る。


「で、目的って?」

「北域に魔物が大量発生するように仕向けたこと、俺たちに大型の魔物をけしかけたこと。あとはこの町でお前が『切り裂き魔』なんていうチンピラまがいのことをしてることだ」

「ふむ……」


 こちらの問いかけに、少し考え込むような仕草をとる。


「そうだな。簡単に言えば、女神様の使いっぱしりってとこか?」

「女神?」


 その言葉を聞いて、俺から肉体を奪い取った張本人の顔を思い出す。

 なるほど。あの性悪女神が関係しているってことか……。


「聞きたいことはそれぐらいか? なら、剣を抜け。少し、試し斬りには物足りなかったところだ」


 ユウヤはそう告げると、壁から背を離し、悠然と剣を抜き放った。


 まだ奴は剣を抜いただけ。柄を握る手に力を籠めているわけでも、まして構えをとっているわけでもない。

 だというのに、こちらには今にも圧し潰されそうなほどのプレッシャーが襲いかかってきていた。


「……ああ、望むところだよ」


 これ以上、被害者を増やさせるわけにはいかない。

 きっとマリアならそう言って、見ず知らずの人たちのために危険へ飛び込んでゆくのだろう。


 なら、彼女を手伝う身としては、今の状況で見て見ぬふりをするなんてできやしない。


 ――抗戦、一択だ。


「そうこないとな」


 双剣を虚空から喚び出し臨戦態勢を整える俺を見て、ユウヤは満足そうに口元を緩める。

 そして、向こうも合わせるようにして剣を正眼に構えをとる。


 数秒の静寂……。


 路地裏に一陣の風が吹き抜けた瞬間、二人はほぼ同時に地面を蹴って駆け出していた。


「「――……ッ!」」


 金属同士のかち合う耳障りな音に顔をしかめつつ、まずは手数で圧倒すべく、素早く双剣を数度振るう。

 しかし、小回りが利かない長剣にもかかわらず、ユウヤはそれを難なくすべて弾く。

 なんなら、その合間にこちらへ的確に反撃をしてくるほどの余裕がある。


「チッ……!」


 埒が明かない。

 そう感じた俺は、舌打ちをこぼしながら大きくバックステップをして距離をとる。


 ……思えば、初めての戦闘のときは大敗だったな。


 そのときよりはまだ打ち合えている感触がある。あそこまでの圧倒的な実力差は感じない。

 とはいえ、あちらも本気をまったく見せちゃいない。


 なら――。


「……今のうちに畳かけさせてもらおうかなッ!」


 ここからは純粋な剣の技だけじゃなく、精霊たちによる魔法のサポートもありのスタイルに切り替えてゆく。


 全身に、剣に、魔法が纏わりついて動きを補助する。

 中でも、剣が纏わせている魔法は、一度振るうごとに風や炎、水や氷など、様々な属性が目まぐるしく変わってゆく。

 さらには刀身を幻影によって見えないようにしたり、俺の分身をつくって四方八方から攻め立てさせたり、変幻自在の攻めが続く。


 倒せないまでも、ユウヤからの反撃は封じ込めている。


 そう思っていた――。


「……なるほど、理解した」


 しかし、ユウヤは短くそれだけつぶやくと、ひと際大きく剣を薙ぎ払って、強制的に距離をとらせた。


 ……なんだ? 空気が変わったような――。


 ユウヤの得物が変わったわけでも、構えが変わったわけでもない。

 だが、俺の直感がさっきまでよりも明らかに違う()()()を感じ取っていた。


「まずはその面倒な精霊たちとの経路(パス)を断ち切らせてもらおうか」


 言うと同時、ユウヤの姿が掻き消える。

 その直後、背中越しに気配のようなものを感じ取り、振り返るよりも先に身体を前方に投げ出した。


「くっ……!」


 なんとか体勢を立て直し、今まで自分が立っていた場所を睨みつける。

 そこには、ちょうど剣を振り切った姿勢のユウヤが余裕そうな表情を携えて佇んでいた。


「ん? 少し浅かったか」

「……いったいなにを言って――」


 眉をひそめながら立ち上がるが、そこで気づく。


 ……右腕が上がらない……っ!?


 今まで一切の澱みなく動いていたはずの右腕が、まったく反応を示さなくなったのだ。


「何をした、ユウヤ……?」


 しかし、肩をすくめて「さあ?」とはぐらかすばかり。


「なら、力ずくでも……ッ!」


 双剣を素早く消し、腰の直剣を左手一本で抜く。

 そして、そのまま余裕綽々といった様子のユウヤへ向けて猛然と斬りかかった。


「そんな打ち込み、剣で受けてやる価値もないな」


 その言葉の後、急に振り下ろされていたはずの直剣が虚空でその動きを止める。


「なっ……!?」


 そこからはいくら力を籠めようが、ピクリとも動かない。


 何が起こっているのかわからない。

 しかし、月光が路地に差し込んできた瞬間、直剣の打ち込みを阻むものの正体が目に飛び込んできた。


「い、糸……?」


 いわゆる暗器で『暗殺者』の恩恵(ギフト)を受けた者が愛用することで知られている武器だ。

 まるで剣を極めし者――『剣神』などという恩恵を持つ者が使うような武器ではない。


 それから何度もユウヤに向けて剣を振るうが、魔法による障壁や身体をすっぽり覆うほどの大楯、光による目くらましなど、そのすべてを違う手段で防がれてしまう。


 ……おかしい。どうして剣以外の技をこんなにも使えるんだ?


 多少使える程度ならまだわかる。

 が、どう見ても練度がおかしい。これではまるで――。


「……恩恵をいくつも持っているみたいじゃないか」

「ほう、いいところに目を付けたな、レオン」


 その通りだと言わんばかりに、ユウヤは口の端をつり上げてフッと笑う。


「僕が色々とやってたのは女神の使いっぱしりだと言っただろう? だが、それ以外にもうひとつ理由があってな。それは――」


 その前置きを口にした瞬間、彼の目の前に大楯や槍、剣に鎖鎌、杖に全身鎧まで、この世で武具と呼ばれる無数のものが忽然と姿を現した。


「女神ファクティスから与えられた恩恵――『簒奪者』によって他者の恩恵を奪い取り、自らの力とすることだ」


 そのとき、ようやく気付いた。

 以前斬り結んだ時よりもずっと、このユウヤという男が異形の化け物となってしまっていたのだ、ということに――。

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