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第43話 切り裂き魔

「……もう二週間か」


 宿屋。窓際に立って、表の通りを見下ろしていたドラグがポツリと口にする。

 何が、とは言わないが、ベッドに腰かけている俺にもわかる。


「また騎士団の巡回?」

「……ああ」


 長いな、と息を吐きながらベッドに身体を投げ出す。


 ユウヤ率いる王都の騎士団が現れてから、俺たちはこの町で姿を隠すことを余儀なくされてしまった。

 目的はまだわからないが、もし俺たちを狙っているんだとしたら――。


 ……ひとまずは、見つからないことを優先させるべきかな。


 嫌な想像をしてしまうが、頭を左右に振って思考をリセットしていると、ちょうど部屋の扉がギィ……と音を立てて開かれた。


「戻ったでぇ! ……って、なんや、えらい辛気臭い空気出して」


 一瞬身構えそうになるが、食料を買い込んだ袋を抱えているイヅナの顔を見て、身体から力を抜く。


「いや、騎士団がどうしてこんな長期間滞在しているのかって話。それはそうと、何か収穫は?」

「ふっふっふ、聞いて驚きや? それがなんと――」

「もしかして、騎士団の目的が判明したのですか?」

「……姫サン。それはないでぇ……」


 驚かせてやろうと意気込んでいた様子のイヅナは、横合いから差し込まれたマリアの言葉にがくっとうなだれてみせる。


「あっ! い、いえ、決して横取りしようなどとは思っていおりませんので!」

「……ええんよ。ウチがもったいぶったのが悪かったんや。ウチが全部悪いんや」


 マリアの「イヅナさん!」という叫びを聞き流しながら、ドラグが逸れかけていた話を元に戻す。


「……それで、目的は? 討伐か?」

「いんや。どうやら表向きの名目は『北域に突如出現した大型の魔物の調査』ってことになってるみたいやで」


 裏で何考えてるかまでは知らんけど、と付け足しながら、イヅナはテーブルに袋を置く。


「なら、わたくしたちを追って来た、というわけではないのですね」

「はっきりとはいえんけど、まあそうなんちゃうか? 別に人探しをしてる風でもなかったしな」

「魔物の調査、か……」


 首を捻って、少し頭の中で考えを巡らせる。


 あの魔物たちを生み出した魔法陣の近くには、俺に宛てたメッセージとユウヤの名が刻まれていた。

 なら、その調査にわざわざ本人が出張ってくるものだろうか……?


「確かに、ちょっと裏がありそうな感じがするな」


 そう結論付けて、ベッドの上から窓の方へ顔を向けた。


 外には巡回している騎士たちがいる。だが、それは俺たちを狙ったものではないのだという。

 なら、裏があろうとなかろうと、この町から早く出た方がいいかもしれないな……。


「相手の目的がはっきりしないままではあるけど、早くこの町を発った方がいいんじゃないかと思うんだが」


 俺の提案に、イヅナが横合いから待ったをかける。


「ちょお待ってくれんか、騎士サン? ほかにもちょいと気になることがあってな」


 一斉に首を傾げる中、イヅナは町の中で耳にしたもうひとつの話を切り出す。


「王都から騎士団が来たのと同じ頃から、夜になると『切り裂き魔』っちゅうやからが出るらしいんや」

「『切り裂き魔』……?」


 ドラグとマリアと順に目を合わせてゆくが、二人とも首を横に振るばかり。

 やはり、二人ともその名前に心当たりはないようだ。


「で、何者なんだ? その切り裂き魔っていうのは」

「いわゆる通り魔ってやつなんやけど、ちょいとおかしな点があるらしいんや」

「おかしな点? 殺し方に特徴があるとか、か?」

「いや、驚くべきことに今んとこ死者はゼロや」


 その言葉に、俺たちは驚愕とともに目を見開く。


「でも、おかしな点ってのは、それやない」


 そう前置きしてから、イヅナは怪訝そうに眉をひそめて告げた。


「その切り裂き魔に襲われた人間は事件後、目が覚めたらみんな()()()()()()()そうなんや――」


 通り魔に襲われただけで恩恵(ギフト)を失うことなんて、あるんだろうか……。


 正直、そんな話聞いたことはない。

 だけど、本当にそれが事実なのだとしたら、恩恵至上主義のこの世界では悪夢のようなことだろう。


「あ、あの、レオンさん、ドラグさん、イヅナさん。先ほどの町を早く出た方がいいというお話なのですが、少し方針変更をしても構いませんか?」

「方針の変更? それって、もしかして――」

「ええ、その切り裂き魔、わたくしたちで捕らえませんか?」


 ニヤリと悪だくみをする子どものような笑みを浮かべるマリア。

 彼女のその一声に、俺はただただ肩をすくめる。


「……ええ、仰せのままに」


 どうやら、俺に与えられた選択肢は『はい』と『イエス』しか残されてはいなかったようだ。


     ◇ ◆ ◆ ◇


「って言っても、手がかりがほとんどないんだよな」


 頭を掻くと、いつもと違う感触が手に返ってくる。


 自分の全身に視線を巡らせると、いかにも怪しい空気を醸し出すぼろいローブが目に入ってくる。

 数歩後ろを警戒しながらついてくるドラグも、同じローブのフードで顔をすっぽりと覆っている。


 ……これ、明らかに俺たちの方が不審者だよなぁ。


 精霊たちに頼んで、軽く幻影の魔法をかけてもらっておいて助かった。

 じゃなければ、切り裂き魔の前に俺たちがまず衛兵の前に突き出されていたことだろう。


 そのまましばらく進んでいると、前回の犯行現場の路地、その入り口までたどり着く。


「……じゃあ、みんな。ここからは魔法を弱めておいてくれるかな?」

『はいはーい!』

『りょーかいりょーかい!』


 精霊たちの声が聞こえてきたと同時、少し身体にかかる魔力が薄まり、どこか身体が軽くなった感じがした。


「じゃあ、行こうか」

「……ああ」


 頷き合って、大通りからさらに暗い路地裏の方へと踏み出す。


 ……ちょっとこれは予想以上に視界が悪いな。


 そう思っていると、急に視界が明るくなった。


「……む」

『さーびすさーびす!』


 ドラグが不審がって声をあげるが、すぐにこの現象を引き起こした張本人――精霊の声が飛んでくる。

 どうやら精霊たちが暗視の魔法をかけてくれたらしい。


「ありがとう、助かるよ」


 小さく礼を言って、さらに奥へと進む。


 今までの被害者の共通点として、夜更けに少人数で人気のない路地裏を歩いていたというものがあった。

 だから、もし狙い通り俺たちが標的になるとするならば――。


「――ここからが正念場だ」


 ふぅ……と息を吐き、意を決して奥へ、奥へ。


 すると、唐突に路地のさらに奥の方から雄たけびにも似た男の悲鳴が響いてきた。


「……っ!? ドラグ!」

「……ああ」


 一瞬でアイコンタクトをとり、二人同時に疾風のように駆け出す。


 狙いとは少しズレてしまったが、やはり今夜も切り裂き魔は現れたようだ。

 なら、この機を逃すわけにはいかない……ッ!


 全力疾走の果て、たどり着いたその場所には、倒れ伏すひとりの男とこちらに背を向けて立つ男。

 背を向けた男の手には、血濡れの直剣が握られている。


「ようやく会えたな、切り裂き魔さん」

「――いや、ようやくではないだろう。なぁ、レオン」

「……っ!?」


 振り返ったその男は、騎士団を率いてこの町を訪れたユウヤ――その人だった。

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