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第38話 わたくしの戦場

 島への上陸を果たした瞬間、遠くの海岸線のあたりで大きな水柱が上がった。


「もうずいぶんと時間を取られてしまいましたね……」

「……すまない。接岸に手間取った」


 本当ならすぐに接岸したかったのだが、戦いの余波でわざわざ遠回りすることを余儀なくされてしまったのだ。

 いつの間にか、巨大な魔物の影も二つに増えているし、いくらレオンさんが強いといえど急がないとマズいかもしれない。


「いえ、こればかりは仕方がありません。わたくしたちも先を急ぎましょう」

「……ああ」


 短く言葉を交わしてから、島民たちの居住区画へと急ぐ。


 そうしている間にも、背後からは大波が押し寄せるような轟音が鳴り続けている。

 振り返りたい衝動に駆られながらも、今は足を止めている暇はない。


 その衝動を振り切るように、わたくしはさらに歩調を速めた。


 急がなければ、この島も、ここに住む島民たちもすべて潰されてしまう……!


 そう意気込んでみたけれど、正直なところ、少し怖い。


『……守ってくれるんじゃ、なかったのか』


 あの裏切られたという恨みのこもった瞳が忘れられない。


 このまま島民たちに会っても、追い返されるだけなのではないのか。

 また非難の声に圧し潰されてしまうのではないのか。


 そんな不安ばかりが心を支配する。


 だけど――。


「それでもわたくしはこの国に住まう民を誰ひとり、失いたくないのです……!」


 今にも弱音を吐きそうな心を精一杯奮い立たせ、先を急ぐ。

 そうして足早に向かった先、たどり着いた居住区画では島民たちが慌ただしく駆け回っていた。


「荷物は手に持てるだけに纏めて、早く魔物とは逆の海岸線へ走れ!」

「魔物はもう目の前だ! 急げ、急げ!」


 ある者は荷物を手に家族と一緒に海の方へと急ぎ、ある者は周りの家々に危険を知らせるために声を張り上げながら走り回っている。

 けれど、誰ひとりとして立ち向かおうとする者の姿は見えなかった。


 ……予想はしていましたが、やはり逃げるだけなのですね。


 落胆に似た気持ちを抱えながら、その光景をただ眺める。

 すると、辺りを走り回っていた男性がこちらに気づいて足を止めた。


「……ん? あんたは――」


 一瞬、怪訝そうな顔で動きを止めた男性だったが、すぐにその表情を険しいものに変えて声を上げた。


「な、何しにきやがった、嘘つき王女サマ!」


 その声に引き寄せられるように、次々と島民たちが怒りの表情とともにやってくる。


「何が目的だ! 俺らに何をやらせるつもりだ! それとも、あんたらがまた“守って”くれるってのか!?」

「帰りな! 私たちにはあんたらに構ってられる時間なんてないんだよ!」


 やはり投げつけられる言葉は、罵声や怒声ばかり。

 少し、胸が痛い。


 それでも彼らの言葉に負けまいと、力強い視線でしっかりと前を見据える。


 彼らからの怒声の嵐に耐えていると、不意に聞きなじみのない女性の鋭い声が響き渡った。


「――あんたら、ちょっと黙りぃや」


 独特の訛りを持つ言葉とともに現れたのは、巫女服のようなものに身を包んだ年若い女性。

 その一喝で場を鎮めた彼女は、キリッとした切れ長の目でこちらを一瞥した。


「あんたが姫サンやな? ウチはイヅナ。ここで巫女の真似事なんかやっとる(もん)や。よろしゅう頼むわ」

「よ、よろしくお願いいたします、イヅナさん」


 ひとしきり自己紹介を済ませた後、どうすればいいのかわからず次の言葉を探していると、先にイヅナが切り込んできた。


「で、あんたは何しに来たんや? あんな魔物に襲われてる島を訪れるなんて、正気の沙汰じゃないで、あんた」


 追及の視線にびくりとするが、何度か深く呼吸をして心を鎮める。

 それから、ここに集まる皆に向けて声を張り上げた。


「まずは、謝罪に参りました。以前の約束を守れなかったことへの」

「へぇ、謝罪ねぇ……」

「はい。わたくしたちの力不足で『必ず守る』という約束を違えてしまったこと、ここに謝罪させていただきます。申し訳ございませんでした」


 言って、深々と頭を下げる。

 しかし、それだけで終わるつもりはない。


「――ですが、本題はここからです」


 そう区切ると、続く言葉を待つ彼らに向けて自分の思いを口にした。


「わたくしはあの時、痛感しました。わたくしたちだけの力では、王国に住まうすべての民を守り抜くことはできないのだという、あまりに当たり前すぎることを」


 先ほどまでの喧騒はどこへいったのか、皆が手を止め、じっとわたくしの声に耳を傾けてくれている。


「ですので、前回の約束は撤回させていただきます。申し訳ございません」

「……そんな情けないことをわざわざ言いに来たんか?」

「いえ、違います」


 そうキッパリ言い放ち、剣呑な雰囲気を醸し出すイヅナへ向き直った。


「わたくしたちだけの力では迫る脅威からこの国を、そこに住まう民たちを守ることはできない。――だから、手を貸してくださいませんか? 一方的に“守る”関係ではなく、ともに困難に立ち向かう“戦友”として」


 わたくしの言葉に、皆が小声でざわつき始める。

 しかし、そのどれもがあまり好意的なものではないようで、島民たちのほとんどは「また騙されるんじゃないか」と顔に書いてある。


 すると、またイヅナの声がざわつく場を一瞬で切り裂いた。


「……なるほど、ともに困難に立ち向かう“戦友”か」


 そうつぶやくと、彼女は戸惑う島民たちの方へと振り返った。


「なぁ、みんな。ウチらは魔物から逃げて海に出て、それからどうするんやろうな?」


 何を言い出すのか、と皆が頭に疑問符を浮かべている。

 それでもイヅナは言葉を続ける。


「『民族全員が平穏無事に暮らせる新天地を見つけて移住する』とか言うんやろうけど、ほんまにそれでええんかな?」

「そんなの、いいに決まって――」

「じゃあ、滝の奥におられるはじまりの神様と精霊様は置き去りにするんか?」

「――っ!? そ、それは……」


 言葉に詰まる島民たちへ、さらにイヅナがまくし立てる。


「よそ(もん)が決死の覚悟で戦っている中、この島を守護してくださってる精霊様たちすらも置き去りにして、自分らだけ逃げ延びる。それがウチらオラティオーの“誇り”なんか?」


 そう発破をかけられた島民たちは、徐々にその表情に怒りを滲ませてゆく。


「ふざけるな……! 俺らはそんな恥知らずじゃねえ!」

「神様や精霊様を置き去りにして平気なわけないだろうが!」


 激しい怒声が響き渡る中、それに負けじとイヅナも声を張り上げた。


「なら、姫サンが気に食わんだの、約束を破られただの、そんなのどうだってええやろ! 今ここで立ち上がれんと、ウチは神様や精霊様たちに一生顔向けできん――ッ!」


 彼女の魂からの叫びが、一瞬にして静まり返ったこの場に染み渡る。

 次の瞬間、島民たちの中からポツポツと声が上がり始めた。


「……そうだ。ずっと守ってくれていた精霊様たちを見捨てて、どうやって生きていくつもりだったんだんだよ、馬鹿野郎」

「……ああそうさ。こんなことで弱気になるなんて、私ららしくないじゃないか」

「そうだな。それによそ者にばっかりいい恰好はさせられないしな。なぁ、そうだろう、みんな!」


 その直後、割れんばかりの叫び声が辺り一面から鳴り出した。


「……ありがとう。ありがとう、ございます。皆さん!」


 その光景に、ふと目尻に熱いものを感じた。

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