第34話 信頼を取り戻すために
消沈した気持ちのまま小舟に揺られること、数十分。
俺たち三人は、大陸側――亜人種の集落まで戻ってきたのだった。
「……戻って、きましたね」
マリアのこぼす言葉の中に、「何もできなかったのに……」という後悔のようなものが滲んでいるように思える。
……仕方ないか。交渉は決裂。しかも、考えうる限り最悪の形で、だ。
そのまましばらく海の方をじっと眺めていると、ドラグが荷物を担いで陸へ上がってきた。
「……長老を呼んでくる。少し待っていてくれ」
それだけ言い残すと、ドラグは集落の方へとひとり去ってゆく。
残された俺たちは、ただ海の向こう――霧に囲まれたオラティオーの島を見つめ続けることしかできなかった。
しばらくして、ドラグが長老を連れてやってくる。
「よくぞ、お戻りになられましたな。マリア様、レオン様」
「わざわざありがとうございます」
軽くお辞儀を交わした後、少しそのまま話を続ける。
「なるほど、彼らとの交渉は決裂してしまったのですね……」
「すみません、長老さん。舟やドラグさんの手まで貸していただいたのに、わたくしたちは……――」
マリアが目を伏せると、長老が静かに首を横に振る。
そのあと、長老は髭を指でいじりながら考え込むような仕草をとった。
「ですが、王都からの三人組の襲撃者ですか……」
「何か心当たりが?」
落ち込むマリアに代わって、長老に問いかける。
すると、少し間を空けてから、彼はひとつ推測を口にした。
「……ええ、我らの集落を訪れたのはひとりの男性騎士でしたが。その時は何もせず、ただ通り過ぎたという風な様子でした」
続けて特徴を聞いてみるが、やはりユウヤで間違いなさそうだ。
ひとりだけというのは、おそらく黒装束二人が姿を隠していたのだろう。
……それにしても、どうしてあいつはこの地に?
長老の話によると、この集落で何もしなかったという。
ならば、どうしてこの地を訪れたんだろうか……?
疑問に首を傾げながら、もう一度海の向こうへ目をやった。
◇ ◆ ◆ ◇
あれから数日経った今、俺たちは集落に滞在して周囲の偵察を行っていた。
どうやら、俺たちがオラティオーの島へ向かって以降、ここいら一帯の魔物の活動が活発になっているらしい。
その原因調査のためにも、しばらく滞在することになったのだった。
……まあ、一番の理由はこっちなんだよな。
「今日は南側だ。行こうか、マリア」
「……はい、そうですね」
返ってくるのは、気のない返事。
オラティオーたちに拒絶されてからというもの、ずっとこの調子だ。
……早く立ち直ってくれるとありがたいんだけど。
俺たちの行き先は、基本マリアの気持ち次第。
いつまでもこんな状態じゃ、俺たちはこの集落から一歩だって動けやしない。
頭を掻きながら、集落から南の方へと歩き出す。
少し肌寒い風が吹き抜ける何もない平原を進み続ける。
しかし、実に平和なもので、集落の近くに魔物の影は見当たらない。
「本命はこの先の山の麓あたりだな」
長老から聞いた話でも集落の近くではなく、少し離れたあたりで多くの魔物が確認されたということだった。
「じゃあ、もう少し進もうか」
そうマリアに伝えて、さらに足を動かす。
だが、背後のマリアは立ち止まったまま、じっと海の方を見つめていた。
「守るって、難しいですね……」
ポツリと、弱音を吐きこぼす。
「『守る』と偉そうに宣言したのに、わたくしはドラグさんが傷ついてゆく様を、あの島に戦いの爪痕が刻まれてゆく様を、ただ見ていることしかできませんでした」
苦虫を噛み潰したかのような、苦々しい横顔が目に映る。
「この小さな拳では戦えない。それはわかっているつもりです。わたくしが出来ることは、せいぜいレオンさんたち前線に立つ者を信じて見守ることぐらいですから」
マリアは非戦闘員だ。戦う力を有してはいない。
とはいえ、俺たち前線に出る者たちを責めるわけにもいかない。
だからこそ、一層歯がゆい気持ちが強いんだろう。
「……はぁ、また難しいことを考えているなぁ」
首を捻り、ため息をこぼす。
そして、マリアに向き直ると、山の方を指さして言った。
「――知ってるか? 悩んでいるときはとにかく死にそうになるぐらい生命の限界まで身体を動かして、何も考えられなくなるまで追い詰めた方がいいそうだぞ。師匠の受け売りだ」
「……え゛?」
これから起こる未来を予見して、マリアは思い切り顔を引きつらせていた。
それから数時間後――。
「あ、あの……わ、たくし……王女……で、運動……でき、な……」
ここは山の中腹あたり。
かすれた声に振り返ると、数歩後ろを歩くマリアは膝に手をついて完全に参ってしまっていた。
「さあ、限界まではまだまだ先だ。もっと追い込もう! さあっ!」
「ひぃっ……!?」
この世の終わりのような顔を浮かべるマリア。
……心外だな。これではまるでいじめているみたいな――。
「いや、肉体的にはこれ以上ないぐらいいじめているな」
勝手にひとりで納得していると、ふと肌を刺すような感覚が訪れる。
「……ん? そこか」
「いったいなにか……?」
一度、身をかがめて、小石を手に取る。
そして、それをマリアの背後目掛けて一息に投擲した。
「――っ!?」
マリアが目を大きく見開いて身体を硬直させた瞬間、その後ろから何かに激突する音が響く。
「うん、これで一匹と」
「まも、の……でしたか……」
どうしてか、マリアはホッと胸をなでおろして倒れる魔物を見つめている。
……もしかして、自分が狙われたとでも勘違いしたのか?
そんなわけはないか、と結論付けて、再び歩き出す。
すると、じっと立ち止まっていたマリアも慌てて駆け出す。
しばらく砂や石を踏みしめる足音だけが響く時間が過ぎたあと、背中越しにふと弱々しいつぶやきが耳に届いてきた。
「……わたくしは、弱いですね」
その言葉に足を止める。
そのまま振り返りつつ、一切の視線を向けることなく横合いから襲いかかる魔物を蹴り上げた小石で打ち据えた。
「わたくしにもレオンさんのような戦える力があればと、こんなに願ったことはありません」
軽々と魔物を倒す俺の姿と、自分の姿を重ね合わせてしまったのだろう。
だけど、「そうじゃない」と彼女の言葉を否定する。
「いいや、俺は戦うことしかできない。マリアのように誰かへ訴えかける言葉を持たないし、本当の意味で誰かと真摯に向き合うこともできない。まあ、適材適所ってやつだな」
だから、とマリアの不安そうな瞳をじっと見つめて告げた。
「――君は、君自身の言葉でこの国を救うんだ」
この国を変革する。
その願いは俺のものじゃない。
それは、マリア自身の心からもたらされた願いだ。
だから、手を貸してくれとは言わない。
助けてくれとも言わない。
ただ、マリアだけが持つ言葉で、自分の手で願いを叶えるんだと道を示す。
すると、その言葉に彼女はしばらくの無言を貫く。
少ししてから、彼女はゆっくりと口を開いた。
「わたくしの、ちから……」
そう呆然とつぶやくマリアの目からは、先ほどとは違い、どこか心を決めた力強さのようなものを感じた。




