第33話 嵐のあとに
「……いったい何が――」
辺り一面、戦いの爪痕が残っている。
しかし、つい一瞬前まで目の前にいたはずのユウヤの姿は、まるで幻であったかのように消え去ってしまっていた。痕跡のひとつすら残さずに。
「時間、と言っていたな……」
ユウヤのこぼした言葉を思い出し、顎に手を当て考える。
そして、ひとつ思い当たる点を見つけ、辺りを漂う精霊たちに声をかけた。
「すまない。島の周りの様子を見せてもらえないかな?」
『おっけ~!』
『しょうしょうおまちくださ~い』
しばらくこの場で待っていると、目の前に島を上空から見渡すような光景が映し出される。
「そのまま島を一周してもらってもいいか?」
『おやすいごよう!』
『やすいよ! とくばいだよ!』
なんとも気の抜ける返事のあと、上空からの映像が動き始める。
そのまま映像の中でぐるっと島を一周する。
……あそこだけ、霧が少し薄い感じがするな。
ユウヤは島を守護する霧を斬って侵入してきたと言った。
おそらくその霧の薄い部分が、彼らの入ってきた場所だったのだろう。
「なるほど。時間っていうのは、霧が再び修復されて自由に出入りできなくなるまでの制限時間のことか」
よく見ると、薄くなっていた部分も徐々にその密度を取り戻してきている。
いくら霧を斬れるとはいっても、何かしらの下準備が必要なのかもしれない。
だからこそ、霧が完全にその機能を取り戻す前に撤退したのだろう。
「撤退、かぁ……」
つぶやいて、苦虫をかみつぶしたように顔をゆがめる。
実際、撤退とはいっても、ほとんど完敗したようなものだ。
こちらも死力を尽くしたわけではなかったとはいえ、向こうはそれ以上に余力を残している感じがあった。
「……次師匠に会ったら、『サボっているからだ』って怒られそうだな」
頭を掻きながら、肩をすくめる。
そして、息を吐いて気分をリセットすると、もうひとつの戦場へ向けて歩き出した。
マリアたちのもとへ戻ると、ユウヤと同じく黒装束の二人も姿を消していた。
「……あっ、レオンさん!」
真っ先に気づいたマリアが駆け込んでくる。
しかし、どこかその表情は浮かない。
「黒装束の二人は?」
「ドラグさんが抑えてくださっていたのですが、突然、『役目は終えた』と言い残して消えてしまって……」
なるほど、と頷きつつ、ドラグの姿を探す。
ここから少し離れた場所。
特に戦いの爪痕が幾重にも刻まれているあたりに、その姿を見つける。
……すぐに治療をしないと危ないな。
急いで駆け寄っていくと、膝をつくドラグの周りに鮮血が絨毯のように敷かれている様が目に入ってきた。
「意識はあるか、ドラグ?」
「……ああ、問題ない」
「すぐに治療するから、もう少し我慢していてくれ」
こくりと頷いたのを確認してから、精霊たちと協力して治癒の魔法をかけてゆく。
血は多く流れているが、幸いそれほど大きな深い怪我は負っていないようで助かった。
「……ふぅ、これで応急処置は大丈夫かな」
額を拭ってから立ち上がる。
振り返ると、そこには困惑、不安、安堵……、様々な表情を浮かべる島民たちが立ち尽くしていた。
……無理もないか。絶対に安全な場所が破られたんだから。
未だあまりの衝撃から一歩も動けずにいる島民たちの前に、マリアがゆっくりと進み出る。
「み、皆さん! 襲撃者は去りました! ご安心ください!」
大きく声を張って何とか安心させようと声をかける。
しかし、その直後、島民から投げかけられた言葉は予想外のものだった。
「……守ってくれるんじゃ、なかったのか」
「え……?」
その一言が呼び水となって、ポツリポツリと激情を孕んだ声が上がり始める。
「そ、そうだ! こんなに家も島もめちゃくちゃになって、全然守れてないじゃないか!」
「それにアンタらを狙ってきたみたいな口ぶりだったじゃない! 守るどころか、ただ巻き込んだだけじゃないか!」
「頼むからワシらをこれ以上巻き込まんでくれ!」
突然の怒声を浴びせられたマリアは、肩を跳ねさせたまま、動きを止めてしまう。
「え、いや……ちがっ……」
必死に弁明の言葉を探すが、見つからない。
結局、この騒ぎは島民代表の男が無理やり抑え込んでくれるまで、数十分もの間続いたのだった。
◇ ◆ ◆ ◇
その翌日、荷物をまとめた俺たちは小舟をつけていた海岸に立っていた。
「昨夜は申し訳ありませんでした、皆様」
深々と頭を下げるのは、島民代表。
この島を訪れた時にはあれほど歓迎されたというのに、彼の背後には見送る者はひとりとして存在していなかった。
「い、いえ、頭を上げてください……!」
必死にマリアが訴えかけるも、なかなか男は頭を上げようとしない。
そのまま数分ほど粘った結果、しぶしぶといった様子で男は顔を上げた。
「……皆様は全力で我々を助けようとしてくださいました。そんな方々に、我々は酷い言葉を――」
「……いえ、わたくしたちが約束を違えるようなことをしてしまったのは事実ですから」
お互い気まずい空気になり、口を噤む。
……昨日のアレが随分と効いているみたいだな。
支持してくれていると思っていた島民たちに、あれほど荒々しい怒りの声を浴びせられたのだ。
マリアの表情は曇ったままだ。
ドラグは……――特に変わった様子はないように見える。
「マリア様。以前のお話について、改めて我々オラティオーからの返答を述べさせていただきます」
そう前置きして、男は背筋を伸ばす
「皆様がいなければ、もっと酷い被害がこの島全体にもたらされていたことでしょう。そのことに関しては、とても感謝しております。そして、あんな見事な花畑を見せていただいたことも」
ですが、と男はキッパリと拒絶の言葉を口にした。
「――それでもやはり、あなた方に協力はできません」
「それは、わたくしたちが頼りないからでしょうか……? 守り切れるだけの力を示せなかった、と」
苦い表情を浮かべるマリアの言葉に、彼は静かに首を横に振った。
「いえ、あなた方を非難するつもりはございません。しかし、我々はただ静かに、平穏に暮らしたいだけなのです……」
その言葉だけで、我々は完全に決別してしまったのだと、嫌でもそう理解させられてしまった。




