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第32話 差し向けられた刺客

「――()()、か。言葉だけは立派なものだ、無能のお姫様?」


 そう告げる感情の読み取れない無表情の男には、見覚えがある。


 ……なんというか、鏡を見ているみたいで居心地が悪いな、これは。


 そう、それは生まれて一度死ぬまで飽きるほど見ていた俺の顔そのものだ。

 王都上空を通った時は顔すら見えないほど距離が離れていたからあまり実感がわかなかったが、俺が二人いるようでこれは何とも気持ち悪い。


「……ユウヤ」

「やはり生きていたか、レオナルド」


 短く言葉を交わし、静かに視線をぶつけ合う。


「レオナルド? ということは、もしかしてあの人が――」

「ああ、俺から肉体を奪った張本人、転生者のユウヤだ。あそこの黒装束二人に覚えはないけど」


 ……まあ、それでも敵には違いない。


 少し腰を落として、手に双剣を喚び出す。


 しかし、そんな緊迫した状況の中、背中越しに困惑に満ちた声が飛び出してきた。


「あ、あなた方はいったい……。それにどうやってこの島へ入ってこれたのですか?」


 ふらふらと進み出てきたのは、島民代表の男。

 しかし、それをすぐに手で制して、足を止めさせる。


「こいつらは王都から来た者たち。簡単に言えば――敵だ」

「なっ!? ですが、この島は“人を迷わせる霧”に守られているはずでは……!」


 驚愕に目を見開きながら、男はユウヤに目を向ける。

 すると、彼はなんでもないことのように、短く答えた。


「霧? ああ、それならば()()()


 さも当然のようにとんでもないことを言ってのけるユウヤに、もう男は返す言葉も出ない。

 とはいえ、そんな彼ら島民たちに構っていられる余裕はない。


「マリア、島民の皆と一緒に下がって。さすがに庇いながらじゃ、分が悪い」

「……ならば、オレが黒装束を受け持とう」


 マリアを背に庇うようにして、ドラグも前に進み出てくる。


「レオナルド様。我々はいかがいたしましょう?」

「付き合ってやるといい。僕はあちらの双剣の男とやる」

「はっ……!」


 あちらも準備が整ったようだ。


 そして、俺とユウヤは左へ、黒装束とドラグは右へと少しずつ歩き出した。


     ◇ ◆ ◆ ◇


 十分に距離を離したあたりで、ユウヤが足を止めた。


「改めて、初めましてと言うべきか、レオナルド?」


 振り返ったユウヤは、ふとそんなことを言い始める。


 ……確かに、こいつとは直接言葉を交わしたことはなかったな。


 なにせ、初めてユウヤを目にしたのが、ファクティス神に連れてこられたどこかもわからない真っ白な空間。

 しかも、そのユウヤは入れ替わりで俺の肉体に入っていって、顔すら合わせていない。

 王都の時だって、言葉を交わせる距離ではなかった。


 つまりは今この瞬間が、本当の意味で宿敵との初対面ということだ。


「ああ、初めましてだな。それと、俺はレオナルドじゃない。レオン・エッジワースだ」

「それはそうだ。今は僕がレオナルド・ウォーロック。『剣聖』と呼ばれる者だ」


 改めて奇妙な自己紹介のような言葉を交わしあう。


 しばらくの静寂。

 そのあと、俺たちは何も示し合わせることなく、ほぼ同時に剣を握る手に力を込めた。


「さあ、どうして生き延びたのかは知らないが、その命、今度こそ貰い受けるとしよう。野放しにしたままだと、女神ファクティスがうるさいからな」

「そう簡単にいくと思わないことだ、ユウヤ」

「言っただろう。僕はレオナルドだと――ッ!」


 ユウヤの得物は、ロングソード。盾はない。

 しかし、騎士であるユウヤは全身に鎧を纏っているため、それほど踏み込みの速度は出ない。


 ――そのはずだった。


「なっ、速ッ……!?」


 たった一足の踏み込み。

 ただそれだけで、ユウヤの振るった上段からの一撃はもう眼前まで迫っていた。


「チィッ……!」


 間一髪。舌打ちをこぼしながら、身体を横に転がるようにして投げ出してその一撃を避ける。


「頼む、精霊たち……っ!」


 地面を転がりながら虚空に呼びかけた瞬間、俺の姿が霞のように消える。


 これは攫われたマリアを救出するときにも使った『幻影』の魔法。

 たとえ『剣聖』の恩恵(ギフト)といえど、姿の見えないものは斬れないはずだ。


「……ん? なんだ、これは。マジックか?」


 しかし、ユウヤの剣は見えていないはずの俺に向かって斬撃を放ってくる。


「ぐっ……!?」


 そのうちの一発が、俺の右腕を肩口から断ち切る。

 衝撃のせいで幻影が解除された俺は、ユウヤの前に再び姿を現した。


 ……だけど、これは反応できないはずだッ!


 切り離された腕であっても、この魔道人形の身体でなら動かせる。

 双剣の片割れを握りしめたままの右腕を、悠然と佇むユウヤの後頭部めがけて背後から振り下ろした。


「なんだ、今度は大道芸か?」


 しかし、それに目をくれてやることもなく、ユウヤはその不意の一撃を剣で弾いてみせる。


 たった数度の斬り結び。

 それだけで俺は、あまりにも隔たりのある彼我の戦力差を知ってしまったのだった。




 一度大きく飛び退き、ユウヤと距離をとる。


「もう打ち止めか?」


 退屈そうに立つユウヤを視界に捉えながら、高速で思考を回す。


 ……この力、本当に『剣聖』なのか?


 確かにあの恩恵は剣技に関しては、常人では到達することのできない域まで上り詰めることができる。

 だが、これはあまりにも俺の知る能力とかけ離れすぎているように感じる。


「何か疑問でもあるような顔だな、レオン」

「……まあ、そうかもな」


 生返事をしつつ、心を決める。


 ……もう一度、この剣で確かめるッ!


 視線をキッと鋭いものへと変え、切り離されていた右腕を手元に戻してくる。

 そして、腕を元に戻したと同時、足を止めたままのユウヤへ向かって全速力で駆け出した。


「はぁぁぁ――ッ!」


 直後、繰り出される双剣の連撃。

 それに合わせるように、俺の周りの精霊たちからも風や炎、水など、様々な魔法が飛び出す。


 瞬間的に殺到する連撃、その数――百以上。


「……ふんっ」


 しかし、ユウヤはたったの一度、剣を横に薙いだだけで、そのすべてを一蹴した。


「ぐっ……!?」


 全身を襲う剣の圧力を、先ほどと同じように大きく飛び退いて逃がす。


 周囲を見渡すと、剣の一撃にしては不釣り合いなほどの荒々しい爪痕が刻まれている。

 対して、鋭くにらみつけたユウヤの身体には、かすり傷ひとつ見当たらない。


 これで確信した。


「――その恩恵、『剣聖』じゃないな?」

「ようやく気が付いたか」


 そう言って切っ先を下げると、ユウヤは初めて少しだけ口の端を上げた。


「ありがたい女神様の転生特典ってやつさ。その時に得た恩恵によって、貴様の持っていた剣聖は進化したんだ――『剣神』へとなッ!」


 ようやく得心がいった。


 ……剣神か。なかなか仰々しい名前だな。


 ただ、見たところ名ばかりの恩恵じゃないらしい。


 ……このままでは分が悪いけど、ここで逃げるわけにはいかないんだよな。


 低く腰を落とし、どれほど些細な糸口であっても見逃さないように視線に力を籠める。

 だが、数秒のにらみ合いの後、ユウヤは舌打ちをこぼしながらロングソードを鞘へと仕舞った。


「……チッ、時間か」


 ユウヤはチラリと背後を一瞥し、すぐにこちらへ視線を戻す。


「せいぜい強くなれよ、レオン。次に相対する時は、本気で貴様の首を取りに行くからな」


 それだけ告げると、一瞬でユウヤの姿が掻き消える。


「……いったい何が――」


 どれだけ辺りを見渡そうと、ひとり取り残された俺の視界には、ただ荒れ果てた自然だけが映り込むばかりだった。

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