第30話 未来のために
「さあ、立ち話もなんでしょうし、来客用の家がございますのでご案内しましょう」
「……荷物はもう運び込んである」
島民の代表者という男性の提案に合わせて、彼を呼びに行ってくれていたドラグが後ろから顔を出す。
なるほど、さっきから姿が見えなかったのは俺たちの荷物を運び込んでくれていたからのようだ。
「ありがとう、ドラグ。助かったよ」
「……礼はいい。それがオレの役目だ」
それだけ言うと、ドラグはどこかへ去ってゆく。
……本当に不器用なんだな。
おそらく、話の邪魔をしないようにと気を遣ってくれたんだろう。
「では、我々も行きましょうか」
◇ ◆ ◆ ◇
生活区域の中を歩いてゆくと、少しずつ家と家との間隔が詰まってゆくのがわかる。
やはり入り口と違って、島の中ほどの方が島民が多いみたいだ。
「あっ! あれって、もしかして“精霊に愛された子”の?」
「そうじゃないか? この島であんな人たち、見たことねえからな」
島外の人が珍しいんだろう。
視線を感じる。かなり感じる。
……なんだか落ち着かないな。
「あ、あの!」
「は、はい! なんでしょう!?」
脇の家から出てきた女性に声をかけられ、マリアの肩がビクリと跳ねる。
そちらを恐る恐る振り向くと、女性は何やら手に包みのようなものを持っていた。
「え、ええっと、わたくしに何か……?」
声をかけてきたのに、女性はなぜか口をパクパクさせながら固まったまま動かない。
疑問に首を傾げていると、突然、彼女は手に持った包みを勢いよく差し出してきた。
「こ、これ! 島でとれた魚を使ったここの伝統料理なんです! よ、よよよ……よければ食べてくださいっ!」
「は、はぁ。ありがとうございます……?」
……なんだ、さっきと同じ貢ぎ物をしに来ただけか。
俺たちがホッとした矢先、女性がひとつ尋ねかけてきた。
「そういえば、皆様はどのぐらいこちらの島に滞在されるのですか?」
「え!? あぁ……えぇっと……」
助けを求める視線が飛んでくる。
「別に滞在日数は決めてないし、多少はゆっくりしていっていいんじゃないかな?」
「――というわけなのですが……」
「そうなのですね!」
それを聞くと、女性は「良かったぁ……」と胸を撫で下ろす。
直後、彼女の口から聞き慣れない単語が飛び出してきた。
「では、ぜひ『精霊祭』にも顔を出してくださいね!」
「精霊祭……?」
それだけ言い終えると、女性は一礼して足早に去っていった。
「さあ、こちらの家をお使いください」
そう言って案内されたのは、生活区域の奥の方にひっそりと建つ民家。
古い造りながらも、しっかりと手入れがなされているように見える。
「どうぞ、中へ」
促されるまま、民家の中へ。
リビングに入ってゆくと、外観同様にこまめに掃除などの手入れがなされている様が見て取れる。
ここを訪れる客は多くないだろうに、きちんと日々の管理を怠っていないんだろう。
「ありがたく、使わせていただきます」
マリアは軽く一礼すると、別の部屋を確認しに二階へ。
それにならって、俺も一階の設備を確認してゆく。
……調理器具は、揃っているな。食器もあるし、掃除用具も問題なし、っと。
足りないものは食材ぐらいだろうか。
「食材は毎朝こちらの家に届けさせますので、ご安心ください」
「おお、それは助かるよ」
なら、わざわざ自分で買いに出る必要はないようだ。
他、どんな設備が揃っているかを確認していると、ちょうど二階の確認を済ませたマリアが下りてくる。
「レオンさん。上には三部屋あるので、ひとりずつ別々の部屋で休めそうですよ」
「うん。ドラグが戻り次第、部屋を決めよう」
それから三人でリビングに戻り、腰を落ち着かせる。
少し紅茶を飲んでゆっくりした後、おもむろに島民代表が口を開いた。
「――さて、お話をお伺いしましょう」
改まった態度をとる男性に、マリアが話を切り出す。
とはいえ、内容は亜人種の集落でも話したものと同じこと。
今回は前回ほど緊張の色は見られず、声の震えもそこまで酷くはないように感じた。
「……というわけで、王国変革のため、我々に力を貸してはいただけませんか?」
「ふむ。亜人種の方々とはすでに手を結んでいると……」
「ええ。おかげでこちらの島まで案内していただけることになりました」
ふむ、と顎に手を添えて、男性はひとしきり考え込む。
しかし、次に顔を上げたときに出てきた言葉は、少し意外なものだった。
「すみません、私の独断では判断できかねますね……」
「え……?」
首を捻るマリアに、男性は申し訳なさそうに告げた。
「実は、私は“島民代表”などと言われてはおりますが、そこまで大きな権力は有していないのです。なので、こうしたオラティオー全体を巻き込むこととなれば、私の一存では……」
「……そう、なのですね」
拒絶ともとれる返答に、マリアは顔を伏せた。
が、男性は代わりの提案を寄越してきた。
「なので、『精霊祭』の場で皆に訴えかけてはいただけないでしょうか?」
その言葉を聞いて、マリアと俺は揃って頭に疑問符を浮かべた。
「あの、精霊祭というのは……?」
マリアの控えめな問いかけに、男性は部屋の奥で祀られている木彫りの精霊像を指さした。
「我らが精霊とその生みの親であるはじまりの神を信仰しているのは、すでに申しましたよね?」
「ええ、この世界を創造された神だと」
「年に一度、収穫期に入ると、彼らに収穫物を捧げる奉納祭が行われるのです」
「それはいつ頃に?」
「えぇっと……五日後、ですね」
……五日後か。だから、どれほど滞在するか聞いてきたのか。
島民の女性が滞在日数を聞いてきたことを思い出した。
俺が「多少ゆっくりしていけばいい」と言ってホッとした様子だったのは、その奉納祭よりも前に帰ってしまわないと確認できたからだったようだ。
「でも、どうしてその場で協力のお願いを……?」
そこだけ納得がいかなかったのか、マリアはまだ首を傾げたまま、続けて尋ねかけた。
「この精霊祭には、必ず全島民が参加しますからね。その祭の最後にお時間を設けますので、そこで皆に語りかけていただければと思いまして」
「……ふむ、そこで賛同が得られなければそれまでということですね」
マリアのつぶやきに、男性は静かに首を縦に振る。
「それに過去に一度も、お二人のような“精霊に愛された子”をお招きする機会には恵まれませんでした。なので、今回の精霊祭にはぜひお顔を見せていただきたいのです」
男性の提案に、マリアは小さく唸り声を上げながら考え込む。
しかし、すぐに顔を上げると、こちらへ助けを求めるような視線を投げかけてきた。
……まあ、別に悪意からの提案ってわけでも、俺たちを陥れる罠ってわけでもなさそうだし、問題ないだろう。
そして俺がひとつ頷いてやると、マリアは男性に向き直って、こう宣言した。
「――承知しました。わたくしは精霊祭の席で、必ず島民の皆様の協力を得てみせましょう」




