第29話 精霊に愛された子
オラティオーの代表者をドラグに呼んできてもらった直後、なぜか俺たちは窮地(?)に陥っていた。
「え、ええっと……あの……」
困惑気味に見回すマリアの視線の先には、額を地面に擦りつけるようにしてひれ伏す
代表者と他数名の姿が。
つまるところ、今俺たちはオラティオーの皆さんに平伏された状態で取り囲まれていた。
「ど、どうして……どうしてこうなったのですか……!?」
……うん、俺の気持ちをしっかり代弁してくれた。
隣から助けを求めるような視線が飛んでくるも、そんなもの俺にだってわからない。
一切、心当たりがないわけでもないけれど……。
「と、とりあえず頭を上げてください……っ! お願いですから!」
と、なんとか説き伏せること数分。
ようやく俺たちはこの平伏包囲網から解放されたのであった。
◇ ◆ ◆ ◇
やっと話を聞いてくれる体勢になったオラティオーの方々をよく見てみると、同じ王国領の民といっても、少しずつ身体的な違いがあるようだ。
マリアと同じような色の薄い髪色と、透き通るような空色の瞳。
それらはどちらも、王国でよく見かける赤や青、金などの派手な色とはかけ離れている。
白っぽい肌の色とも合わさって、少し神秘的な印象も受ける。
「先ほどは大変失礼いたしまして……」
「い、いえ、わたくしこそ取り乱してしまい……」
……ダメだ。目を離した隙に、また謝罪対決が始まってしまった。
「はいはい、お二方とも。そこまでそこまで。話が進まないよ?」
俺が間に入ってなんとか二人を落ち着かせる。
すると、しぶしぶといった様子でなんとか引き下がるのを確認してから、俺はひとつ代表者の男性に問いかけた。
「で、どうしてあんなお出迎えだったのか伺っても?」
「驚かせてしまって申し訳ありません。ここまで“精霊に愛された子”を見たのは初めてだったもので」
「……精霊に愛された子?」
その言葉に、マリアと二人で首を傾げた。
「ええ、少し歩きながらお話ししましょうか」
代表者の男が先導する中、この島を見て回ることになった俺たちは、なぜか森の中にある大滝へと案内されていた。
「これはすごく立派な滝ですね……」
見上げるマリアの口があんぐりと開いてしまっている。
それも仕方がない。
まだかなり滝つぼからは離れているのに、隣に立つマリアの声が掻き消されそうなほどの轟音が鳴り響いている。
その上、滝の横幅も人が何十人と両手を広げて横並びになったとしても、なお足りないほどに広い。
それに精霊が喜んでいるような……?
『わーいわーい! きれーなみずっ!』
『あははははっ! おと、おっきーい!』
『“精霊の森”にそっくり~!』
ちょっと精霊たちの声に耳を傾けてみると、何やらわいわいと騒いでいる。
その中に、少し気になる言葉があった。
「確かにあの森に似ている……かも……?」
首を傾げながら、もう一度大滝を見上げる。
……うん、そんな気がしなくもない、かもしれない。
すると、隣から代表者の男から声が飛んできた。
「さあ、お見せしたいものはこちらです」
彼が示した滝の脇、目を凝らした先には少しの隙間が見える。
そこから入ってゆくと、滝の裏側には洞窟のようなぽっかりと穴が開いた場所があった。
中はひんやりとしていて、奥に進むごとに大滝の轟音が遠ざかってゆく感じがする。
そして、最奥にそれはあった。
「あれは、像……?」
背に翼を携えた神秘的な女性。
その姿を象った石像が、そこには鎮座していた。
「あちらが私どもの祀る御神体――“はじまりの神”の石像でございます」
近寄ってよく目を凝らす。
どうやら、この洞窟の岩壁を削ってつくった石像のようだ。
『あっ、かみさまだ~っ!』
『ちがうよ、“創世神”さまだよっ!』
精霊たちにはその姿に見覚えがあるようで、懐かしむような声が耳に届く。
「創世神? どこかで聞き覚えが……」
……ああ、思い出した。
精霊の森にいた頃、師匠であるクリスティアから聞いたんだった。
たしか――。
「この世界をつくった最初の神、だったかな?」
「ええ、よくご存じで」
ファクティス教の教義ではファクティス神こそが唯一の神だと伝えられているが、実はかの女神が支配するより以前にもう一柱の女神がいたという話だった。
その神こそが――“創世神”レフィナ。
「そのことをご存じとは、やはり私の目に狂いはありませんでしたね」
彼は満足そうにそうつぶやくと、両手を組んで祈るような仕草をとった。
「それで、肝心の“精霊に愛された子”っていうのは?」
「なに、簡単な話ですよ。ファクティス神の恩恵と同じく、はじまりの神の使徒である精霊たちに気に入られ、その力を借り受けられる特別な存在のことを、我々は“精霊に愛された子”と、そう呼んでいるのです」
「この島にも、そういう人間が?」
「……いえ、あなた方ほどに精霊たちと自然に共生できている者は、誰ひとり」
……なるほど。他にはいない、と。
おそらく伝説上の存在として語り継がれているだけなのだろう。
もしくは、遠い昔に俺たちと同じような精霊と共に生きるものが存在していたか……。
どのみち、今存在していないのならば、どちらでも意味がない。
……もし同じような存在がいれば、マリアの良い協力者となってくれると思ったんだけどなぁ。
いないものは仕方がない。
まずはオラティオーの方々との協力関係を築けるよう手を尽くそう。
「さあ、一度戻りましょうか」
見るべきものは見た、と言うように、この洞窟のような場所を出てゆく。
そして、同じ道をたどって生活区域へと戻った俺たちは、そこでまたもや信じられない光景を目にした。
「え、ええっと、またですかぁ……っ!?」
――平伏するオラティオーたち再び。
マリアの悲鳴にも似た嘆きを聞きながら、目の前にひれ伏す人の数を数えてみる。
「五人……十人……二十人……。うーん、いっぱい?」
二十人を超えたあたりから、数えるのが面倒になってくる。
おそらく五十人は超えているんじゃないだろうか。たぶん……。
「あ、頭を上げていただいて大丈夫ですから! いえ、上げてくださいお願いしますっ!!」
……うん。さっきも見たな、この光景。
繰り返しの出来事に呆れていると、続々と顔を上げた島民たちがマリアのもとに群がってくる。
「え? え……? ええ……っ!?」
瞬く間に取り囲まれてしまったマリアの姿は、もう見えない。
「こ、これ、うちの島でとれる果物でしゅ……ですっ! ぜひ、食べていただきたく!」
「それよりもこちらの精霊像と御神像をどうぞ! この島の伝統的な工芸品でして……」
「いやいや、精霊様がお好きなのは豊かな自然だろう。島の西部の高原には、それは綺麗な花畑がございまして……」
……ああ、大変そうだなぁ、マリアも。
最近、似たようなことがあったような気がするが、きっと気のせいだろう。
誰にも囲まれていない俺は、ひとりで彼方の空へ視線を飛ばしていた。
「ふぅ……平和だなぁ……」
「た、黄昏ていないで助けてください! レオンさんっ!」
結局、音を上げたマリアの救出のために、人込みの中へ足を踏み入れることになるのだった。




