第28話 オラティオーの住まう島
マリアの演説を終えた後、亜人種たちの代表として狐耳の長老が協力を申し出てきてくれた。
「……これでまずは、ひとつ目の目的達成かな」
北域に来た目的、その片方が亜人種との協力関係の構築。
だが、これだけで終わりではない。
もうひとつの目的を達成するために、俺は長老に問いかけた。
「ひとつ、聞いてもいいかな、長老?」
「ええ、我々に答えられることであれば、なんなりと」
そうして「何せ、我々は協力者となったのですから」と笑う長老に、こちらも口角を上げて返した。
「――先住民族オラティオーの住む島は、どこにある?」
こちらの問いかけに、長老は大きく目を見開く。
「お、オラティオー、ですか?」
「ああ、どうやらマリアは彼らに用があるらしくてね」
「……なるほど。彼らとも協力体勢を敷けるならば北域すべてが味方になる、ということですね」
納得がいった、というように頷く長老。
すると、彼はひとりの青年を呼び寄せた。
「紹介いたします。彼は我らが亜人種の中でも特に武芸に長けた竜の亜人、名をドラグと申します」
「……ドラグだ。よろしく頼む」
表情を変えずに浅く頭を下げる青年の横顔をよく見てみると、頬のあたりにうっすらと鱗のような紋様が浮かんでいる。
それに特に目を引くのが頭に戴く二本の角。
少しねじれつつ天へと伸ばされた濃紺の双角は、精霊竜にも引けを取らない威厳のようなものを感じる。
「あなたが、わたくしたちを『オラティオー自治区』へと連れていってくださるのですか?」
「……ああ、霧の越え方を知らなければ、あの島にはたどり着けない」
「霧? それはいったい……」
それだけ言うと、ドラグは背を向けてどこかへ歩き出す。
彼の背を追ってついてゆくと、次第に視界がひらけ、そして視界いっぱいの海が現れた。
「……この先に、オラティオーの住まう島がある。だが、島の周りにはいつも“人を迷わせる霧”が立ち込めていて、普通の方法じゃ侵入不可能だ」
ドラグが示した視線の先、そこには不自然に霧が溜め込まれたような場所が存在していた。
◇ ◆ ◆ ◇
時は流れ、舟の上。
亜人種との協力関係を築いた翌日、俺たちはオラティオーの住まう島へと向かっていた。
小舟の上には、ドラグとマリア、そして俺の三人。
三人がギリギリ乗れるサイズの小舟を動かしているのは、当然ドラグだ。
しばらく漕いだ頃、ドラグが不意にこちらを振り返った。
「……ここから先、急に霧が立ち込めてくる。落ちないよう、気をつけろ」
端的に重要なことだけ告げると、また無言でオールを漕ぐ作業に戻る。
すると直後、視界が濃霧に包まれ始めた。
……何と言うか、寡黙な武人って印象だなぁ。
必要以上の言葉を使わず、ただ黙々と自分に与えられた仕事をこなす“仕事人”というのが、俺のドラグに対する第一印象だった。
「ご、ご親切に、どうも……」
隣に目をやると、マリアがちょっと気まずそうに目を逸らしつつ、歯切れの悪い言葉を返している。
やはり、マリアは少し距離感を図りかねているみたいだ。
……まあ、悪人ではないんだろうし、そのうち打ち解けられるだろう。たぶん。
勝手に納得した後、ふとひとつ疑問が浮かんできた。
「そういえば、オラティオーの島への行き方を知っているってことは、もしかして彼らと交流が?」
「……ああ。一年に数回行き来する程度でしかないが」
「お、オラティオーの方々とはいったいどのような交流をされているのでしょうか?」
「……たいてい生活に必要な衣類や日々の消耗品を買いに来る。あの島では魚や作物はとれるが、日用品などをつくる環境がないため、こちらで買い出しを行っている」
その言葉に、マリアは顎に手を当てて考えるような仕草をとる。
「まさか、“王国嫌い”で有名なオラティオーの方々と我が国の民の間に、そんな交流があったとは……」
「王国嫌い?」
俺の問いに、今度はドラグが答えた。
「……オラティオーは精霊様や、彼らを生み出したとされる『はじまりの神』を信仰する民だ。ゆえにオレたちと同じく、恩恵とやらを持たん」
「なるほど。だから、彼らとも交流を持てていたのですね……」
似た信仰を持つ、似た境遇の者たちということなのだろう。
「……見えてきたぞ。あれが彼らの住まう島『オラティオー自治区』だ」
話を切り上げ顔を上げると、すでに濃霧は晴れ、島の姿が目の前に現れていた。
小舟をつけられそうな場所を探すことしばらく。
ようやく陸へ上がれた俺たちは、平坦な道を歩いていた。
「なんというか、危機感がない場所だな」
周りを見渡して思う。
島の周りを覆っていた濃霧の気配は、島の中には一切ない。
ただ、同じく人の気配も建物もない。
王国との交流を閉ざしているという割には、監視塔もなければ、衛兵のひとりすら配置していない。
「……ここは周囲を“人を迷わせる霧”に覆われている。正しい経路を知らなければ、誰も立ち入ることができない。そのせいだろう」
……なるほど。衛兵など置かなくとも、争いの種が持ち込まれることすらない、と。
確かに、あの霧があれば外敵を寄せ付けることはないだろう。
あの霧には、なんとなく精霊の森に満ちる魔力と似たような力を感じる。
オラティオーは精霊や『はじまりの神』とやらを信仰していると言っていたから、何かしら関係があるのかもしれない。
そんなことを考えていると、マリアが不意に立ち止まる。
「こうも人に会えないとなると、それは困りますね……」
マリアも同じく辺りを見渡しながら、困ったように頬を掻く。
「……問題ない。オレは何度も村へ行っている。行き先ぐらいならばわかる」
「あ、そうでしたね……」
素っ気なく告げるドラグの背中を追い続けること、数十分。
視界の奥の方に、小さく建物の影が見えてきた。
「……あそこだ。あれが『オラティオー自治区』の中心だ」
ドラグが指さす先には、土地を仕切る柵すらもなく、ただ点々と小さな家屋が立ち並ぶだけの村があった。
家屋の様式は、亜人種の集落のものよりも人間の町に近い。
……俺の生まれた村にどこか似ている気がするな。
よく言えば、のどかな村。
悪く言えば、ただの田舎と言ったところだろうか。
「……オレがここの代表者を呼んでこよう。少し待っていてくれ」
言って、ドラグは村の中へと入ってゆく。
その背を見送りながら、短く息を吐く。
すると、隣に立つマリアも同じく息を整えてから、こちらを見上げてきた。
「――さあ、ここからが本当の勝負所ですね、レオンさん」
緊張しているのか、マリアの表情は硬い。
それがちょっとおかしくて、つい笑い声が漏れてしまう。
「ちょっ……ちょっと、レオンさん!? せっかく覚悟を決めたところだったのですよ!?」
「ああ、悪かった。悪かったから……!」
そうして笑い合っていると、ドラグが数人の人間を引き連れて戻ってきた。




