表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/97

第27話 理想への第一歩

 亜人の集落で起きていた連続失踪事件は、この地を任されていた代官リオネル・アゼマ男爵が引き起こしていたものだった。

 男爵は精霊信仰を持つ亜人たちに目をつけ、彼らを洗脳し、とある実験を行っていた。


 それは、信仰の対象を女神ファクティスにすり替えた場合、人格にどのような影響を与えるのか、神の恩恵(ギフト)を得ることはできるのか、という非人道的で残虐なもの。


 そんな事件の真相を知ったマリアは、真相とともに闇に葬り去られるところだったのだが、そこへ間一髪で俺が駆けつけ事件は解決……。


 それが今回の事件のあらましだった。


「……思い返すと、怒涛の一週間だったなぁ」


 マリアが屋敷に侍女として潜入してから、約一週間。

 たったそれだけの時間しか経っていないのが信じられないぐらい、俺の身体は疲労感に包まれていた。


「ええ、本当に……」


 隣で屋敷を見上げるマリアも、そういって肩の力を抜く。

 しかし、その横顔はどこか達成感のようなものを滲ませていた。


「亜人たちを救えたのがそんなに嬉しかったのか?」

「いえ、確かに攫われたほとんどの方を救えたことは嬉しく思うのですが、それでも犠牲がなかったわけではありませんし……」

「なら、どうしてそんな嬉しそうな顔をしていたんだ?」

「え、そんな変な顔をしていましたか?」


 自分の顔をぺたぺたと触るマリアを見て、今までの緊張感が吹っ飛んで、笑いが漏れてしまう。


「ぷっ……! 別にそんな変ってわけでもないけど」

「あっ! 笑うってことはやっぱり変だと思っているのですね!」


 非難を浴びながら、笑いを押し殺す。


「悪かった。悪かったから、一旦落ち着こう? な?」


 そう言うと、ようやく何度か呼吸を繰り返して、なんとか気持ちを落ち着けてくれた。

 そして、真剣な声とともに、こちらにまっすぐな視線を向けてきた。


「ただ、いつもレオンさんに助けられてばかりだったので」

「俺に?」

「ええ、だからようやくお役に立てたことが嬉しかったのだと、そう思います」


 その後に「結局、今回も助けられてしまいましたけれど」と照れたような笑いをつけ足して、マリアは振り返った。


「――さあ、帰りましょう。きっと皆さん、待ちわびていますから」


 言ったマリアの視線の先には、幾人ものぼろぼろの亜人たちが互いを支え合って立っていた。


     ◇ ◆ ◆ ◇


 亜人の集落に無事囚われていた者たちを送り届けた俺たちは、なぜか狐耳の長老に頭を深々と下げられていた。


「此度は我らの同胞を救ってくださり、なんとお礼を申し上げてよいものか……!」

「い、いえ! ですから顔を上げてくださいって! お願いしますぅ~!」


 なぜか、マリアも競うように深々と頭を下げる。

 すると、今度は長老が恐縮しきった様子で頭をさらに下げる。

 そして次は、マリアがさらに下げ、長老がそれまたさらに下げ……。


 そうして、もうこの不毛なやりとりも五回目である。


 ……本当に、いつまでやってるんだか。


「ほら、お二人さん。お辞儀合戦はその程度で」


 手を叩いて、二人の仲裁に入る。


「し、しかし!」

「で、ですが!」

「しかしでも、ですがでもない。話が進まないだろう」

「「むぅ……」」


 無理やりお辞儀合戦の決着をうやむやにされた二人は、同時に不満そうな唸り声を上げる。


 ……案外、この二人は似た者同士なのかもしれないな。


 結局、事あるごとにお辞儀をしようとする長老を何とかなだめつつ、事の顛末をすべて話し終えた頃には、優に一時間を過ぎてしまっていた。


「なるほど、やはりあの代官がすべての元凶であったのですね。して、その代官は……?」

「ええ、捕縛しました。ただ、我々には彼の行いを揺るがぬ証拠とともに、詰め所に突き出す程度のことしかできず……」

「……いえ、あなた様方は我らの同胞を救い出していただいた。それだけで十分です」


 本音では、自分たちの声で糾弾し、自分たちの手で裁きを下したかったのだろう。

 だが、長老はそれをぐっと飲み込むと、目を伏せた。


「本当に、感謝してもしきれません。ありがとうございます。」


 長老がゆっくりと頭を下げ、沈黙が流れる。


 そして少し経った後、家の外からバタバタと連なる足音がやってきた。


「長老! こちらに精霊の御使い様方はおられるか!?」

「御使い様方が同胞を救ってくださったと耳にしたのだが!」

「ああ、やはりあれは精霊様のお導きだったのだ……!」


 長老の家に押しかけて来たのは、息を切らせた亜人たち。総勢二十名ほど。


「み、皆、落ち着け! 御使い様方ならこちらに――」


 長老の視線につられて、二十人分の視線が一斉にこちらを向く。

 そして、まるで雪崩でも起こしたかのように、亜人たちがマリアのもとに殺到した。


「あっ!? ちょっ……、落ち着いてください、皆さぁぁぁん!」


 ……マリア、君はいいやつだったよ。


 心の中で手を合わせ、マリアの無事を祈ることぐらいしか、俺にできることは残されていなかった。




 ……と、それから数十分。


 そろそろマリアの助けを求める手が挙がり始めた頃、人込みをかき分けて引っ張り上げて救助してやった。


「お疲れ様」

「はぁ……はぁ……、いき、できな……かっ、た……で、す……」


 肩を上下させるマリアに水を差し出しつつ、亜人たちの方に目をやる。


 ……皆、笑っているな。


 この集落を訪れた時、ここの住民たちはひとり残らず暗い表情で下を向いて生活しているように見えた。

 だが、今はそれも見違えるように、皆が笑顔で騒ぎ合っている。


 互いの肩を豪快に叩き、目から大粒の涙を流し、全身で感情を爆発させる。

 きっとこれが本来の亜人の姿なのだろうと、そう思った。


「けれど、わたくしたちの行いは間違っていなかったのですね」


 マリアは喜びを分かち合う亜人たちの姿を見て、少し頬を緩める。


 しかし、このままでは話が進まない。

 亜人たちの騒ぎを静めるように、手を二回ほど叩いた。


「さあ、皆さん。こちらを向いてください! この国の王女であり、精霊の使いであるマリア様からのお話があります!」

「え? えぇっ!?」


 突然の事態に頭が追い付いていないマリアをよそに、亜人たちは皆、話をピタリと止めてこちらへ視線を投げかけてきた。


「(ちょっ……、ちょっとレオンさん!? これはどういう……)」

「(協力、してほしいんだろ? なら、話をつけるのに今以上に効果的なタイミングはないんじゃないか?)」

「(そ、それはそうですが……)」


 彼らの視線を背に受けつつ、声を潜めてマリアを言い含める。


「ほら、お待ちかねだ」


 振り返って、亜人たちの方へ向き直る。


 一瞬、びくりと肩を跳ねさせたものの、マリアは何度か深呼吸を繰り返し、言葉を紡ぎ始めた。


「皆さん、わたくしはこの国の第二王女マリア・フォン・エアハートと申します。少しだけ、お話を聞いてください」


 そう前置きしつつ、言葉を続ける。


「この国では現在、亜人種の皆さんや恩恵を持たない無恩恵者(ギフトなし)の方々への差別が当然のようにまかり通っております」


 マリアの言葉に、皆がシン……と静まり返る。


「それは、この世界ではあまりにも当たり前で、誰も疑問に思わなくなってしまっていること。ですが、()()()()()()()()()()()()――?」


 鋭すぎる問いかけに、一瞬、亜人たちとの間に緊迫した空気が流れる。

 しかし、それを払うかのようにマリアが声を一層に張り上げた。


「そうです! あなた方は虐げられるべき存在ではないのです! いいえ、そんな者は人間にだって誰ひとり、存在してはならないのです!」


 だから……と続ける。


「わたくしがこの国を変えます、必ず」


 そう言い切ると、呆気に取られている皆に手を差し出す。


「なので、皆さん。どうかわたくしに力を貸してください。きっとわたくしだけの力では、たどり着けないでしょうから……」


 困ったように眉尻を下げ、マリアは微笑む。


「――わたくしとともにこの国を……いえ、この世界を変えてみませんか?」


 すると、亜人たちは次々と膝をついて、拝むように両手を合わせていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ