幕間3 レオンの憂鬱
マリアが意気揚々と屋敷に潜入していった後、俺は数軒離れた建物の上からその動向を見守っていた。
「本当に大丈夫か、アレ……」
しばらく『遠見』の魔法を使って屋敷の窓を見ていると、すぐにメイド服姿のマリアが姿を現す。
戸惑いながらも廊下の清掃作業に勤しむ彼女を見て、少しホッとする。
しかし、その頭上にはひとつの違和感。
「それにしても、あの耳よく出来てるよなぁ」
髪を結いあげて、そこに幻影をかけて狐耳に仕立て上げる。
この遠見の魔法も、マリアにかけた幻影も、すべて精霊の助けあってのことだ。
……相変わらず、精霊のみんなには助けてもらってばかりだな。
そうこうしているうちに、マリアの方で動きがあった。
「……なにやってるんだ?」
なんだか箒を持ったまま、珍妙な踊りを踊っている。
「あんな勢いよく振り回していたら、絶対に――」
直後、想像通り、マリアの振り回す箒が廊下に飾られていた高そうな壺に引っかかる。
「あぁ、もう……っ!」
壺が落ちて割れ、騒ぎになるとマズい。
瞬時にそう判断を下した俺は、精霊たちに頼んで壺が割れないようフォローしてもらう。
すると、マリアはきょろきょろと辺りを見回して、首を傾げている。
しかし、すぐに気を取り直して、精霊たちがこっそりと用意しておいたバケツの方へ近寄ってゆく。
「さすがに今度は何も起きない……よな?」
しばらくそのまま見守っていると、次はモップを振り回し始める。
……とても嫌な予感。
そして、その嫌な予感は的中することとなる――。
「おいおい……」
今度はバケツに足を盛大に引っかけたのだ。
放っておくと、中に入った水はすべてぶちまけられ、廊下は大惨事。
「はぁ、仕方ないな……」
精霊たちに倒れてゆくバケツを支えてもらい、それでもなおこぼれた水は魔法によって乾燥させてもらう。
それもやはりマリアは気づかず、ただ首を傾げるだけ。
幽閉されていたとはいえ王女だから、侍女の仕事を完璧にこなせるとは思っていなかったけれど、これはあまりにも予想の斜め上……、いや斜め下すぎる。
「前途多難だなぁ、これは」
あまりにも様にならない侍女姿に、ひたすら頭を抱えるしかなかった。
◇ ◆ ◆ ◇
マリアのやらかし未遂事件の翌日、なぜか彼女は屋敷全体の清掃を任せられるようになっていた。
……どうしてこうなった!?
理由は実に単純なことだった。
――精霊たちが頑張りすぎたのだ。
「もうちょっと抑えるように言っておくべきだったか?」
マリアのフォローを精霊たちに任せたまではよかった。
あのままじゃ、確実に騒ぎになっていただろうし。
ただ、精霊たちが思いのほか張り切りすぎて、マリアの手が行き届いていない隅々まで綺麗にしてしまったのだ。
それこそ、本職の侍女顔負けなほどに。
「おかげで屋敷の中心部にまで潜り込めたと考えれば大手柄なんだけど……」
とはいえ、中心部に近づけば近づくほど、バレる危険も跳ね上がる。
「……まあ、目を離さなければ問題ないか」
だが、そんな考えは見事に打ち砕かれることとなる――。
「謎の地下室? これはまた怪しさ満点な……」
さすがにこんなあからさまな危ない場所には近づかないだろう。
そう思っていたのも束の間、マリアは代官を任されている貴族が屋敷を出た直後、なぜか地下室の中へと入っていってしまったのだ。
……どうしてこうなったっ!?
本日二度目になる言葉を胸の中でつぶやきながら、頭を抱える。
そうしている間にも、マリアは地下室を奥へ奥へと進んでゆく。
「……俺も出るしかないか」
これ以上地下室の奥に入られては、いくら遠見の魔法といえども見通すことができない。
ならば、自分も屋敷に侵入するほかない。
「よしっ、行くか……!」
意気込んでから、精霊たちに頼んで姿を隠蔽。
そのまま監視の目の薄い部分から屋敷の中へと浸入した。
……なんだ、この妙な感覚は?
中は、本当に貴族の屋敷かと思うほどに人気がなく、物音ひとつしない。
しかも、重要そうな地下室の周りにも警備を置いていない。
これではまるで……――。
「『ご自由にどうぞ』って感じだな」
……胸騒ぎがする。
直後、屋敷の玄関から複数の足音が響いてきた。
「なっ……!?」
咄嗟に物陰に隠れ、様子を窺う。
……チッ、もう帰ってきたのか。
心の中で悪態をつきながら、代官たちが地下室に入ってゆくのをじっと見守る。
そしてすべてを見送った後、物陰から出て地下室の扉の前に立った。
「……はぁ、マリアは本当にトラブルに愛されているな」
呆れたため息を吐き出しながら、地下室の扉をくぐり、薄暗闇の中へと足を踏み出していった。




