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第25話 謎の地下室

 わたくしが屋敷全体の清掃を任されて数日、ようやく侍女仕事も板についてきた……気がする。


「ホコリ、なしっ。ベッド、よしっ」


 ひとつひとつ指さしをして、清掃の漏れがないか確認してゆく。

 この作業もすっかり手慣れたもので、何だか楽しくなってリズムに乗ってきてしまう。


「あっ、花瓶の水も変えておかないと」


 リズムに乗ったまま、花瓶に手を伸ばす。


 そうして気が緩んでいると、良くないことは起きるもの。


「あっ!?」


 花瓶を持った手が、つい緩む。

 そのまま中に入っていた水はベッドに向けてこぼれ落ちて――。


「あぁぁぁ……っ!?」


 これで何回目だろう。こうして頭を抱えるのは。


 すると、さらに間の悪いことに背後からノックの音が届いてくる。


「は、はいっ!」

「入りますよ」


 そう言いながら入ってくるのは、やはり侍女長。


「……そんな場所で何をしているのです?」

「い、いえ、少々ベッドがですね……汚れていて、ですね……」

「何を言っているのですか?」

「……へ?」


 我ながら間抜けな声を出しながら、顔を上げる。


「あれ? シーツが真っ白……?」


 数秒、そのまま動きを止める。

 侍女長はその間に部屋の確認を終え、戻ってきた。


「相変わらずの素晴らしい手際ですね」

「あ、ありがとうございます……」

「では、このまま他の部屋も同様に頼みましたよ?」


 そう言うと、侍女長は踵を返して去っていこうとする。

 しかし、扉の前まで進むと、足を止めて振り返った。


「もう一度言っておきます。“地下室”には決して近づかないように――」


 最後にそれだけ言い残し、侍女長は今度こそ去ってゆく。


「……どう考えても怪しいですよね。『誰も立ち入ってはならない謎の地下室』なんて」


 その話を初めて耳にしたのは、屋敷全体の清掃を任されることが決まった日。

 仕事内容の説明すらなく、ただひとつ言い聞かせられたのが地下室についての話だった。


『この屋敷の地下室には立ち入らないこと。これを心に留めておきなさい』


 他の侍女たちにも聞いてみたけれど、誰ひとりとして地下室について知っている人はいなかった。

 それに屋敷内を捜索してみても、何も怪しいところは見当たらなかった。


 となれば……。


「――残るあの地下室を調べるほかないですよね」


 それがレオンさんから託された、わたくしの使命だ。




 機会は思っていたよりも早くに訪れた。


 どうやらここの主人――リオネル・アゼマ男爵は、明日視察の予定が入っているらしい。

 そこには王都から男爵が連れてきた側近や数名の侍女なんかも同行するとのこと。


 つまりその日こそ、この屋敷の警備が最も手薄になる日。


「本当に侍女長には感謝しないといけませんね。担当箇所を広げてもらわなければ、こうも簡単に近づけなかったでしょう」


 今、目の前にあるのはどれほどの剛力があろうと傷ひとつ刻めないであろう漆黒の鉄扉。

 この屋敷の中、他の部屋はどこも木の扉だというのに、ここだけ鉄扉というのは「いかにも怪しいです」と申告しているようなものだ。


「この先に、いったい何が……」


 ノブに手を添え、ごくりと息を呑む。


 と、ふとそこで考え込む。


 ……あれ、どのように開ければよいのでしょう?


 鍵は持っていない。

 力技でこじ開けることもできない。


 ……もしや、手詰まりなのでは?


 頬に冷や汗が伝ってくる。


「こ、こういうときこそ落ち……おちおち……落ち、ついて……!」


 あわあわとその場で立ち尽くしていると、違和感に気がついた。


「……ん、開いて、る?」


 おかしい。

 先ほどまでは閉まっていたはずなのに……。


 とはいえ、こんなところで立ち止まっていても何も始まらない。

 わたくしは意を決して、ドアを開いて身を滑り込ませた。


     ◇ ◆ ◆ ◇


 地下室はとても冷える。

 日差しが差し込む窓がないからだろうか……?


「……何か羽織るものを用意しておいた方がよかったでしょうか」


 身震いしながら、薄暗い階段を下ってゆく。


 気味が悪い。

 怖い。

 これ以上は進みたくない。


 ……ただ、この先にあるものを見届けるまでは帰れないのです。


 そう心を奮い立たせた瞬間、階段が終わり、目の前にはもう一枚の鉄扉が忽然と現れていた。


「……さあ、行きましょうか」


 息を呑み、一息に中へ。

 そして、わたくしは言葉を失った。


「……っ!?」


 まず来たのは、血と鉄の混ざりあった臭い。それと腐乱臭。

 その後に届くのは、何やら呻くような声。


 ――これは、()()()()によく似ている。


 薄暗い明かりしかない冷たい地下室。

 わたくしが罪人として鎖に繋がれていたあの地下牢だ。

 ここは本当にそっくりで、寒気がしてくる。


 それでも一歩ずつ、ゆっくりゆっくりと足を前に進めてゆく。


 左右に並んでいる鉄格子の群れ。

 その中には過去の自分と同じように鎖に繋がれた者たちが目に入ってくる。


 ……もしかして、ここにいるのは全員、亜人?


 見たところ、軽く二十人程度にはなるだろうか。

 薄暗いからわかりにくいが、ここにいる者たちは皆、獣耳や羽根が生えている。

 ただ、誰も彼も目が虚ろで、口を開いていても言葉にならない呻き声しかこぼれ出てこない。


「どうして亜人たちがこんな廃人状態に……?」


 ……わからない。


 けれど、これだけ亜人が集まっているのだ。

 連続失踪事件とまったくの無関係ということはないはずだ。


 だからこそ、ここにいる亜人たちをこんな廃人状態にしてしまった原因を、わたくしは探らなければならない。


 胸の鼓動を必死に抑えつけながら、牢に挟まれた道をまっすぐに歩き続ける。


 ……どれほど歩いたのだろうか。


 もうこの先には何もないのかもしれない。

 そう頭によぎった瞬間、一気に空間がひらけた。


「ここは、いったい……?」


 まず目の前に現れたのは、石を切り出したままの四角い寝台のようなもの。

 その周りには、無数の管や注射器が散乱している。


 それはまるで――。


「なにかの……実験、施設?」


 ふらふらと石の寝台に一歩踏み出した、そのときだった。


「――これはまた、随分と可愛らしいネズミが紛れ込んだものだ」


 背後から、渋い男の声が来た。

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