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第24話 王女マリアの潜入大作戦

「本日から()()としてお世話になります、()()()()()と申します。よろしくお願いいたします」


 亜人種の集落から比べれば二倍以上の高さを誇る屋敷の門前で、わたくしはここの侍女長だという女性に頭を下げた。


「貴女が亜人の長老から紹介を受けてきた侍女見習いですか」

「はい、精一杯働かせていただきます!」

「……はぁ、どうして()()などをこの屋敷に招き入れなければならないのでしょうか」


 侍女長は、こちらの頭上――正しくはそこで揺れている狐耳を見て煙たがるように顔をしかめる。


 そう、今のわたくしは狐の亜人マリアンヌ。

 侍女として働くため、この屋敷を訪れた。


 ()()()()()()()()()()()()


「まあ、いいでしょう。では、貴方の使う部屋へ案内したのち、仕事を説明します。ついてきなさい」

「は、はい! お願いいたします!」


 踵を返して足早に屋敷の中へ歩いてゆく侍女長。

 その背を慌てて追いながら、ここに至るまでの出来事を思い起こしていた。


     ◇ ◆ ◆ ◇


 亜人の集落の奥、客人用の家に滞在していたわたくしたちは、とあることに頭を悩ませていた。


「事件を調べると言っても、何から手をつければいいんでしょうか……?」


 ここ数日、失踪事件を調べると決めたはいいものの、実際、何をどう進めていいのか手詰まりになっていた。


「手がかりは亜人側の『新代官がすべての元凶だ』って証言ぐらいしかないしなぁ」

「でも、代官とはいえ王国の貴族です。あまり下手に手を出してしまえば、王都のお兄様たちの耳にも入ってしまうでしょう」

「そう、なんだよなぁ……」


 同時に唸り声を上げながら、首を捻る。


 しばらく頭を悩ませた後、ふとひとつ閃いたことを口にした。


「あっ、精霊さんたちのお力を借りて、屋敷に潜入するのはいかがでしょう!」


 わたくしの提案に、レオンさんは一瞬目を丸くする。

 しかし、すぐにため息をついた。


「いくら精霊の力で姿を隠せるとはいっても、それも万能じゃないからな?」

「うーん……。となればもう、わたくしが侍女として潜入するぐらいしか……」

「「……ん、侍女?」」


 そう口にした瞬間、二人揃って目を見合わせた。


     ◇ ◆ ◆ ◇


 というわけで、亜人の長老――狐耳の老人を頼り、屋敷の管理を担当する侍女として内部に潜入することが決まったのだ。


 ……こういう服は着たことがなかったので、少し新鮮ですね。


 今着ているのは侍女の正装、いわゆるメイド服と呼ばれるもの。

 王城でもよく目にすることはあったが実際に着ることは初めてで、どこか落ち着かない感じがしてしまう。


 ……けれど、そんな浮ついた気持ちではいけませんよね。


 今の自分の役割は、あくまでこの屋敷に逗留している代官に怪しい点がないか調べること。

 ただの職業体験に来ているわけではないのだ。


「それにしても本物にしか見えませんね、この()


 鏡の前で、頭上に生えている狐耳に手を触れる。


 手に伝わる感触は、本物の毛の手触りそのもの。

 しかし、これはレオンさん曰く、「髪の毛をそれっぽく束ねた上で、精霊に頼んで幻覚のような魔法をかけてもらっている」ということなので、実際その場所に耳はない。


 これもメイド服と合わさって、なんとも不思議な感覚だ。


「マリアンヌさん? 支度を済ませたのなら、早く出てきなさい。貴女の担当する仕事を教えます」

「は、はい。すみません!」

「本当に、これだから時間にだらしない亜人は……」


 侍女長のお小言をもらいながら部屋を出ると、そのまま廊下を奥へと進んでゆく。

 すると、侍女たちが住まう区画の端の方で、いきなり箒やはたきを手渡された。


「こちらの区画の清掃を担当しなさい。亜人風情をご主人様の住まう区画に立ち入らせるわけにはいきませんので」


 高圧的な物言いでそれだけ告げて、侍女長は去ってゆく。


 取り残されたわたくしは、掃除用具を手に呆然と立ち尽くすしかなかった。


「はっ! こうしていても始まりませんよね!」


 名ばかりの王女だったとはいえ、これでも王族。

 家事どころか身の回りのことすらもまったくやったことがないけれど、それでも侍女として潜入したからにはきっちりその役目を果たさなければ……!


 そう決意して、ぐっと拳を握り込んだ。




 廊下の清掃を始めて、はや一時間。


「……これ、どのように使う道具なのでしょう?」


 はたきとにらめっこ状態のまま、まったく作業は進んでいなかった。


「このひらひらした部分は何のためにあるんでしょう? こうですか? いや、こう……?」


 左右に振ったり、上下に振ったりして、動かしてみるもまったくしっくりこない。

 とりあえず、別の方法で進めていこう。


「よしっ、箒ならわかりますよ!」


 ふんっ、と鼻を鳴らして、勢いよく箒で床のホコリを払い始める。


 箒で払うたび、少しずつ綺麗になっていくのがわかる。

 これなら及第点ぐらいはもらえるかも、なんて思っていられたのは、最初のうちだけだった。


「あっ……!」


 鼻歌まじりに勢いよく箒を動かしていたのが災いして、柄がいかにも高そうな壺に引っかかってしまったのだ。


 ……ま、間に合わない!


 ここで壺を割ってクビになったら、せっかく潜入した意味がなくなってしまう。


 もうダメだと、目をギュッと瞑る。

 しかし、どれだけ待っても壺が割れる音は聞こえてこなかった。


「……え?」


 おそるおそる瞼を上げる。

 すると、そこには欠けひとつない状態で床に転がる壺があった。


「え、ええっと……」


 ひとまず周囲を見渡してから、こっそりと元々置いてあった場所に戻す。

 短く息を吐いてから、次は窓拭きに移る。


「……あれ、バケツなんて置いてありましたっけ?」


 気づけば、足元に水の入ったバケツと窓拭き用のモップが置かれていた。


「とりあえず、これを水につけて窓を……あっ!?」


 モップを水で濡らしてから、窓際に足を踏み出す。

 その瞬間、今度は足がバケツに引っかかってしまった。


 ……さすがに今度はもう――。


 こぼれた水で床が大惨事になる未来を予想しながら、今度は頭を抱えてしゃがみ込む。


 直後、背後から侍女長の責めるような声が届いてきた。


「何をしているのですか、仕事もせずに」

「じ、侍女長……」

「所詮、亜人なので期待はしていませんでしたが、まさか初日から仕事を放棄して……――」


 しかし、侍女長の言葉はそこで止まった。


「こ、ここの清掃は本当に貴女が? この短時間で?」

「へ? は、はい。言われた通り、わたくしが担当しましたが……」


 言われた意味がわからず、ゆっくりと顔を上げて辺りを見渡す。

 すると、バケツは倒れておらず、窓には一切の曇りなく、床にはホコリひとつ落ちていなかった。


「まさか、貴女がこんな腕を隠し持っていたなんて……」

「え、ええっと、侍女長……?」

「決めました。明日より、貴女はこちらだけではなく、屋敷全体の清掃担当とします。よろしいですね?」

「……へ?」

「ご主人様が使われる区画も含まれますので、より一層励みなさい」

「は、はい」


 そうして、訳も分からないまま、わたくしは昇進(?)を果たしたのだった。

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