第23話 蔓延る闇
「……申し訳ありませんが、我々ではお力になれそうもありません」
「そ、そんな……」
目を見開いて愕然とするマリアをよそに、俺はひとつ気になっていたことを尋ねてみることにした。
「ご老体、ひとつ伺っても?」
「……? ええ、私に答えられることでしたら」
「先ほど話にもあった“亜人種の現状”について、聞かせてもらえますか?」
「……っ!」
こちらの問いかけに、老人は明らかに動揺を見せる。
「どうしてそのことを知りたいと……?」
「いや、深い意味はないですが。ただ――」
そこで一瞬言葉を区切ると、首を傾げる老人に向かって、ニヤリと口角を上げてその続きを口にした。
「――協力できない本当の理由が、そこにあるんじゃないかと思いましてね?」
「そ、それは……!」
……やっぱり、何か事情があるってことか。
その反応を見て、心の中でほくそ笑む。
確信はなかったが、カマをかけて正解だった。
「あなたは俺たちを“精霊様の御使い”だと言い、ここにたどり着いたことを『精霊様のお導き』だと言った。なら一度、俺たちを信用して、事情を話してはくれませんか?」
しばらくの沈黙。
そして、老人は狐耳と目を伏せて、首を縦に振った。
「……わかりました。事情をお話ししましょう」
◇ ◆ ◆ ◇
事の発端は、つい二か月ほど前のこと。
とある貴族がこの集落の視察に訪れたらしい。
「実は、この集落があるのは王国直轄領で、この一帯を治めている代官が年に一度視察に訪れるのです。ですが近頃、その代官が変わったらしく……」
「時期外れの視察に訪れた、と」
マリアの言葉に静かに頷くと、さらに言葉を続ける。
「その代官自体に不審な点はなにもなかったのです。ただ一週、二週と過ぎるにつれて、集落で不可解なことが起き始めまして」
「不可解なこと?」
「――亜人たちの集団失踪です」
その言葉に、隣の席から息を呑む音が聞こえてきた。
「……最初は五人、その次は十人、そして次は二十人。今週にはもう五十人に届くほどにまで、行方不明者は増え続けるばかりなのです」
「そんなにも大勢の亜人が……」
驚くマリアとは対照的に、俺は落ち着き払った声音で告げた。
「――なるほど。ご老体はその原因が新たに任じられた代官だと、そう考えているんですね」
「なっ……!?」
老人は、その言葉に静かに首を縦に振る。
「あの男が我らの平穏な日々を滅茶苦茶にしたのですッ! 絶対にそうに違いない……ッ!」
怒りに身体を震わせる老人に、マリアも俺も言葉を失ってしまう。
しかし、少しすると落ち着きを取り戻した老人は、ひとつ咳払いをして声を整えた。
「……と、このような話は客人にするものではありませんね。申し訳ございません」
そう言って頭を下げた後の部屋には、沈黙だけが流れていた。
◇ ◆ ◆ ◇
狐耳の老人との会談の後、俺たちが案内されたのは集落の奥。
老人から「滞在している間は好きに使ってくれて構わない」と言って借り受けた家の中で、俺たちはただ彼の話を頭の中で反芻していた。
「時期外れの代官の視察に、その直後から起こった亜人たちの集団失踪……」
……あの老人の言う通り、本当にその二つは関係があるんだろうか?
彼の思い込みが激しいだけと言われればそれまで。
しかし、絶対にありえないと断言できるだけの判断材料もない。
それにしても――。
「……絶対にそうに違いない、か」
疑うにしても、あそこまで断定しきるのはあまりにも乱暴が過ぎる。
どうしてあんなにも……。
「――それはきっと、亜人種への差別が原因でしょう」
心を読んだかのように、マリアがそっと口にした。
「亜人種は王国領となる以前からずっと精霊信仰を貫いてきました。しかし、王国は恩恵至上主義のファクティス教を国教としています。そのせいで、恩恵を得られない亜人種の方々への差別が生まれてしまっているのです」
なるほど、ようやく理解できた。
ずっとこれまで不当な扱いを受けてきたが故に、彼らの中では“人間=敵対者”という考えがこびりついてしまっているのか。
……確かに、俺たちもここに来た時、話すら聞いてもらえなかったしな。
彼らを仲間に引き入れるにも、すべての人間が“敵”じゃないと、彼らの激しい思い込みを正すところから始めないといけないわけだ。
「……長い道のりだなぁ」
つい、苦笑いをこぼした。
しばらくお互い考えを整理していた頃、マリアが唐突に話を切り出してきた。
「レオンさん、どうにか亜人種の方々を助けることはできないでしょうか……?」
彼女の言葉に首を傾げる。
「彼らの助けに?」
「はい。この集団失踪がもし王都から来た貴族が原因だというのなら、この国の王女として、わたくしにはそれを正す責任があると思うのです」
……王女としての責任ね。
彼女のまっすぐな瞳を見据えながら、少し考える。
王都から来た貴族が絡んでいるかもしれない、集団失踪事件。
それを二人で調べること自体は、おそらく可能だろう。
その上、きっと彼らを悩ませる問題を解決したとあっては、彼らの協力を得やすくなるかもしれない。
ただし、それにはひとつだけ大きな障害が鎮座している。
「ここで騒ぎを起こせば、きっと王都にも俺たちが亜人たちを頼りに来たという情報は伝わるはずだ。それはもちろん、マリアの兄――他の王子たちにも」
「そ、それは……」
きっとマリアもわかっていたのだろう。
ここで亜人たちに手を差し伸べるには、自分たちが危険を冒さなければならないということを。
「もう一度聞くよ。それでも、彼らを助けたいのか?」
だから、俺は確かめなければならない。
本当にそれほどのリスクを背負ってまで、彼らを助ける選択をするのかを――。
そんな意地の悪い俺の問いかけに、マリアは目を伏せることなく、まっすぐな声音でこう告げた。
「――はい。それでも、わたくしは彼らを助けたい」
とても、まっすぐで一点の曇りすらもない瞳。
それを見て、俺は思ってしまった。
……そうだった。このまっすぐで純粋すぎる眼差しだ。俺が力になりたいと思ったのは。
「はぁ、仕方ないなぁ……」
彼女の理想の王国への道をつくると決めた以上、他の王子たちとの衝突は避けられない。
なら、少しでもこちらの有利に傾くように、俺が手を尽くそう。
「俺たちはこの事件を解決し、亜人たちの信頼を勝ち取る。それで決まりだ――」
「は、はいっ!」
この瞬間、俺たちの見据える先が完全に重なった。




