第22話 亜人種の集落
「さて、頭は冷えてくれたかな、亜人の皆さんは?」
風が収まった頃を見計らって、辺りを見渡す。
斜め後ろには顔の前を腕で覆ったままのマリア。背後の空中に浮かぶは精霊竜。
それ以外、周囲に立っている人影はひとつもなかった。
「ええっと、やりすぎ……た?」
……これはちょっと力加減を間違えたかな。
とはいえ、やりすぎてしまったものは仕方がない。
魔法を貸してくれた精霊竜に恨めしげな視線を送りつつ、一歩前へ出る。
「ひとまず、話を聞いてくれる気にはならないか?」
近くにいた竜の鱗をもつ亜人の青年に語りかける。
覗き込んだ瞳からは、なぜか今まで消えることがなかった敵意が綺麗さっぱり消えてしまっている。
「あ、あの竜、は……?」
「竜?」
彼が見ているのは、こちらのさらに背後――精霊竜のいるあたり。
……彼らには、精霊の姿が見えているのか?
確か師匠曰く、精霊とファクティス神の恩恵は非常に相性が悪いせいで、恩恵との親和性が高いほど精霊が見えないし、感知できないらしい。
だからこそ、恩恵の縛りから解放された俺は精霊と対話できるようになったし、無恩恵者のマリアにも薄っすらとだがその存在を感知できる。
ということは、亜人種とはもしかして――。
「……あの竜は、精霊様なのか?」
「精霊様? いや、確かに精霊ではあるけど……」
その言葉を耳にした瞬間、亜人の青年が目を見開いた。
「おお、我らの祈りが届いたのか……!」
呆然とつぶやきながら、彼は目の端から涙を流す。
「精霊様じゃ……」
「ああ、ついに我らの祈りが……」
「精霊様が我らを救いにいらしてくれたのだ……」
次々と上がる亜人たちの声。
そのどれもが、精霊竜を崇めるような言葉ばかりだった。
「な、何がどうなって……?」
ようやく目を開けたマリアも、あまりの急展開に頭がついていかないようだ。
そんな状況の飲み込めない俺たちの前に、ひとりの初老の男が狐耳を揺らしながら歩いてくる。
「精霊様とともにいらした方々よ。これまでの非礼をお詫びいたします」
そして、彼は深々と頭を下げた。
◇ ◆ ◆ ◇
大きな門をくぐり抜けてからしばらく。
狐耳の老人に先導されながら歩いた先には、テントのような簡易的なドーム状の家々が立ち並ぶ区画があった。
「ここが我らの集落でございます、精霊の御使い様方」
明らかに、ここに来るまでに目にした王都の街並みとは違う。
まず背の高い建物が一切なく、店のようなものもほとんど見当たらない。
それに、区画がきっちり分けられているわけでもなく、家の並びはバラバラ。
道も舗装されているわけじゃなく、ただ人が多く通る場所だけ踏みしめられて、なんとなく道のようなものができあがっている程度。
……これが同じ王国領か。
確かに俺が生まれ育った村だって裕福じゃなかったが、道や柵ぐらいはあったし、店だって数軒はあった。
ここまであからさまな違いがあるのは、正直驚いた。
しかし、マリアはそうではないようだ。
「そう、ですか……」
難しい表情をしているが、そこに“予想外”という色は見られない。
「……少しご案内させていただきましょう」
そんな空気を察したのだろう。
狐耳の老人は一度目を伏せると、さらに奥へと歩き出した。
「さあ、こちらへどうぞ」
彼の数歩後ろを歩いていく中、こちらをこちらを見る視線から、ひとつ気づいたことがあった。
……どうしてみんな、こんな怯えた目をしているんだ?
そりゃ、亜人種ではないただの人間が来たら警戒もするだろうが、これは完全に“恐怖”の対象に向ける目だ。
……明らかに、何かがおかしい。
しかし、マリアはそんなことは気づいていないようで、先導する老人と言葉を交わしていた。
「御使い様方は、如何様でこちらまで?」
「実は、あなた方亜人種の方々にお頼みしたいことがありまして……」
「ほう、では私の家でじっくりお話を伺わせていただきましょう」
同時に、老人が足を止める。
そこには、他の家屋よりもほんの少しだけ大きな、けれど他と同じドーム状の簡素な家が建っていた。
家に足を踏み入れる直前、老人はこちらを振り返ってひとつ尋ねてきた。
「あなた方は、我ら亜人種の現状をご存じですか?」
その言葉に、俺もマリアも揃って首を傾げる。
「……なるほど。これも精霊様のお導きなのかもしれませんね」
ひとり納得すると、老人は家の中へと入るよう、手を差し出してくる。
彼に促されるまま中に入ると、簡単な木の机や椅子、ほか最低限の家具だけが置かれた部屋があった。
「本当に何もない部屋ですが、くつろいでいただければ」
「は、はい。ありがとうございます」
椅子に座って、もう少し部屋の中を見回してみる。
すると、ある一点に目が留まった。
……ん、あれは“祭壇”?
何やら羽の生えた小人の木像が数体置かれている棚が、部屋の奥の方にあった。
「精霊様の像が気になりますかな?」
「精霊の像……?」
「ええ、あれは精霊様を象った像なのですよ。あの祭壇に我ら亜人は毎日祈りを捧げ、供物を捧げ、その恩恵によって生きているのです」
その言葉を聞いて、ようやく合点がいった。
……だから、俺たちは精霊様の御使いなのか。
亜人たちにとっては、それこそ神のような存在である精霊。
その精霊を伴って現れた俺たちは、彼らにとっては天からの使いのように見えてしまうのだろう。
「では、先ほどのお話を詳しくお聞かせ願えますかな?」
鋭い目つきになった老人に少し気圧されながらも、マリアはここに来るまでの流れを大まかに話し始めた。
「――……なるほど。我らの協力を求めて、南域からこちらまで飛んでこられた、と」
話をすべて聞き終えた老人は、険しい表情を浮かべていた。
「はい、どうか王国変革のため、そのお力を貸してはいただけないでしょうか?」
しばらくの沈黙。
その後、老人は静かに息を吐いた。
「確かに、我々亜人は精霊様を信仰しており、ファクティス神の恩恵を授かっていないため、今の王国の民たちとはあまり関係が良くありません」
「……ええ、存じています」
思うところがあるのか、マリアは少し目を伏せる。
「しかし、我々にはあなた様が期待を寄せてくださるほどの力も、またないのです」
「そんなことは……!」
しかし、老人は首を横に振るばかりだった。
「……申し訳ありませんが、我々ではお力になれそうもありません」




