第21話 挨拶がわりの集中砲火
「お、お前ら、何者だ!」
突きつけられる、錆びたナイフに刃の欠けた鎌、曲がった槍。
武器とも呼べない代物ばかりに囲まれた俺たちは、ただただ困惑して両手を上げるしかなかった。
「人間が、我らが亜人の集落に何の用だ! 答えろッ!」
「わ、わたくしたちは決して敵対しにきたわけでは……」
マリアが弁明しようとするも、喋るなと言わんばかりに、さらに錆びた刃物たちをこちらへ突き出してくる。
「そう言って油断させ、また同胞を攫ってゆくのであろうッ! 騙されんぞッ!!」
「そうだ、そうだ!」
「我らの同胞を返せッ!!」
……ダメだ。まったく話が通じない。
「いったい何がどうなってるんだ……?」
どんどん上がっていく亜人たちのボルテージに、手の付けようがない。
どうしたものか、とマリアに視線を送る。
しかし、彼女も焦りと困惑に視線を泳がせるばかり。
「はぁ、何か悪いことしたかなぁ、俺たち……」
頭を掻きながら、遠くの青空を見上げる。
事の発端は、一時間ほど前に遡る――。
◇ ◆ ◆ ◇
精霊竜の背に跨って空中旅行を満喫した俺たちは、王都での突然の襲撃事件をも乗り越え、ようやく北域『ナダ地方』へと足を踏み入れた。
「ありがとう。送ってくれて助かったよ」
『フンッ。礼は不要だ』
お得意の鼻を鳴らす仕草をしてから、竜はどこかへと飛び立ってゆく。
「さて、これからどうするか……」
見渡す限り、草木の緑すら見当たらない荒野。
行き先もよくわかっていない俺は、答えを促すようにマリアに目をくれた。
「……そうですね。ここからですと、先に“亜人区”へと向かいましょう」
マリアの話を聞く限り、先住民族オラティオーたちの自治区が存在するのは、王国北域とは言っても離れ小島らしい。
ならばと、先に陸続きの亜人たちの集落へと向かうことが決まった。
……のは良かったのだが――。
「あのぅ、すみません。道をお尋ねしたくて……」
「ひぃっ!?」
「あ、あの……道を……ですね……」
「さ、攫われる!?」
通りがかる亜人の誰に声をかけても、こんな調子なのだ。
「……? 攫われるって、わたくしそんなにも怖い顔をしていたでしょうか?」
「いや、そういうのじゃないと思うぞ」
その後、方角はわかっていたから、なんとか時間をかけて集落のある場所までたどり着けた。
たどり着けたのだが――。
「お、お前ら、何者だ!」
そこには武装した亜人たちによる全力の歓迎体勢が敷かれていたのだった。
◇ ◆ ◆ ◇
時は戻り、現在。
「早く本当の目的を吐け! この異端者どもが!」
同胞。攫う。異端者。
なんとも剣呑な言葉が飛び交っている。
まったく意味の分からない話ばかりだが、どうも静かに落ち着いて話し合える状況じゃなさそうだ。
「これはちょっと手荒な方法でも落ち着いてもらうしかないな……」
「そ、それは……!」
隣からマリアが狼狽する声が届く。
「お願いします、レオンさん。どうか、誰も死なせないで――」
……これは、また無謀な提案だ。
いくらちゃちな装備とはいえ、武装した亜人たちが総勢五十名ほど。
それも亜人種は神からの恩恵を受けられない代わりに、とりわけ人間よりも身体能力に優れていると聞く。
その亜人種を五十人相手どって死者を出すな、という命令だ。
正直、あまりにも無理無謀が過ぎる。
……って、この顔を見たらそんなこと言えないよな。
何かを強く懇願するような、そんな目だ。
ただ、彼女の無理難題を押しつけているのはわかっているんだろう。
だから、今にも泣きそうな表情でこちらを見つめているのだ。
「まあ、やるだけやってみるしかないか……」
彼女の顔が安堵に満ちたと同時、亜人たちの我慢の糸が断ち切られた。
「こうなりゃ力ずくで吐いてもらうぞ――ッ!」
まず一番槍。飛び出してきたのは、文字通り槍を手にした兎耳の亜人。
兎の跳躍力ゆえか、凄まじい速度で距離を詰めてくる。
「チッ……!」
舌打ちをこぼしながら、槍を横合いから蹴り飛ばす。
生じた隙に、双剣を虚空より喚び出す。
こういう集団戦では、小回りが利く方が良い。
そのまま双剣を二度振るい、槍の柄の部分を切断。
武器を失った男の腹部に肘鉄を打ち込み、早急に一人目を無力化する。
とはいえ、まだまだ血気盛んな相手は残っている。先は長そうだ。
先頭に背から鳥の翼を広げる女性。
その後ろから、竜の鱗を身に纏った青年に、下半身が馬の男女。
続々と迫ってくる亜人たちを見て、思わずため息が漏れる。
「……さあ、ここからが踏ん張りどころだ」
気合いを入れなおすように、双剣を握る手に力を籠めた。
そこからは胆力との勝負だった。
槍を捌き、鎌を折り、棍棒を断ち切り、得物を失わせる。
腹部を殴り、顎を蹴り上げ、首筋を叩き、意識を奪う。
それを何回、何十回と繰り返して、今。
意識を保って立っている相手は、まだ二十名を少し切った程度。
対して、こちらは疲弊した俺、ただひとり。
「あまりにも分が悪いな、これは……!」
新たに突撃してきた亜人の背を蹴り飛ばし、舌打ちをする。
この造られた人形の身体に心肺機能の限界はない。
ただ、魔法で身体を操る関係上、どうしても魔法の演算処理による負荷が脳へとかかり続ける。
そして、脳が処理しきれなくなり魔法を使えなくなると、指一本すら満足に動かせない。
つまり、疑似的な体力切れのような状態になってしまうのだ。
その限界は、もうすぐそこまで来ていた――。
「……さすがに死なない程度っていうのが相当キツイな」
倒れる亜人たちの方に目をくれると、完全に意識を刈り取るにまでは至っていないのか、少しずつ戦線に戻ってくる影が映り込んでくる。
大怪我をさせないように気を遣いながらの戦闘では、これが限界だ。
「これは一発逆転を狙うしかないか」
大きく飛び退き、双剣を霞のように消す。
そして、足止めをするように閃光の魔法を放ち、空を見上げた。
『このような短期間に何度呼べば気が済むのだ、レオンよ』
閃光の魔法を合図に舞い降りてきたのは、精霊竜。
その顔はどこか呆れているように見えた。
「それは悪いと思っているんだけど、この人数差でさ……」
『フンッ、一息に蹴散らしてしまえばいいものを』
「……まあ、『誰ひとり殺すな』って指示がなければね」
『ハァ……また面倒な指示を受けたものだ……』
実際、自分でもそう思う。
ただ、マリアのこういう綺麗な理想を追い求める姿を見て、彼女に手を貸そうと思ったのだ。
『で、魔法の種類は?』
「暴風ぐらいで頼む。軽く脅す程度にして、落ち着いてもらえればそれでいいから」
『フンッ……』
鼻を鳴らすと同時、竜の目が光り、手の中に風の魔力が生まれる。
「マリア、ちょっと下がっていてくれ」
一瞬だけ目配せをし、もう一度亜人たちに向き直る。
「皆さん、これで落ち着いてくださいね……っとッ!」
そして、魔力が溢れる手を地面についた瞬間、この戦場に砂埃を含んだ荒ぶる風が生まれた。




