幕間2 ドンクルの町のその後 side.冒険者ダリオ
マリアとレオン。
彼ら二人を助けたのは、本当に気まぐれのようなものだった。
もがき苦しみながら懸命に生きるその姿が、どこか妹のエルマと重なって見えた――。
そんな実に単純で、愚かな理由だ。
だからだろう。
エルマを盾に、マリアを差し出せと迫られた時、一瞬だけ迷ってしまったのは……。
だからだろう。
レオンに敗北した時、どこかホッとしてしまったのは……。
「――さあ、そろそろ本当のことを聞かせてもらおうか」
すでに反抗する意思も気力も失った俺は、すべての真相を話した。
「エルマを人質に、言われた。『マリアを素直に引き渡せば、お前と妹を見逃そう』と」
「……誰に?」
「兵士だ。領主お抱えのな」
そのことを告げると、二人はそれぞれの違う反応を見せた。
なるほど、と淡々と頷くレオン。
対してマリアは、激情をその瞳に宿していた。
「卑劣な……ッ!」
その目を見た俺は、こう思った。
……ああ、俺はレオンに負けたんじゃない。このマリアの優しさに絆されて、負かされてしまったんだ、と。
そう思った途端、無意識のうちに言葉が出ていた。
「――ひとつだけ、抜け道を知っている」
実は、町を囲う壁の一部に、綻びが生まれているのを俺は知っていた。
それは、冒険者としてこの町で長く活動し、この町の警備にも携わったことがある者だからこそ知っている抜け穴だ。
懐から取り出した紙を差し出し、その道から町を出ろ、と告げた。
これはケジメだ。
俺が領主のもとへ行き、すべてを終わらせる。
だというのに、マリアはそれを拒否してこう言った。
「――すみません、ダリオさん。それは後にしてください。発つ前に、ひとつだけやらなければならないことが見つかりましたので」
翌朝、領主邸が何者かに襲撃されたと、俺の耳に入ってきた。
◇ ◆ ◆ ◇
「ええ、事実です。昨晩、謎の二人組によって領主邸が襲撃されたと……」
真偽を確かめるべくギルドに行くと、受付嬢のエマからもそう聞かされ、本当だったのかと驚愕した。
「……えっと、ここだけの話なんですけど」
ただ、そう前置きしてエマが耳打ちしてきたのは、それ以上の衝撃をもたらした。
「――実は、その襲撃の後から、次々に領主様の行っていた不法行為の数々が表沙汰にされたそうなんです」
「領主の不法行為……?」
「はい。破落戸を使った脅迫行為や、拉致・誘拐、それこそ殺人に至るまで、数えきれないほどの犯罪が白日の下に晒された、と」
「なっ……!?」
「そのどれもが証拠がなく見逃されていた、もしくは握りつぶされていた犯罪だったそうで、その証拠が町の至る所にばら撒かれていたと聞いています。それによって、領主は処断されるとも」
もしかして、とあの二人の顔が脳裏によぎる。
だけど、理由がわからない。
どうしてあいつらはそんなことを……――。
「そういえば、ダリオさんってレオンさんとお知り合いだったんですね」
「え?」
その名前に思わず目を見開く。
「知っている、のか? レオンを」
「ええ、何を隠しましょう。この私がレオンさんの冒険者登録を担当したのですから!」
……そうか。確かレオンも冒険者として登録していたと言っていたな。
「何か、話していたのか? 俺のことを」
「うーん、と……。たしか、『以前、少し助けてもらった』と」
「……そう、か」
助けてもらった、か……。
領主邸を襲撃したのがあの二人だとするならば、領主の犯罪の証拠をばら撒いたのは、そのお礼とでも言うのだろうか。
……わからない。けれど――。
「――助けられたのは、俺の方じゃないか」
「え?」
俺の独り言に、エマは首を傾げる。
「いや、こちらの話だ。邪魔をした」
軽く頭を下げて、ギルドを出る。
領主が処断されるというのであれば、俺とエルマがあの二人に手を貸したからと、狙われることはなくなった、ということだろうか……。
「……本当に、お人よしだな」
最後に見た、マリアの覚悟の決まった目を思い出す。
あれは、心の底から俺とエルマのために怒ってくれていた目だ。
そんな彼女に、俺は何かを返せただろうか……?
「これは簡単に死ねなくなったな。せめて、何かひとつでも返せるまでは――」
妹のために投げ出したこの命を、あの二人は拾って、ここまでのお膳立てをしてくれた。
ならば、死に物狂いで生きるしかないだろう。
妹の命だって諦めてたまるものか。
どれだけの大金がかかろうとも、必ず救って見せる。
そして、いつの日か、あの二人に元気になった妹の姿を見せて、こう言ってやるんだ。
――「あのとき、俺たち兄妹を救ってくれてありがとう」と。




