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第18話 発つ前にやるべきことを

 このドンクルの町を治める領主グラジオは、ひとり愉快な笑いを響かせながらワインを呷っていた。


「ガハハハッ! まさかここまで計画通りにいくとはな!」


 グラスを呷る手はますます進み、しばらくすると瓶を一本丸々飲み干してしまう。


「むぅ、もう終わりか……」


 名残惜しそうなため息をつきつつ、メイドを呼び出して新たなワインを持ってくるように指示する。

 もう人も寝静まっているような深夜だが、すぐにワインとグラスを持ったメイドが戻ってくる。


「ご苦労、下がれ」


 恭しく頭を下げるメイドの首筋を見て、ごくりと唾を飲み込む。


「……ふむ、良き従順なメイドであったな。明日は我が寝室に招いてやろう」


 この屋敷……いや、この町にある物はすべてグラジオのものだ。

 それは人も同じこと。


 だからこそ、領民をどう扱おうが領主の勝手なのだ――。


「ダリオ、とか言っていたか。あの冒険者……」


 実に滑稽であった、とつくづく思う。


「あの『灰の魔女』を匿っていたのもそうだが、妹を人質にとった程度で“お仲間”を売り渡すとはなァ……」


 髭を撫で、新たなグラスを一息に喉へ流し込む。


 すると、それと同時に激しいノックの音が部屋に響き渡った。


「チッ……何用だ!?」


 割れんばかりに激しくグラスを置くと、血相を変えた警備兵の男が部屋に駆け込んできた。


「りょ、領主様! 襲撃者です! 襲撃者が現れましたッ!」


 その報告を聞いて、深々とため息をついた。


「はぁ、その程度のこと、報告などしている暇があるならばさっさと捕らえてこんか……」

「し、しかし……っ!」

「……数は?」

「へ?」


 物分かりの悪いやつだ。


「襲撃者の数はと聞いている!」

「は、はい! 襲撃者は二名ですっ!」


 その言葉に目を丸くする。


「貴様ら、揃いも揃って愚図ばかりか! たった二匹の賊すら速やかに捕縛できんとは……。恥を知れッ!」

「も、申し訳ございません! ですが――」

「もうよい! この場から去れッ!」


 怒号を警備兵にぶつけ、男を部屋から追い出す。

 そして、苛立ちに肩を震わせながら、またワインを一気に飲み干した。


「支配者であるこの私の屋敷へ侵入した不届き者が……。必ずこの手で首を刎ねて――」


 と、そのとき。

 目の前の扉が炸裂音とともに弾け飛んだ。


「――ごきげんよう。ドンクルの領主グラジオ。良い夜ね、今夜は」

「なっ……! 貴様は……は、灰の魔女……ッ!?」


 弾け飛んだ扉の先に立っていたのは、『灰の魔女』マリアその人だった。


     ◇ ◆ ◆ ◇


 時は遡り……。


「――さあ、そろそろ本当のことを聞かせてもらおうか」


 マリアの救出に成功した後、レオンの問いに対しダリオはこう言った。


「……妹を、エルマを救うためだ」


 その言葉に偽りはない。

 ただ、その言葉だけが事実ではない。

 レオンにはその確信があった。


「その答えじゃ、マリアと俺を即引き渡さなかった理由にはならないな」

「……ああ、わかっている。話そう。すべて、偽りなく」


 諦めたように壁に背を預けた後、ダリオは消沈した声で告げた。


「エルマを人質に、言われた。『マリアを素直に引き渡せば、お前と妹を見逃そう』と」

「……誰に?」

「兵士だ。領主お抱えのな」


 なるほど、と静かに納得するレオンとは裏腹に、マリアは激情にその目を燃やしていた。


「卑劣な……ッ!」


 今にも飛び出してしまいそうな衝動を抑えつけているマリアを見て、ダリオは無言で首を横に振った。


「……いいや、全部俺のせいだ。俺が目をつけられて、調べられていたらしい。そのせいで、マリアを連れ去られる結果になった」


 すまない、とダリオは頭を下げる。


「頭を上げてください。ダリオさんのせいではありませんから」


 それでも、ダリオは苦い表情のまま、ゆっくりと立ち上がった。


「――ひとつだけ、抜け道を知っている」


 懐から一枚の紙きれを取り出すと、それをレオンに手渡す。

 そこには、簡単な地図が描かれていた。


「俺は、領主とのケジメをつける。だから、お前たちは町を出ろ。一刻も早く」

「なっ……!? 妹さんのことはどうするのですか!?」

「……こうなってしまった以上、どのみち終わりだ。俺も、エルマも」


 生きることも、何もかも諦めたような瞳。

 それを無言で受け止めたマリアは、何かを訴えかけるようにレオンへ視線を投げかけた。


「レオンさん、いいですか?」


 その覚悟を決めた瞳に、レオンはただ一度頷いた。

 そして、マリアはダリオへ向き直って、こう告げた。


「――すみません、ダリオさん。それは後にしてください。発つ前に、ひとつだけやらなければならないことが見つかりましたので」


     ◇ ◆ ◆ ◇


 ……時は戻り、領主邸。


「な、なぜ、貴様がここに……っ!?」


 今にも飛び出しそうなほど目を見開きながら、領主グラジオは数歩後じさる。

 それを逃すまいと、マリアは据わった目で、その距離を詰める。


「領主グラジオ。あなたにひとつ尋ねます」


 壁にたどり着き、逃げ場を失ったグラジオに、マリアは低く、凍えそうな声音で問いかけた。


「妹さんを人質に、ダリオさんを脅迫していたというのは、事実ですか?」

「は、ハァ……?」


 何の話をしているんだ、とグラジオは首を傾げる。

 しかし、同時に思った。


 ――これはチャンスだ、と。


 このまま話を長引かせれば、きっと警備兵たちが戻ってくるはずだ。


「あ、ああ。そうだとも! あの愚鈍な男は、この町の支配者である私に逆らったのだ! 命があるだけありがたいと……――」


 その瞬間、グラジオの服の袖が唐突に燃え上がった。


「ひ、ヒィッ……!?」


 大慌てで火消しをするグラジオを見ても、マリアの冷ややかな視線は揺るがない。

 だが、その瞳の奥には確かな憤怒の炎が揺らめいていた。


「――それで?」


 あまりの剣幕に、グラジオは蒼白な顔で声ひとつ出せないでいる。


「ダリオさんは、追われる身であるわたくしどもを匿い、最後まで守ろうとしてくださいました。その方を侮辱するなど――万死に値します……ッ!」


 マリアの怒りが増すにつれて、火の勢いが強くなる。


「ど、どうして消えない……っ!?」

「それは当然だろう。マリアの怒りが尽きない限り、精霊たちの炎も鎮まることはないからな」

「せ、精霊……!?」

「ああ。命令しているわけではないのに、ここまでマリアの怒りに呼応するなんて、余程相性がいいんだろう」

「貴様はいったい、何の話をしているんだ……!?」


 しばらくして、上着をすべて燃やし尽くしたところで、炎がかき消える。

 それでも狼狽したままのグラジオを見下すようにして、マリアは底冷えのするような凍えた声で告げた。


「――覚えておきなさい、わたくしは『灰の魔女』。ですが、次はその“灰”すら残さず、あなたを燃やし尽くすでしょう」

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