第17話 嘘
真っ暗な部屋に入った俺は、すぐに目を閉じて周囲の魔力を探った。
「……魔力の反応もなしっと」
ひとまず息を吐いて、ゆっくりとマリアらしき人影の方へと歩き出す。
普通なら暗くて顔すら見えないが、この部屋に入る前、ちゃんと『暗視』の魔法を視界に付与している。
そのおかげで、散乱する家具を避け、迷いなくマリアのもとへとたどり着いた。
「マリア。マリア、大丈夫か?」
呼びかけるけれど、返事がない。
見たところ、外傷はない。
口元に耳を寄せるも、聞こえてくる呼吸の音は規則的で、毒物を盛られている様子もない。
「ひとまず安心、かな……?」
ただ、どうしても違和感が拭えない。
どうして、あそこまで強引に攫った人間の周りより、屋敷の周りに人を多く配置しているんだ……?
どうして、あんなに装備の質が高い者たちが混ざっていたんだ……?
どうして、攫った人間に拘束具をしていないんだ……?
どうして、俺はここまですんなりマリアのもとまでたどり着けたんだ……?
考えれば考えるほど、何もかも違和感だらけだ。
「……いや、考えてても仕方ないか」
そうだ。ここは敵地のど真ん中。
まずは彼女を少しでも離れた場所に移動させることを考えよう。
……こうなったら、多少騒ぎになってもこの町を離れるべきか。
それこそ、門を破壊し、その周りを守る警備兵たちをひとり残らず蹴散らしてでも……――。
と、そのときだった。
背後から、拍手の音が来た。
「――……ッ!?」
マリアを横抱きにして、一瞬でその場から飛び退く。
しかし、攻撃は来ない。
じゃあ敵ではないのかというと……――そういうわけでもないらしい。
「その鎧、下の奴らと同じものか……」
つまり、敵だ。
……人数は、五人……いや、六人か。
暗視を活かし、すべての敵の人相を確認するが、そのどれも見覚えがない。
すると、直後、六人の後ろからひとりの男が躍り出てきた。
その顔には、見覚えがあった。
「――ダリオ、お前か……ッ!」
そう、六人の敵兵を引き連れてこの場に現れたのは、俺たちを匿っていた冒険者ダリオ、その人だった。
◇ ◆ ◆ ◇
「まさか、とは言わないよ。まあ、どこかおかしいとは思っていたしな」
無言で佇むダリオを睨みつけつつ、いつでも動けるように腰を落とす。
……とはいえ、何が目的だ?
マリアにかかっている懸賞金が目的なら、最初、出会った時に警備兵に引き渡していればよかったはず。
それが今になってどうして……?
疑問から眉間にしわを寄せている俺に、ダリオはいつもと変わらない様子で語りかけてきた。
「愚かだな。おかしいと思っていたのならば、逃げればよかったというのに」
「騙していたあんたが言うことか、それは?」
まるで、逃げてほしかったかのような口ぶりに違和感を覚える。
――やはり、何かがおかしい。
「……マリアを狙う理由は? 懸賞金か?」
「ああ、エルマを救うためだ」
なるほど、エルマの治療費に充てる、と……。
「エルマの病気は嘘じゃなかったわけか」
その言葉への、答えはない。
ダリオは否定せず、ただこちらをじっと見つめている。
そのとき、ふと腕の中から声が来た。
「……ん? こ、ここは……?」
マリアが目を覚ましたようだ。
目を擦ってから、彼女はこちらを見上げてきた。
「大丈夫か?」
「……? は、はい。別に何とも……って、えぇっ!?」
何に驚いたのか、マリアは突然大声を上げる。
「あ、あの……お、下ろしていただけると、ありがたい……のですが……」
「ん? ああ、わかった」
まあ、意識を取り戻したのなら、もう抱えておく必要はないだろう。
ダリオたちの動きに警戒しながら、マリアをゆっくり地面に下ろす。
そして、彼女を背に庇うような立ち位置をとった。
「もうひとつ聞かせてくれ。懸賞金が目当てなら、どうしてあのときすぐに警備兵に突き出さなかった?」
「……あの場では、警備兵どもの手柄にされる可能性があった。俺が懸賞金を独占できないと思ったから、匿った」
随分と歯切れの悪いセリフだ。
その反応を見て、ひとつ確信した。
だからこそ、それを確かめるために俺は腰に佩いた直剣から手を離し、両手に一対の双剣を喚び出す。
そして、ダリオの鼻先へ右の一振りを突きつけて、こう言った。
「――あんたの言葉は嘘だらけだな、ダリオ」
俺の言葉に、ダリオは持ち前の無表情の中で、少しだけピクリと眉を動かした。
「……なに?」
「図星か?」
挑発的に口の端を吊り上げてみせる。
しかし、返す言葉はなく、無言。
そのまま睨みあっていると、ダリオの後ろから警備兵が前へと進み出てくる。
「おい、話はもういいだろ?」
「あんたの策とやらのせいで、俺らは暴れたりねぇんだよ。わざわざ中の警備まで薄くしてよぉ」
剣を手で弄びながら兵二人がこちらへ迫ってくる。
……やっぱり屋敷の警備の薄さは罠だったか。
まあ、どのみちマリアを一刻も早く救い出す必要があったのだから、そんなこと気にしている余裕もなかった。
それに……――。
「――この程度の数で、俺たちをどうにかするつもりだったのか?」
あまりにも見通しが甘すぎる。
「舐めやがって……っ!」
まずは一人目、素早くナイフを引き抜き、一直線に駆け込んでくる。
目にも留まらぬ連撃を繰り出してきて……――。
……いや、前言撤回。だいぶ遅いな。
一般人としては素早い方なのかもしれないが、所詮は破落戸。
これならば、冒険者ギルドで難癖つけてきたゲラルドの方がまだ速度があったように思える。
まあ、あれでも腕の立つ冒険者だったということだろう。
なんて言っていたら、目の前の男は肩で息をして、すでに戦う気力すら失ってしまっていた。
……軽く受け流しているだけでこれか。
「まあ、破落戸はどこまでいっても破落戸か」
「チッ……軟弱な……!」
最初のひとりを軽々相手していたせいか、次は残る四人が同時に襲いかかってくる。
――だが、それは悪手だ。
こんな狭い部屋の中でたったひとりに向かって四人が殺到すれば、当然動きは制限される。
そして、動きが単調になったところに、高速の連撃を叩き込む。
当然、死なない程度に加減はしてある。
それでも、もう誰ひとり伏したままで動けないみたいだ。
その瞬間、背後から甲高い悲鳴が上がった。
「れ、レオンさん!」
「ん? ああ、ダリオか」
「なっ……!?」
気づけば、ダリオがどこからともなく取り出した短剣をこちらに突き出してきていた。
だが、その速度はやはりあのゲラルドにすら到底届かない。
あくびが出るほどに遅い短剣を弾くと、そのまま喉元に双剣の片割れを突きつけた。
「――さあ、そろそろ本当のことを聞かせてもらおうか」




