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第14話 冒険者ダリオという男

「……去ったか」


 遠ざかる足音を確認しつつ、謎の男は扉から身体を離す。その後、未だに身体を強ばらせたままのこちらを見た。


 フードの下から出てきた顔は、少し気難しい印象を受ける。

 表情はあまり動くタイプではないのか、じっと無表情のままこちらに視線を向けてきている。


「で、アンタは何者なんだ?」


 あまりにも都合の良すぎるタイミングで差し伸べられた救いの手。

 さすがに警戒しないというわけにはいかない。


「ダリオ。冒険者だ」

「冒険者……」


 ……ますます動機がわからない。


 マリアを背に庇う位置に移動しつつ、腰に佩いた剣の柄へ手をかける。

 だが、そんな警戒態勢に興味を示すことなく、ダリオという男はローブを脱いで椅子に投げかけた。


「どうした、座らないのか?」


 首を傾げて、不思議そうな視線を向けてくる。


 なんというか、マイペースすぎるんじゃないか、この男……?


「お、おい。どこに行くんだ?」

「ん? 飯」

「へ?」

「腹、減ってるだろ」

「あ、いや、俺は別に……」


 と、その瞬間、背後から特大の鳴き声で訴えかけてくる誰かさんの腹の虫。


「あっ……す、すみません……」


 半目で振り向くと、マリアは顔を真っ赤にしてうつむいていた。


「待ってろ。すぐつくる」


 そう言って、ダリオはキッチンの方へと消えていく。


 取り残された俺たちは、しばらく無言で見つめ合った。


「……まあ、席、つきましょうか」

「……あ、うん」


 なんか、色々考えるだけ無駄な気がしてきた……。


「さあ、できたぞ」


 両手に皿を載せて戻ってきたダリオ。

 その皿を目の前まで差し出されたマリアは、今にもよだれを垂らしそうなほど、物欲しそうな顔をしてじっと固まった。


「食べないのか?」

「い、いえ、とても美味しそうで、食べたい……のですが……」


 言いにくそうに、マリアは横目でチラチラこちらを窺ってくる。

 すると、何か思い至ったのか、ダリオがマリアの目の前の料理を一口食べて見せた。


「毒は入っていない。気にせず食え」

「あ、では遠慮なく、いだたきますっ!」

「いや、そんな簡単に信じるなよ……」


 ちゃんと警戒しているのか、いないのか、何とも中途半端な警戒具合に、俺はため息をつくぐらいのことしかできなかった。




 食事を終えた頃、俺はひとつ尋ねた。


「ダリオって言ったか。あんたはどうして俺たちを助けた?」

「言う必要があるのか」

「それを聞けないと、易々と信用は出来ないからな」


 ぎろりと睨みつけるように、対面のダリオを見る。

 彼は表情を一切崩すことなく、涼しい顔でスープを啜っていた。


「そうか」


 しかし、無言。

 またもやスープを啜り始めた。


 ……って、そこは言う流れじゃないか!?


 なんとも言えない微妙な空気が流れた後、ようやくダリオが口を開いた。


「君」

「は、はい! わたくしですか!?」

「ああ。君、『灰の魔女』だろ? 手配犯の」

「「……っ!?」」


 二人同時に目を見開く。


「……知っててどうして匿ったんだ?」

「聞きたいのか」


 言いたくない。そんな空気を感じる。


 たしかに、マリアを罠に嵌めようと思えば、いくらでもその機会はあった。

 家に伏兵を潜ませておいたり、飯に薬を盛っておいたり……。


 だけど、ここで彼の理由を聞かなければ、きっと彼を信用しきれない。


 お人よしのマリアもそう感じたのか、一度こちらを見て、それからダリオに頭を下げた。


「お願いします。あなたを信じるために」


 マリアのまっすぐな瞳を見て、ダリオは少し目線を落とす。

 そして、表情をそのままに無言で立ち上がった。


「わかった」


 そのまま俺たちの隣を通り、部屋の奥へ。

 そして、奥の部屋に繋がっている扉に手をかけた後、こちらへ振り向いた。


「ついてきてくれ」


 短く口にして、扉を開く。


「見せたいものがある」


 その言葉を受けて、二人同時に立ち上がる。


 ダリオに促されるまま入った部屋には、一台のベッドと椅子だけ。

 そして、そのベッドを覗き込めば、ひとりの痩せこけた少女が目に飛び込んできた。


「エルマ。俺の妹だ」


 顔は土色。

 腕は細枝みたい。


 ……かろうじて生きてるって感じだな。


「難病だ。治せるのは王都の医者だけだそうだ」

「王都、ですか……」


 隣でマリアが重苦しい声でつぶやく。

 その反応を見るに、マリアもわかっているのだろう。


「――こんな国の端じゃ、王都の医者を呼ぶなんていくらかかるかわからない、か」


 そもそも、一般市民が医者にかかるなんて、そうそうできることじゃない。

 風邪程度なら、気軽に医者を呼ぶことすらできないのが普通だ。


 同じ町の医者を呼ぶだけでも一大事なのに、それが遠い王都の医者ともなれば、いくらかかることか……。


「なるほど。治療費を稼ぐために冒険者をやっているってことか」

「そうだ」


 彼が冒険者をやっている理由はわかった。

 だけど、それならなおさらわからない。


「マリアが手配されていることを知っているなら、警備兵にでも突き出せば、たんまりと懸賞金をもらえたんじゃないのか?」

「……っ!?」


 目をカッと開き、マリアが弾かれたように俺の方を向く。


 彼女には酷な話かもしれないが、実際、マリアには多額の懸賞金がかけられている。

 金に困っているなら、それに飛びついてもおかしくないはずだ。


「はじめはそうだった。あそこで出会ったのも、手配犯を探していたからだった」

「なら、ダリオさんはどうして……っ!?」


 けれど、ダリオは目を伏せて首を横に振った。


「嬢ちゃんを見て、思った。妹に似ていると、だから、助けた」

「妹さんに……?」


 言われて、二人の顔を見比べる。

 別にそれほど似ているようには見えない。


「顔は似ていない。懸命にまっすぐ前を見つめる目が、同じに見えた」


 きっと、妹のエルマは寝たきりになる以前、まっすぐな子だったんだろう。


 相変わらず、まったく表情は変わらない仏頂面。

 しかし、マリアを見るダリオの目は、優しさに溢れているように見えた。


「それが理由だ」


 それだけ言うと、またキッチンの方へと消えていく。


 残された俺たちは、ピクリともしないエルマの表情を見ながら、ただその場で立っていることしかできなかった。

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