第13話 差し伸べられた手
真夜中の逃走劇が幕を開けてしばらく、今は路地裏の壁に背中を預け、なんとか息を整えていた。
「はぁはぁ、まさか警備がここまで厳重になっているなんて……」
舌打ちをして拳を握り、苛立ちを壁にぶつける。
この身体は魔力で動かしているから、心肺機能による疲労や限界はない。
だけど、一度に多量の魔力を使ったことで、脳の演算領域に莫大な負荷がかかってしまっている。
そのせいで、こうして休憩に足を止めなければならなくなっていた。
それに、問題はそれだけではない。
「ぜぇ……はぁ……っ!」
隣に目を向けると、肩で息をして、壁に手をつくマリアの姿が目に入ってくる。
マリアは恩恵も持たないただの人間だ。
それに王女だ。あまり身体を鍛えるようなことはしてきていないだろう。
彼女のそんなひ弱な身体じゃ、これで限界。
これ以上は……――。
『きたよ!』
『さん! よん! ごにん!』
精霊の声に弾かれたように顔を上げる。
「いたぞ! こっちだっ!」
「……もうちょっと休ませてくれないかな、ほんと」
悪態をつきつつ、マリアを背に庇うように立ち位置を調整。
そのまま脳への負荷を頭痛として感じながら、俺は双剣を喚び出して音を立ててやってくる騎士風の集団に向き直る。
「貴様らだな、手配犯の可能性がある不審者というのは」
「さあ、なんのことやら……っと!」
警備兵たちが剣を抜くのと同時、挨拶代わりの双剣を先頭の男に叩き込む。
「まずは、一人……!」
精霊たちの情報に寄れば、全員で五人。
そのすべての立ち位置を一瞬視線を動かすだけで把握し、次の瞬間にはすでに駆け出していた。
「次、二人……三人……っ!」
鎧の継ぎ目になる部分から刃を滑り込ませ、続けざまに二人を斬る。
残るは二人。
しかし、そこで予想外の妨害が来た。
「なっ……!?」
倒れ込んだ警備兵のひとりが、最後の抵抗とばかりに俺の足首を掴んだのだ。
当然、足を取られれば自由に動けなくなり……。
「はぁ! 覚悟ぉ……ッ!」
「チィッ……!」
慌ててまとわりついた手を振り払う。
だが、正面から振り下ろされた剣の方が、わずかに速い。
そして、その刃が俺の左腕を断ち切った。
「あっ、レオンさん……!?」
背後からうろたえるマリアの声が聞こえてくる。
「ふんっ、抵抗するから痛い目をみることになるのだ」
警備兵は抜き身の剣を手にしたまま、ゆっくりと俺たちの方へ迫り、最後通告を発した。
「――投降しろ。これ以上痛い目をみたくなければな。そうすれば命まではとらないことを約束しよう」
男の向ける切っ先をじっと見据え、俺は一度鼻を鳴らす。
「……くだらない」
「なに……?」
それで譲歩のつもりなんだろうか。
だとしたら、あまりにもセンスがなさすぎる。
「腕の一本を落としたぐらいで、もう勝ったつもりか?」
しかし、その言葉を強がりと捉えたのか、警備兵は二人揃って嘲るような笑みを浮かべた。
「ハハッ、腕を一本失って、いったい何ができるって……――ん?」
一瞬、男のひとりが怪訝そうに眉をひそめる。
「……なんだ、その腕は? 血が出ていない? どういうことだ……」
この身体に血液は一滴たりとも流れていない。
だから、腕を落としたとしても血が流れ、失血死することもない。
けれど、そんなことを知らない男たちは、警戒しつつも、それでも自分たちの優位は揺るぎないと剣の柄を握りなおした。
「こっちも任務なんでな。――恨んでくれるなよッ!!」
ひとりは右から、もうひとりは左から。
同時に剣を振り下ろしながら突進してくる男たちを見ても、慌てて動くようなことはしない。
だが、それは決して諦めているからではない。
「あ、危な……っ!?」
背後から焦りを滲ませる声が飛んでくる。
それと同時に、俺は腕を振るった。肘から先を失ったはずの左の腕を。
「いったい何を……ぐ――ッ!?」
苦悶の声を上げて振り向いた男が見たのは、斬り落としたはずの左腕。
それがまるで意思を持ったかのように双剣の片割れを握りしめながら、自分の腹部を刺し貫いている様だった。
「貴様、何をしたぁ……ッ!?」
もうひとりが振り下ろす剣を空いた右手で捌きながら、口元に笑みをつくる。
すると、直後、男の背後めがけて、浮遊する左手からの一閃が飛んでくる。
「チッ……!!」
舌打ち。そして、男は背後の左手へ向けて剣を振るう。
だが、それこそが俺の狙っていたこと。
「しまっ――!?」
気づいたところで遅い。
あとはこちらへ背を向けた男に、ただ右手に握った剣を軽く振るうだけで幕を閉じた。
「悪かったな。俺の身体は特別製なんだ」
戻ってきた左腕を嵌めなおしながら、振り返る。
すると、マリアは目を丸くしてその場にへたり込んでいた。
「う、腕は斬り落とされたはずでは……」
「ああ、これ?」
袖口を捲り、左腕を肘のあたりまで露出させる。
この身体は言うなればただの人形。
だから、肘や膝などの関節部分はボールのようになっており、自分の意思で着脱ができるのだ。
あとはそれを薄く伸ばした魔力の糸で遠隔操作してやれば、ひとりでに動く腕の完成というわけだ。
それを説明すると、マリアはさらに首を傾げていた。
「え、つまりレオンさんは人間では、ないのですか……?」
「まあ、色々あって人間の身体を失って、人形の身体をもらった……みたいな?」
「な、なるほど……?」
自分のことながら、絶妙に説明が難しい……。
二人とも首を傾げて立ち止まっていると、不意に近づいてくる足音が聞こえてきた。
「っと、こんなことしてる場合じゃなかった。行こう、マリア」
「は、はいっ!」
もう一度、揃ってフードを目深にかぶりなおすと、マリアの手を引いて走り出した。
それからは大規模な衝突こそないものの、小競り合いのような衝突が起こっては、別の脱出口を探して移動することを繰り返していた。
「チッ、存外しつこいな……っ!」
悪態をつきつつ、追手に立ち上がれない程度の深手を負わせてゆく。
「ぐっ……!」
「レオンさん! もう別の追手が……っ!」
別に警備兵ひとりひとりは決して強いわけでも、手こずるような相手でもない。
だけど、今俺たちは確実に追い詰められていた。
……殺すつもりでいけばもっと手早く終わるんだけどな。
死なない程度の深手を負わせるにとどめている理由は簡単。
マリアがそう望んだからだ。
『ここでわたくしたちと同じく、ただの巻き込まれた兵たちにまで手にかけてしまえば、わたくしは胸を張って皆が平等な国を実現すると言えなくなります』
なんて清々しいほどの綺麗ごとだ。
だが、その純粋すぎる理想でつくられた国を見てみたいと、俺はそう思ってしまった。
「だから、こんなところで諦めるわけにいかないんだよな……!」
自らを奮い立たせるように声に力を籠めると、さらに路地の奥へと駆け抜けていく。
もうマリアは限界だろう。
息も絶え絶えで、一度でも立ち止まってしまえば、もう二度と走り出せないほどに疲れ切っている。
かくいう俺も魔力の使い過ぎで、意識を保っているのがやっとな状態だ。
これ以上の逃避行は難しい。
『門のほう! ひとがもっとふえたよ!』
『ちかづいてくる、こっちに! ごにん……じゅうにん……うーん、いっぱい!!』
精霊たちがリアルタイムの状況を教えてくれる。
だけど、どれも絶望的な状況を伝えるものばかり。
おそらく、あと一時間もすれば完全に位置が特定されて、たちまち包囲されてしまうだろう。
それまでに安全な脱出口を見つけられる可能性は――。
「……ないに等しい、な」
諦めの感情が胸に湧いてきた頃、路地の奥に誰かが立っていることに気づいて、慌てて足を止める。
「誰だ……?」
見たところ、目の前の男は警備兵ではない。
こちらと同じくぼろいフードつきのローブを目深にかぶり、じっとこちらを見据えている。
「……ついてこい」
「お前は誰で、どこへ行くんだ? 答えろ」
「それに答えるのは構わないが――」
そこで言葉を切り、俺たちの背後を指さす。
『たいへん! もうすぐそこ! いっぱい!』
兵がもうそこまで迫っている。
たしかに、ここでゆっくり話している時間はないか……。
「ついてこい。捕まりたくなければ」
短く告げて、男は先導するようにして走り出す。
一瞬、マリアに目配せをする。
すると、彼女も警戒した表情をしつつも、ただ一度しっかりと首を縦に振った。
それを合図に走り出す。
「――ここだ」
方向感覚がなくなるほどに曲がりくねった路地を進んだ先で、男が立ち止まったのは一枚の扉の前だった。
「さあ、中へ」
促されるまま、俺たちは扉の先へ。
すると、そこは何の変哲もない、ただの民家だった。




