第11話 わたくしの望み side.マリア
目を覚ましたのは、安宿の一室。
ベッドは一人用。ほこりっぽいし、壁や天井にはシミだらけ。中には刃物で削れた跡なんかもある。
「ここは、いったい……?」
まだよく頭が回らない中、部屋の中を見渡す。
すると、椅子に座ってこちらを見るひとりの男性と目が合った。
「ああ、目が覚めたか」
感情の読み取れない、不思議な瞳。
その彼は、わたくしをじっと無言で見据えたまま、こちらの言葉を待っているようだった。
「あの、ここは……?」
「ん、俺のとっている安宿さ。さすがに道端に放っておくわけにもいかなかったしね」
「……そういえば、追手は?」
警戒しつつ、問いかける。
すると、彼はなんでもなかったことのように軽い調子で答えた。
「全員、きっちり眠ってもらったよ、固い床の上で」
まさか、あの数の追手をすべて……!?
「さて、次はこっちから質問してもいいかな?」
その言葉に喉を鳴らす。
「どうして、あんな物騒な連中に追いかけられていたんだ?」
「それは……」
言えない。
何せ、胸のうちを打ち明けられるほど、この人を信用していいのかわからない。
もしかしたら、追手の連中と繋がっていて、これもわたくしを『あの人』に差し出すための企みなのかもしれない。
だからわたくしは、何も言葉を発せなかった。
「って、まあ言いたくないかぁ……」
困ったように頭を掻く彼を見て、少しだけ心が痛む。
しばらく、無言の時間が続く。
すると、ようやく彼の方から口を開いた。
「ああ、そうだ。そういえば、こっちの自己紹介がまだだったか」
忘れていたな、と苦笑交じりに立ち上がった。
「俺はレオン。レオン・エッジワース。今の肩書きは一応、冒険者かな?」
よろしく、と言いながら彼はこちらに手を差し出してくる。
「え、ええっと……」
戸惑いつつ、わたくしも弱々しく握り返す。
だけど、彼のまっすぐな瞳から逃げるように目を逸らして、そのまま視線を合わせられなかった。
結局、その後レオンさんはわたくしの名すら尋ねることなく、「食事を買ってくる」と言って部屋を出ていった。
「……不思議な人」
わたくしが誰だとか、どうして追手をかけられているのだとか、そういったことを一切聞かない。
だけど、追手はすべて追い返して、わたくしを匿ってくれている。
……本当に、何者なんでしょう?
「でも、悪い人ではないの、でしょうか……?」
わからない。
けれど、彼が本当にわたくしを騙そうとする悪人なら、今頃、わたくしはこうして落ち着いてベッドに寝てはいられなかっただろう。
「あの人になら、もしかしたら――」
わたくしのつぶやきと同時、扉の開く音が来た。
一瞬身構えるが、すぐにレオンさんの顔を見て身体の力を抜く。
彼は帰ってきてからも何も言わない。何も聞かない。
ただ、ずっと無言を貫いている。
「もう、なにも聞かないのですか?」
つい、そんな言葉が口をついて出てくる。
しかし、彼は目を丸くして首を傾げるだけだった。
「だって、話したくないんだろう? なら、別に無理に聞き出す気はないさ」
そう言って背を向ける彼に、一瞬、言葉を失う。
……きっと聞きたいことはいくつもあるはずなのに、どうしてこれ以上踏み込んでこないのでしょう?
わからない。
わからないけど……――。
「……本当に、不思議な人なのですね、あなたは」
短く笑って、ベッドからそっと足を下ろす。
そして、彼の目の前に立った。
「名乗りが遅れて、申し訳ございません」
頭を下げ、その瞳をまっすぐ見つめ返す。
「わたくしはマリア。マリア・フォン・エアハートと申します。肩書きは、そうですね……」
一瞬、言葉に詰まる。
しかし、彼を信じてその先を口にした。
「――この国、ナイトレイ王国の第二王女。または『灰の魔女』と呼ばれる者です」
もっと驚くかと思ったけれど、彼は一瞬目を見開いただけだった。
「その反応、最初から気づいていたのですね……」
「まあ、薄々ね」
おそらく、この髪色が原因なのでしょう。
今のナイトレイ王国で、この灰の髪は目立ちすぎる……。
髪先に触れて、少し声のトーンを落とす。
「……少し、わたくしのお話を聞いていただけますか?」
そうして、わたくしはここに至るまでの出来事をゆっくりと語り始めた。
◇ ◆ ◆ ◇
わたくしはナイトレイ王国の第二王女にして、王位継承権第五位。
上にはお兄様が三人とお姉様が一人いる。
家族は皆、王族としてふさわしい強大な恩恵を授かっている。
「ですが、わたくしは……わたくしだけが、無恩恵者なのです」
だからだろう。
ずっと家族や周囲の人間から疎まれ、いないものとして扱われてきた。
それでも、わたくしは王宮の隅でひっそりと誰にも迷惑をかけないように過ごしていた。
だけど、そんな生活もある日を境に一変した。
「マリア、お前を非道な人体実験を行った罪で拘束する」
それが第一王子から告げられた言葉だ。
それからすぐに投獄され、あとはずっとありもしない罪を自白しろと強要され続ける日々。
しかし、なんとか王宮内の協力者の手を借りて、脱出できたのだ。
「……正直、あと数日遅ければ心は壊れていたでしょうね」
あの日々を思い出すと、今でも身体の震えが止まらなくなる。
身に覚えのないことをずっと「白状しろ」と言われ続け、恩恵を授かれなかったからと関係のない中傷を受け、ずっと薄暗く冷たい牢の中に押し込められていた、あの日々。
もう二度と、あんな場所に戻りたくはない。
絶対に……。
◇ ◆ ◆ ◇
すべてを話し終えたわたくしは、レオンさんの瞳をじっと見据えた。
「レオンさん、これがわたくしの追われている事情です」
何か聞きたいことがあるか、と問うように、じっと無言で彼の返答を待つ。
すると、少ししてから彼はゆっくりと口を開いた。
「ひとつ、聞かせてほしい」
「はい」
「君は、追手から逃れて、何をするつもりなんだ?」
その問いに、少し戸惑う。
しかし、すぐに気を取り直して、わたくしなりの答えを返した。
「――わたくしは、恩恵にすべてを左右されるこの世界を変えたいのです」
ぐっと拳を握り、レオンさんへまっすぐな視線を向ける。
「誰も悲しまない国をつくりたい。誰も差別されない国をつくりたい。そして……皆が真に平等に暮らせる国をつくりたい」
だから、と握り込んだ拳に視線を落とし、それから窓の外を見つめた。
「……わたくしは、捕まるわけにいかないのです」




