崩壊
俺がこの世界に来てどれくらいが経ったのだろうか? いつから数えるのをやめたのだろうか? もう昔のこと過ぎて何も思い出すことはできない。一つだけ言えることがあるとすれば俺は強くなったことだろうか? でも何のために修行をしていたのかも思い出せない。日々の修行だけはなぜか欠かさずに続けている。
確かこの世界は1万年続くんだったっけかな……もう嫌だ、この孤独に耐えられない。いつまでこんな修行を続ければいいんだ? 今の俺は人類では到底到達不可能なほどの力を手に入れている。修行も毎日腕立て1万回、腹筋一万回、ランニング5千キロを軽々こなしている。とっくの昔に人間はやめてしまっているのだ。これ以上どうして強くなる必要があるんだ? そうだよ、もう修行なんてやめよう。これからは、毎日寝て過ごすんだ。既に精神に以上をきたしてしまっているが、今ならまだ何とかなるかもしれない。これ以上の精神崩壊はこの世界から出ても生活が困難なレベルになってしまう。
俺は心を守るために、少しでも現実から意識を遠ざけることにした。もう手遅れかもしれないが、何もせず、このまま修行をしていくのが一番危ないだろう。決して考えなしに寝る訳ではない。永遠にも感じられるほどの時間を修行などという意味のわからない行為に費やしてしまって飽きてしまっただけだ。もうやってられない。
「はあ、死にたい。俺は一体何のために生きているんだ? そろそろ1万年経ってもいいんじゃないか? 孤独なことがこんなにもつらいなんて……」
朝目が覚めるたびに死にたいという気持ちに襲われる。なんで俺は生きているんだろう? 何のために生きているんだろう? この世界には俺が死んだところで悲しんでくれる人すらいないというのに……。
気分が落ち込んだまま一日中過ごす。特に何をするということもない。ぼぉっと、一日がすぎるのを待つ。慣れというものは恐ろしいもので今では一日が数分のように感じている。無意味に過ごす日々に嫌気が差して、死にたくなるなんて日常茶飯事だ。なんで俺は1万年もこの世界に閉じ込められなくちゃいけないんだ? 修行なんて100年もあれば十分すぎるほどに強くなることができていたはずだ。でも俺はまだ死ぬわけには行かない。この世界で過ごした時間を本当に無意味なものにするわけには行かないんだ。ここで死んだら、俺はただ無意味に苦しみつづけただけの愚か者になってしまう。意地でも生き抜くんだ!!
「もう十分すぎるほど頑張ったよな。そろそろ楽になってもいいんじゃないだろうか?」
終わることのない孤独の中俺は、真に限界へと近づいていた。
思考がまとまらない。何かを考えることすらできない。自分という存在がぼやけてくるような感覚に日々さいなまれている。
「いつから飯食ってないんだっけか? もう腹も減らねぇよ、くそが」
老化が起きないということは飯を食べてエネルギーを接種する必要がないことなのだと、昔の俺は気が付いてしまったのだ。それでもずっと飯だけは欠かさずに食べていたが、ここ100年は何も口にしていないし、水も飲んでいない。この状態でも死なない俺はなんなんだろうか? もう人ではない何かへと変貌してしまっているんじゃないだろうか?
「起き上がる気にもならない。いっそ目が覚めずに1万年経てばどんなに楽だったろうか?」
布団から起きることもなくなり、一日のすべての時間を布団の上で過ごすようになっていた。
「よし、明日死のう。決めた。ほんとの本当に明日こそは……」
むなしくなり涙が流れる。
このセリフも何回繰り返したのかわからないほどに繰り返し続けていた。
自分で命を断つ覚悟もない、そんな俺を誰か殺してくれないだろうか? ずっとそんなことを願っている。
「は、ははははーー!!」
笑いが止まらない。こんな惨めな生活をしている自分自身のことを考えるだけでもいくらでも心の奥底からあふれ出してくる。
「うっ? なんだ?」
俺の目の前、空中に眩い光が集中していく。
「ついに俺を殺してくれるのか、神様!! お願いだ、早くやってくれ!!」
そこから、一人の少女が現れた。
「ああ、なんてことになってるんでしょうか? 一般人であるヘイトさんに1万年なんて膨大な時間は耐えられるはずもないのに、これも私の落ち度ですね」
つぶやくように、少女は俺に話しかけてきた。
「ヘイト? もしかして俺のことか?」
「はい、ヘイトは貴方の名前です。今日、この時間をもちまして1万年が経ちました。本当によく頑張りました。知恵熱で死んで天界に現れたのを覚えていませんか?」
知恵熱? 天界? うっ、頭が痛い。
何かを思い出そうとしているのか頭が激しく痛む。これはまずい。体が熱い、まるで熱があるみたいだ。
「焦らくても大丈夫ですよ。また知恵熱で死ぬつもりですか? 私が1万年間で起きたことのすべてを説明しましょう。本当はこのまま異世界へと飛ばされる予定でしたが、特例措置として一度天界を経由することが認められています。私と一緒に行きましょう」
そういうと、俺の体を光が包み込み、熱で朦朧としていた意識が消えた。