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最初、彼女が発した言葉の意味がよくわからなかった。
「合格されてたんですか?」
「えっ?」
彼女が言ってるのはなんのことなのだろう。
混乱しながらも、とにかく到着した電車に乗り込んだ。
初めて同じ車両の同じドアから電車に乗る。
「○大の推薦入試、受けてましたよね?」
「えっ」
二度も同じ言葉しか出てこないというとんだ間抜けな大失態。
でも実際頭の中は大混乱で
どうして彼女がそれを知ってるのか、わけがわからなかった。
「あれ?わたしたちあの日大学ですれ違ったんですけど、
もしかして気づいてなかったですか?」
「えっ」
三度目も「えっ」しか出てこない。驚きすぎて。
驚きすぎて会話にならない僕のことをあきらめたのか彼女は一方的に話し続ける。
「わたし、春からあの学科に進むことになりました。
もしかしたら一緒なのかなって思ってました」
同じ大学、同じ学科。
想定外すぎて思考回路が追いつかない。
でも、大学ですれ違って僕を認識してくれてたってことは
ここでの僕の存在に気づいていたってことなのか。
4月からずっと、僕はどれだけの時間を無駄にしてしまったのだろう。
僕にちょっとの勇気があれば、季節が移り変わっていったこの1年弱の通学を、
本の話をして音楽の話をして、一緒に過ごせたかもしれないのに。
そう思いながらあの石に触れようとポケットに手を突っ込む。
無駄にしてしまった時をとり戻せるものなら、
戻してしまいたいという考えがちらっと過る。
そして、思いかえす。
4月の桜、5月の風、6月の雨……
いろんな想いを抱えて味わったこの駅のプラットホームでの時間ほど
大事な思い出なんて、そうそうないんじゃないか。
縮まらない距離があったことで感情が強く揺さぶられ、
だからこそ、濃密でかけがえのない時間が持てたんじゃないか。
何もなかったなんてことはけしてなく。
ポケットをさぐっても、なぜかあの石はどこにもなかった。
「ほら、見て」
揺れる電車の中、彼女が視線で僕をいざなう。
その先には、朝に残る月。
今、僕たちは隣で、同じ朝の月を見ている。