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帰りの電車では彼女と会ったことがない。
実は時間を少しずらしてみたことがあるが、同じ電車にはならなかった。
その日の電車はやや混んでいて、一人の老人が乗り込んで来た時、
席はドア付近の風が吹き込む一席しか空きがなかった。
老人は大きな紙袋二つと小さな紙袋一つ、
そして肩掛けの皮のバッグという大荷物でそこに腰掛けようとしたが
あまりの狭さに紙袋をなんとか網棚にあげ、そしてようやく腰をおろした。
次の駅で乗客の多くが降り、随分席が空いたためか、
その老人はその席から車両中程の四人がけの席に移っていった。
ところが、網棚に小さい紙袋が一つ残されていた。
誰かが声をかけるだろうと思っていたが、誰も気に留めていないようで、
迷ったが僕はその紙袋を取って、老人の座った座席に持っていった。
彼は目を閉じていて眠っているかのようで、やむなく声をかけた。
「あの、これお忘れではないですか」
老人は目を開けて、僕と紙袋とを代わる代わる見つめた。
「ありがとう、ありがとう。すごく大事なものなので、助かりました。ご親切にありがとう。」
「いえ、気づいたので。よかったです」
僕は会話もそこそこに立ち去ろうとしたが、老人は僕を引き止めた。
「よければ座りなさい。手相をみてやろう。高校生かね」
とっさにうまく断るのが下手な僕には選択肢がなかった。
老人は僕の手のひらをまじまじと眺め、一度手を閉じるようにいい、
そしてまた開かせ、手のひらの皺をなぞって、目を閉じて言った。
「迷いがあるね。四六時中心を占める考え事に支配されている。
若いからやむを得ないだろう。ただ、その迷いは……」
老人の言葉を聞いているとなぜか猛烈な眠気に襲われていく。
これは現実なのか、夢なのかわからなくなるほどの。
「お礼にとても貴重なものをやろう。
この石を強く握って、戻りたい時間に戻れるように念じなさい。
願いは叶い、その時間に……」
僕はかなりの時間そのまま眠ってしまっていたようで、
随分と乗り過ごしてしまっていた。
手の中に、鈍く光る青い石を握ったまま。