エピローグ(ミルデリアの決意)
王妃マリエリティが倒れたというのだ。
王妃だけではない。
ディアス王太子も病の床に臥せっていると言う。
王都では悪い病気が流行っていて、床についている人が多く、中には亡くなる人もいるとの事。
ミルデリアは居ても立ってもいられなくなった。
マリエリティ王妃である自分の母、そして、ディアス王太子殿下、二人にもう会えなくなるかもしれない。
そんなの嫌っーーー。
父と母が止めるのも聞かず、ミルデリアは王都へ馬車で向かった。
王都の入り口で馬車から降ろして貰い、王宮へと向かう。
どうか、生きていて…二人ともお願いだから…
伯爵領へ戻っても、マリエリティ王妃の事、ディアス王太子殿下の事が頭から離れなかった。
足が痛い。靴のかかとが取れてしまった。それでも…二人に会いたい。
王宮へ向かい、やっと宮殿の門へたどり着く。門番へ訴える。
「私はマリエリティ王妃の娘、ミルデリア・ユーリテクス伯爵令嬢よ。お願いだから、王妃様に、ディアス王太子殿下に会わせて。」
門番にしばらく待つように言われ、待っていると、戻って来た門番から言われた言葉。
「王妃様も王太子殿下も会われないとの事です。」
「何故っ?ミルデリアが会いに来たって伝えてくださったの?」
「病は伝染病。早くこの王都を出るようにと。お嬢さん、王妃様と王太子殿下は貴方に病をうつしたくはないのでしょう。」
何で、何で???何で私は伯爵領に帰ったのだろう。
もっと、マリエリティ王妃に甘えておくのだった。
ディアス王太子殿下の事だって…
私はディアス様の事が好き。
やっと気が付いたの…
母への反発から、ツレナイ態度を取ってしまったけれども、ディアス王太子殿下の事が好き。
会いたい…二人に会いたい。
ミルデリアは門の前で泣き崩れた。
後悔しかない…
思い出すのはディアス皇太子殿下の優しさ。
学園で孤立する自分を気遣って一緒に昼食を取ってくれた。
再会した時は、兄のような感覚でしかなかったけれども。
愛を告白された時、戸惑いしかなかった。
王太子妃になったら、あの嫌いだった母と暮らさねばならない。
でも…
母だって辛かったのだ。
国王陛下の求愛を断る事は出来なかったのだから。
母の事が無かったとして…私は…
ディアス様の事を…
茨の道が待っているであろう。
でも、私の手をあの方が取って下さるのなら、どんな苦労も受けたいと思える。
それ程までに、私はディアス様の事が好きなのだ。
毎日通おう。王宮の門へ。
お二人が治るように毎日願おう。神様に。
もし、神様がいて、二人に再び会う事が叶うのなら、私は…
ディアス王太子殿下の求婚を受けよう。
そして、この国の王妃になろう。
王都で宿を取り、毎日のように王宮の門へ通った。
そして、マリエリティ王妃とディアス王太子殿下の回復を祈った。
幸いな事にミルデリアは病にかかる事も無く、
ある日の事である。門番にミルデリアは言われたのだ。
「王妃様とディアス王太子殿下が回復なされた。貴方にお会いしたいそうだ。」
「おおっ。神様。有難うございます。」
ミルデリアは王宮の中へ通された。
テラスの椅子に、やつれた様子のマリエリティ王妃と、ディアス王太子殿下が座っていて、
ミルデリアが近づくと、ディアス王太子が立ち上がり、その身をぎゅっと抱きしめてくれた。
「毎日、王宮の門に来てくれたんだってな。嬉しかった。でも同時に心配だった。
君も病にかからないかと…」
「私は運よくかかりませんでしたわ。」
マリエリティ王妃がミルデリアに声をかける。
「わたくしも心配していたのよ。なんて無茶を…」
「お母様…」
ミルデリアはマリエリティ王妃にも抱き着く。
王妃は髪を優しく撫でてくれた。
「ミルデリア…」
「私…王妃になりますっ…ずっと、お母様とディアス王太子殿下の事が心から離れなかった。私、王妃になりたい。どうか色々と教えて下さい。」
「ああ、なんて嬉しい。我が娘が王妃を望んでくれた。」
ディアス王太子も喜んで。
「もう一度、抱き締めさせてくれ。ミルデリア。」
「ディアス様。」
ディアス王太子の腕にもう一度、抱き締められるミルデリア。
「私、貴方の事が…好き。」
「私もだ。愛している。ミルデリア。」
ミルデリアは神様に感謝をした。
そして、決意をした。
この国の王妃になる為に、私は努力をするわ。愛する二人の為に。
それから、しばらくして、ミルデリアはディアス王太子殿下の婚約者として発表された。
伯爵令嬢がディアス王太子の婚約者になったのだ。
当然、反発もある。
マリエリティ王妃の娘であると言うではないか。
王妃の横暴だとか、貴族達は皆、反対した。
「伯爵令嬢が王妃だと?ふさわしくないのではないのか?」
「教養はあるのか?この女は。」
「我々は反対しますぞ。」
マリエリティ王妃はきっぱりと言い切る。
「それならば、後、二年猶予を貰いたい。わたくしとて、伯爵家の出。ミルデリアが王妃にふさわしいか、王妃教育を二年かけて行いたいと思う。その上でお前達に判断して貰いたい。」
国王陛下も貴族達に向かって言い切る。
「王妃の言う通りだ。二年後のミルデリアの姿を見て判断して欲しい。」
宣言されてしまった。
二年の猶予しかない。
ミルデリアは王宮へこもりきりになり、二年間かけて、王妃教育を受ける事になった。
マリエリティ王妃と、ディアス王太子、そして優秀な教育係達の元、寝る時間も削って、
必死に覚えるミルデリア。マナーから、王家に必要な知識等、必死に覚えた。
二人の励ましが無かったら、とっくに心は折れていただろう。
与えられなかった母としての愛情。
マリエリティ王妃は教育の合間を見て、母としての愛情を与えてくれた。
時には抱き締めて、時には互いの時間を埋めるように、食事の時間、お互いの事を沢山話した。
ディアス王太子とも、庭を散策して、色々と話をした。
「王妃教育は大変だが、ミルデリアはよく頑張ってくれている。
そして、私は謝りたい。」
「何をです?」
「王立学園で、もっと君の事を守ってあげられなかったのかと…
久しぶりにミルデリアに会えて嬉しかった。だから…私が原因で君が学園で孤立していたのを、もっと気遣ってやればよかったと…今になって反省しているのだ。」
ディアス王太子の手をそっと握り締めて。
「いいのです。わたくし今は、ディアス様と共に過ごせてとても嬉しいのですから。
過ぎた事はもう、何も言わないで下さいませ。」
「有難う。ミルデリア。」
抱き寄せられて、ディアス王太子と口づけを交わす。
もう…過ぎた事…今は、王妃にふさわしい女性にならなくては。
そして、貴族達に認めて貰うのだ。
二年が経ち、ミルデリアはマナーも、教養も未来の王妃にふさわしい完璧な物になった。
王宮の夜会に、ディアス王太子に手を引かれて現れるミルデリア。
美しき金の髪をアップにし、赤のドレスを着るミルデリアはまるで、大輪の薔薇のようだった。
小さなミルデリアが大きく見える。
あまりの気品に、文句を言っていた貴族達も黙らざる得ない。
以前、ミルデリアを虐めていた三人の公爵令嬢。
王妃の娘を害していたとして、謹慎を命じられていたのだが、この頃にはすっかり解けて、社交界にも顔を出すようになっていた。
だが、どこの貴族令息達も彼女達と婚姻を望む者はいない。
皆、王妃が怖いのだ。
三人の令嬢達。ユリアーネ・ハレスティ公爵令嬢、マリー・カリステロ公爵令嬢、ミリアーナ・エストロッテ公爵令嬢はミルデリアを見つけると急いで近づいて来て。
「ミルデリア様。どうか王妃様におとりなしを。」
「わたくし達、反省しているのです。でも、王妃様が恐ろしくて誰もわたくし達と結婚を望んでくれない。」
「お願いですから。ミルデリア様。」
ミルデリアはディアス王太子にエスコートされながら、毅然とした態度で微笑んで、
「わたくしにはどうする事も出来ませんわ。わたくしは、ディアス王太子殿下の婚約者でしかありませんもの。」
公爵令嬢達は怒り出して、
「そもそも、貴方が王妃様の娘だなんて言わないのがいけないのよ。」
「そうよ。手練手管を駆使してディアス様を垂らし込んだのね。」
「わたくし達は公爵令嬢なのよ。少しは気を使いなさいよ。」
ディアス皇太子が令嬢達に向かって、
「お前達こそ無礼だ。現王妃の娘であり、私の婚約者であるミルデリアに向かって。」
ミルデリアはディアス王太子の方を向いてにこやかに、
「わたくしを敵に回して覚悟があるという事でしょう。この方達は。先々、楽しみだわ。」
三人の公爵令嬢の方へ視線を向け、にっこりと微笑めば、公爵令嬢達は真っ青になって、
「申し訳ございませんでした。ミルデリア様っーー。」
「どうかお許しをっ。」
「御無礼の数々、申し訳ないですっ。」
ディアス王太子が、合図をすれば、三人は王宮の警備兵に連れ出された。
外国の客も来ているのだ。
みっともない所を見せる訳にはいかない。
「あれでも公爵令嬢か?まったく国の恥さらしだな。」
ディアス王太子が呆れたようにため息をつく。
「そうですわね。」
同意しながらも、ミルデリアは、ぎゃぁぎゃぁ叫んで連れ出される三人を見て思った。
もう、わたくしは負けはしない。
どんな敵が来ようとも、未来の王妃として毅然とした態度を貫いて見せるわ。
他の貴族達も、三人の公爵令嬢達の事を噂する。
ますます、あの令嬢達は他の家からの婚約話から遠のくであろう。
夜会に来ていた外国の客人達が二人に話しかけて来る。
ディアス王太子もミルデリアも流暢な客人の国の言葉で対応する。
「なんて素晴らしい。王太子殿下の婚約者殿も我が国の言葉を話せるとは。」
「それに美しい。ディアス王太子殿下は良き女性を婚約者に選びましたな。」
口々に褒め称えられた。
ミルデリアはほっとする。
皆に、認めて貰えた。
やっとこれで、ディアス王太子殿下と結婚出来る。
ディアス王太子がミルデリアの手を取り、
「ダンスを踊ろう。ミルデリア。」
「はい。ディアス様。」
二人でダンスを踊る。
大輪の薔薇が咲き誇る。
それを見守る母、マリエリティ王妃。
この二年間、沢山の愛情を与えて下さり有難うございます。
お母様。
そして、ディアス様。
わたくしは貴方にふさわしい王妃になる為に、これからも精進致しますわ。
愛しております。
貴方の事…永遠に愛しております…
それから、すぐに、ディアス王太子と結婚をし王太子妃になったミルデリア。
精力的に王太子妃の仕事をこなし、あまりの優秀さに王太子妃にふさわしいと、貴族達は誰も文句を言わなくなった。
二人は仲睦まじく次々と五人の可愛い王子や王女達に恵まれ、マリエリティ王妃を喜ばせた。
ディアス王太子が国王になると、王妃になった。
ミルデリアはディアス王太子を助けて数々の偉業を行い、優秀な王妃として、歴史に名を残した。
彼女は生涯、努力を怠らず、王妃として精進し、勉学に励み続けたと言われている。