10-27 建速勇人(15)
師行なら、あれとどう戦うか。そう考えたのは一瞬だった。
南部師行は、もういない。そして師行は師行で、自分は自分だ。
また、小夜と高師直の戦いが乱戦の形に近くなった。それを待っていたかのように、五辻宮が駆け出す。
ただ正面からぶつかり合えば、負ける。押し包んでもどこかを突き破られるだろう。
騎馬隊を出来る限り小さくまとめ、五辻宮の前に出た。
ぶつかる直前に、また騎馬隊を二つに分ける。今度は左右ではなく、前後に、だった。
忍び達は一段目に、勇人自身は、二段目の先頭に位置した。
一段目は先程と同じように二つに分かれる事でぶつかり合いを避ける。そしてそのまま二段目が敵とぶつかる。
敵の先頭の十一騎。それが一匹の獣のようなどう猛さで、ほとんど勇人一人に襲い掛かって来た。
凄まじい圧力だった。どの斬撃を受けた所で、次の斬撃が来る。
勇人は何も考えず、中央にいる五辻宮だけを見た。
「随分と、腕を上げた事だな」
五辻宮。馳せ違う。
自分を向かって放たれた斬撃の内、四つはかわした。残りは、周りの旗本達が代わりに受けたようだ。
その内の半分は、受け切れずに斬られている。
そして勇人の剣は五辻宮に届いていない。
馳せ違った所で、五辻宮は方向を横に変え、こちらの騎馬隊を突き破ると離脱した。
反転した一段目の騎馬隊が、戻って来ている。
やはり五辻宮は、背後を突かれる事を警戒したようだ。
「惜しい」
合流してきた左近が、呟いた。
惜しかったのか。あのまま、もうわずかにでもぶつかり合いを続けていれば、自分は死んでいたのではないか。
考えるのはやめた。あるのは自分も五辻宮もまだ生きていると言う結果だけだ。
こちらを突破した五辻宮の騎馬隊はそのまま乱戦中の小夜と高師直の戦いに向かっていく。
先頭の十騎を別とした全体の騎馬の質では、それほど差はない。むしろこちらがやや勝っている。
それでも追い切れないのは、自分が正面からぶつかる事を躊躇って、判断に遅れが出ているからだろう。
つまり、気圧されているのだ。
また騎馬隊を分けて高師直を翻弄している小夜の側面を五辻宮が突こうとしている。
ぎりぎりで間に合わない。そう思った時、和政が二百騎ほどを率いてそこに立ち塞がった。
その二百騎はほとんど瞬時に蹴散らされる。和政が押しまくられながら、それでも先頭に踏み止まり飛礫をいくつも放つのが見えた。
飛礫は五辻宮とその周囲の十騎には切り落とされているようだが、それでも相手の足を止めてはいる。
そしてそのわずかな間に小夜が五辻宮へと対応する構えを作る。
勇人はそれを見て駆ける方向を掛けた。高師直の騎馬隊の内、四千騎ほどへと攻め掛かる。
予想通り、小夜が構え直した事で五辻宮はそれ以上のぶつかり合いを避け、また離脱する。
あのまま五辻宮の方に向かっても、無駄だっただろう。
高師直の騎馬隊を突き破ると、小夜の騎馬隊と合流した。
「おい、あれは何だ、勇人」
和政が馬を寄せて来た。あちこちに浅い傷を作っており、血まみれだ。
わずかなぶつかり合いで、相当数の兵を失ったらしかった。
「五辻宮です。本人と先頭に立つ十騎が、凄まじく強い」
「あれがか」
和政がうなり声を上げた。
「高師直との戦いで少しでも隙を見せれば、小夜の首を狙ってくると思います。僕が何とかするつもりでしたが、思った以上に手強かった」
「高師直との戦いも決して余力があると言う訳でもない。際どい所になるな」
旗本達に混ざっている忍びについては、和政は一瞥しただけで何も言わなかった。左近やちあめはまだしも、赤や青は和政からすれば得体の知れない相手のはずだが、いまさら戦場で勇人がやる事に口を挟むつもりは無いらしい。
小夜も馬を寄せて来た。和政の方を見て手で合図する。
それを受けて和政は一つ頭を下げると、また五百騎ほどの騎馬隊をすぐに編成し、高師直へと向かって行った。
「どうであった、戦場での五辻宮は」
次に小夜は陵王の面の奥からそう訊ねて来た。
「想像以上でした」
「時家がここにいたら、どうであったろうな」
小夜はそんな事を言った。
時家なら、わずかな数の徒を巧みに戦場に伏せ、騎馬隊同士のぶつかり合いの中の、ここしかないと言う時を狙って堅陣でそこに介入するだろう。
その徒の動きは、例え精鋭でも百騎しかいない五辻宮にとっては致命的になるはずだ。
しかし勇人が口を開くよりも早く小夜は首を振った。
「言っても詮の無い事だったな。もういない人間の話だ」
小夜が戦場で死んだ人間の話をするとは、思っていなかった。それだけ自分が本当は気弱になっている、と小夜自身も思ったのかもしれない。
「私は、高師直には勝てると思う。このまま戦い続ける事が出来れば、だが。だから今私が動きを鈍らせる訳には行かぬ」
「分かっています」
小夜はこのまま、自分が前面に立って戦い続ける。勇人の役目は、それを妨げられる事が無いよう、五辻宮を討つ事だった。
「だから」
小夜は一度言葉を切ると、面を外した。
「私の事、きっと守ってね」
「うん」
そこだけは、互いに素の言葉遣いで答えた。
小夜はもう一度陵王の面を付けると、駆けて行く。
「おい」
会話が聞こえる位置にいた赤が、唖然としたような声を出した。
「今俺が見た物は何だ、左近。何かとんでもない秘密を知った気がするんだが。同時にとてもどうでもいい物を見せ付けられた気もするが」
「見たままの通りだ」
「説明しろ。直義殿にどう報告すればいいか分からん」
「なら報告するなよ。こんな事を報告されても足利直義も困るだけだろう」
赤は自分が見聞きした事をどう受け取ればいいのか分からなかったのか、首をゆっくり横に振った。
左近の方も小夜が突然に素の顔と声を晒した事に戸惑っているのか、返答が投げやりである。
「と言うか、まず俺達をこんな距離まで陸奥守に近付けるな。俺達が裏切ったらどうするつもりなんだ。俺達はあくまで足利の忍びだぞ」
「俺はともかく、ちあめと勇人の二人をかいくぐって陸奥守様を殺せる訳がないだろ。それが出来るのなら、お前らは二年前に陸奥守様を暗殺出来ている」
「貴様と言う奴は」
「行こう。次は犠牲覚悟でぶつかりに行く」
二人のどこかとぼけた会話を遮り、一度自分の頬を叩くと、勇人は朝影を駆け出させ始めた。
小夜が赤の前で素の自分を晒した事にどんな意味があったのか、それがどんな影響を及ぼすのか。
そんな事は勇人には今はどうでもいい事だった。
小夜は今、自分に伝えるべき事を、最も伝えたい形で伝えた。
それで十分である。
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