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10-17 建速勇人(9)

「そいつの事が、君が抱えてる最後の心の傷か、勇人」


 左近が軽い口調のまま、尋ねて来た。


「その内の半分、かな。今思えば大した事じゃない」


「話す気になったのか、そろそろ」


「どうでもいい話、ではあるんだけどな。そう思えたからこそ、話す気になれたのかもしれない」


「話せよ。聞いてやる」


「僕が結婚していた、と言う話は、したっけな」


「随分前に、聞いた気はするな。どこでだったかは、忘れたけど。確か、伯父の娘とだったか」


「ああ。ずっと妹のような相手だと思っていたけど、十八になった時に、結婚した」


「半年後に、自殺したんだったな」


「僕と、妹と、もう一人、子どもの時からずっと三人でつるんでいた奴がいた。そいつが、今言った友達、さ。そいつも、自殺した」


「何故自殺したんだ、その二人は?」


「結婚して半年した時、僕が泊まりで出掛ける用があった。だが、予定が変わって夜遅くに戻ってくる事になったんだ。戻ってきた家に、二人がいた」


「そうか」


 それで察したように、左近は頷いた。


「妹が本当に好きだったのは、僕の友達の方だったのさ。僕はそれに気付いてなかったし、気付かないようにしていた。それで無理矢理出し抜くようにして結婚した結果が、それさ。それでも、その時に二人を許せていれば、まだましだったかもしれない。僕がそう出来なかったから、まず妹が首を括って死に、友達も飛び降りて死んだ」


「君が陸奥守様と、どこかで距離を取り続けていたのは、その経験のせいか」


「死んだ二人に申し訳ない、と言う気分もあった。それに、自分の方が、和政殿よりも小夜に好かれている。そう思い切る事は、どうしても出来なかったな」


 この時代の誰にとっても、何の関係もない、どうでもいい話だった。

 勇人自身にとっても、どこかで遠い事になりつつある。それほどに、この時代に来てから自分がした経験はどれもが激し過ぎたし、鮮烈過ぎた。

 そう思っても、話し出せば胸の奥で引き裂くような痛みが走るのは抑えきれなかった。


「この時代で散々、人を殺して、その死体を見た。それなりにきつい経験ではあったけど、それでも自分のせいで首を括った妹の死体と向き合った時と比べれば、どうって事は無かったかな」


「君ばかりが悪かった訳じゃない。そんな事を言っても、しょうがないか」


「当の昔に、自分が悪くない理由なんて、散々に考え尽くしたからな」


 慰めの言葉が欲しい訳では無かった。ただ、誰かに吐き出したかった。それだけだ。

 左近は何か言い掛け、口を閉じ、しばらく黙った後、また口を開いた。


「話せるぐらいになった、って事は、いい加減に陸奥守様との関係を進める気にもなったのか?」


 左近が明るい口調で言った。どこか作ったような感じが滲み出ている。自分に気を使ったのかもしれない。


「さすがに今はそんな気分にはなれないな。この戦いで無事小夜を守り切れたら、少しは考えててみるさ」


 左近が相手とは言え、そんな事を口に出せる自分が不思議ではあった。


「五辻宮との戦いは、俺達忍びも全力を尽くす。だが、多分あの男、最後は君が斬るしかないぞ。不意を狙う方法じゃ、影太郎殿でも無理だった。もう、師行殿もいないし」


「だろうな」


 護衛を連れているであろう五辻宮を戦場で完全に孤立させる事は難しいだろう。そして数で五辻宮を殺そうとしても、敵味方入り乱れての乱戦の中で逃げ隠れに徹せられればどうしようもない。

 五辻宮が戦いにおいて手段を選ばないのは、想像が付いた。


「勝つ自信、あるか?以前に戦った時から、君が比べ物にならないほど腕を上げているのは分かっているけど」


「やってみないで分かるかよ、と言いたい所だけどな。僕以外にいないんじゃ、仕方ないだろう」


 不意は付けない。数で押し包むのも難しい。和政でもちあめでも、まともに正面から戦ってあの男に勝てるとは思えなかった。

 そしてあの五辻宮が自らを本当の危険に晒すのは、小夜を殺せる機が来た時だけだろう。そこに自分がぎりぎりで立ちふさがれば、一対一の戦いになる。

 実際の戦場での動きがそこまで単純な物になるかは分からなかった。ただそれでも、最後は自分と五辻宮の勝負になる、と言うほとんど確信に近い予感はある。


「五辻宮を討って、それで終わるのかな。この戦は」


「終わるはず、だよ。いや、終わらせる」


 今度の遠征がどんな結果になろうとも、後醍醐帝を止め、五辻宮を討つ事さえ出来れば、その時は是が非でも小夜にそれ以上の戦を一度やめてもらう。

 そこが、自分が小夜との間で見付けたぎりぎりの所での妥協点だった。

 今の小夜が、戦で負ける事があるとは思えなかった。師行の死後、小夜は戦に関して明らかに何かの境地に達したように見える。

 そして五辻宮の暗殺は自分を始めとした周りの人間達が防ぐ。

 小夜が死ぬ可能性があるとすれば、後は彼女自身が死に場所を求めた時だけだろう。

 それを選びかねない危うさは、今の小夜にはある。

 何としてでもここで彼女を戦から遠ざければ、それは防げるはずだ、と勇人は思っていた。

 仮に今完全に天下を治める事が今出来なくても、一度奥州に引き、五年、十年と時を待つ。

それを選んだ所で、何の問題も無い若さが小夜にはある。

彼女は全てにおいて急ぎ過ぎているし、気負い過ぎている。本当はどこで立ち止まったとしても、いくらでもまだやり直せるはずなのだ。

自分の役目は、それを小夜に思い出させる事だろう。


「お互いに、だな」


 勇人が小夜の事を考え始めたのに気付いたのか、左近がにやりと笑いながら言った。

 お互い、厄介な相手に惚れた。そう左近が口に出す事は無かった。

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